ウィンジェイドとレッドグレーブ1
その日、風の一族の少年は植物園に来ていた。
レセリカに頼まれたわけではない。ただなんとなく、足が向いてしまっただけなのだ。
(あんな風に相談されちゃ、な)
けど、そっと覗き見ただけでわかる。あの二人は大丈夫だということが。このまま恋愛に発展するかどうかは置いておいて、互いに尊重はし合えるだろう。よく出来た二人である。
(互いに婚約者という立場を理解して、良好な関係を築こうとしている、ってか。お貴族サマってのは大変だな。まだ子どもの内から色々とさー)
そこまで考えて少年はふと我に返る。本当になぜ、自分はこんなところまで令嬢を追ってきてしまったのだろう。自分の行動が自分でもよくわからないのだ。少年は首を傾げた。
「友達とか……言われたからか? オレ、そんな甘っちょろいヤツだったっけ?」
少年は自嘲気味に笑った。見た目の年齢にはそぐわない、どこか大人びた笑みだ。
そろそろ戻るか、と引き返そうとした時だった。急に殺気を感じて少年は反射的に飛び退いた。
数瞬の後、先ほどまで少年が立っていた場所にナイフがスタンッと地面に突き刺さる。殺気に気付かなければ間違いなく少年に刺さっていただろう。
「貴方ですね。近頃レセリカ様の周囲をウロウロしていたのは」
「っ!?」
声の方に顔を向けると、ナイフを数本右手に構えたまま睨みつける黒髪の女と目が合う。少年はその女に見覚えがあった。
「お、前。ただの侍女でも護衛でもねーな? 公爵家にいていいのかよ、お前みたいなヤツがよ」
冷や汗を流しながら少年は口を開く。彼女は最近、少年が関わっている公爵令嬢にいつも付き従っている侍女。確か、ダリアと呼ばれていたはずである。
歩き姿からして腕が立つだろうことはなんとなく察していたが、まさかここまで近付かれて自分が気配を察知出来ないとは。
そもそも自分は風の一族で、そう簡単に居場所を見つけられるわけもないのだ。それなのに、間違いなく彼女は自分を見つけ、認識してナイフを投げた。
絶対に只者ではない。少年は内心でかなり焦っていた。
「お前のようなものに語ることは何もありませんよ。ウィンジェイドの」
「チッ、やっぱりお前もソッチのヤツかよ」
ウィンジェイド。
それは、風の一族の名だ。彼女が迷うことなく自分をそう呼んだということは、このダリアもまた元素の一族で間違いない。少年はジッと彼女を観察した。
「ほとんど黒だが、わずかに赤いな。目も、髪も。お前、レッドグレーブだな」
レッドグレーブは火の一族の名である。
火の一族はみな赤系統の髪と目の色を持つ。ただ、ダリアはほぼ黒に近い。赤毛も黒髪もよくある色合いであるため、外見だけで判断するのは少々難しいのだが、彼女の能力的に間違いないと少年は判断した。
「違いますっ」
少年は確信を持って告げたのだが、ダリアはすぐに否定しながらナイフを連続で投げてくる。無感情で確実に急所を狙って投げてくる様子は、まるで心を持たない殺人人形のようで恐ろしい。
少年はそれを軽い身のこなしで避けながら文句を叫んだ。
「そんな人間離れした攻撃繰り出しといて違うわけねーだろーがよ! 聞いたことあんぞ! レッドグレーブにじゃじゃ馬がいるって! お前だろ!」
元素の一族同士だと、一般人よりもお互いの一族についての情報が耳に届きやすい。特に少年は情報を掴むことに長けた風の一族。レッドグレーブには火の一族の掟を守ろうとしない女がいるという話は、当たり前のように知っていた。
「だとしても、今は違いますから。事実です」
「……一族から追放されたってのもホントだったか」
「さぁ、どうでしょうね」
ダリアが否定しなかったことに、少年は目を丸くした。
そのじゃじゃ馬が一族を追放されたことは知っているが、そのまま一族の者に消されたのか、どこかで生きているのかは誰にもわからないままだった。
そんな人物が今、目の前にいる。消息不明だった人を思いがけない場所で見付けたのだ。呆気に取られもする。
だが、あまりぼんやりともしていられない。ダリアが猛攻撃をしかけてきたからである。
「おわぁっ! ま、待て! ちょ、オレ、戦闘はそこまで得意じゃねーんだよっ! 主を逃がすのに特化してっから! 死ぬ! マジで死ぬから!!」
少年の身のこなしもまた人間離れしているレベルではあるのだが、自分で言ったようにあまり戦うことには慣れていない。一般人よりはずっと戦えるが、戦うよりも素早く移動して敵を撒くことに重きを置いているからだ。
だからこそ、常に急所を狙った攻撃をされているというのに全て躱せているわけだが。
ダリアはいくら投げても無駄だと悟ったのか、舌打ちをしながら動きを止める。
「ウィンジェイド。なぜレセリカ様に付きまとっているのかはわかりませんが、場合によってはここで始末します。……どんな手を使ってでも!」
「うぉっ!? おいおい、話も聞かねーのか」
「今、聞いているでしょう」
「ならっ、攻撃をやめろっての!!」
話の途中だというのに、いや、途中だからこそ油断をついてダリアは攻撃してくる。少年はギャーギャー喚きながら抗議をした。
(火の一族は戦闘と暗殺に特化してるってのはマジだな。怖ぇ女ぁ……!)
とにもかくにも、話を聞いてもらわなければならない。ひょいひょいと逃げながら、少年は事情を説明した。
「助けてもらったんだよ! お宅のお嬢サンに!」
「……どういうことです」
「ちゃんと話す気はあんだからさー。とにかく攻撃してくんのやめて。心臓に悪い」
ダリアは今度こそ立ち止まり、さっさと話せと目で訴えてきた。先ほども話すと見せかけて攻撃してきたので、警戒を怠らずに少年はレセリカとの出会いから話し始めた。
「……そうでしたか。でも、友達とは? ウィンジェイドの者を友達に……? あり得ませんね」
「オレが言い出したわけじゃねーし」
ダリアは腕を組み、難しい顔で考え込んでいる。自分の仕えているお嬢様が友達と呼ぶ相手なら、たとえどんな者だとしてもさすがに問答無用で始末するのはよくないと思ったようだ。
「風の一族はスパイの一族じゃないですか。そう簡単に信じられるとでも?」
「ハッ、暗殺一族に言われたかねーよ」
互いの憎まれ口が止まらない。
元来、元素の一族同士は決して仲がいいわけではない。それぞれが誇りを持っており、その思想が相容れないのだから仲良く出来るわけもないのだ。
その中でも、特に火と水の一族は極端な思想であることで有名だ。一般人でもあまり良い印象を持たれていない。
『人が生み出せし影に潜む赫』
この文言とともに知られる火の一族は、表向きには腕の立つ護衛が揃っているとして有名だ。だがその気性は荒く、戦いの中に身を置くことを喜ぶ血の気の多い一族なのである。
簡単に言うと喧嘩っ早いのだ。そして一部の者たちは知っている。彼らが笑いながら人を暗殺することを。
(けど、この女は追放されるじゃじゃ馬なだけあって、そいつらとは少し毛色が違うみてーだけど)
とはいえ、有無を言わさず攻撃してくる凶暴性は、間違いなく火の一族だと少年は思ったのである。




