悪役にされた冷徹令嬢は
王宮の中庭にある薔薇のアーチを通ると、まるで隠れ家のようなガゼボがある。
青空の下で小さな噴水から流れる水音、漂う薔薇の香り、心地好い風を感じながらお茶を楽しむのがレセリカの癒しのひとときだ。
学園を卒業して早二年。まるで昨日のことのように思い出せるが、何十年も昔のことのようにも思える矛盾を感じる。
こうしてのんびりしていると、学園で過ごした様々な出来事を思い出してしまう。
良い記憶も、悪い記憶も。
どうしても悪い記憶の方が心に残り、胸がチクチク痛む。
そんな時、レセリカはどうしようもなくセオフィラスに会いたくなった。
「やっぱりここにいたね、レセリカ」
「セオ……」
まるでタイミングを見計らったかのように、今最も聞きたかった声が自分を呼び、レセリカは驚いて顔を上げる。
薔薇のアーチをゆったりとした足取りでこちらに歩み寄るセオフィラスはとてもかっこよく、絵になることこの上ない。
それでいくと、愁いを帯びた表情でお茶を飲むレセリカもまた美しい絵画のようなのだが。
セオフィラスはレセリカの座る長椅子まで歩み寄ると、隣に腰を下ろす。
ぴったりと寄り添うように座ってくれた彼に、レセリカの頬はほんのり色づいた。
「また泣きそうな顔になってる。だから言ったでしょう。一人になりたい時は、いつでも私を呼べる状態にしておいてって」
そう言いながらレセリカの頬に触れたセオフィラスは、視線も声もとても甘い。
想いが通じ合ってからというもの彼のスキンシップは増えたが、二年経った今もレセリカは毎回照れてしまう。
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。私がレセリカの居場所をいつも把握していればいいだけだから」
「把握しているの?」
「もちろん。あっ、監視じゃないからね? レセリカがどこにいても、いつでも駆け付けられるようにしているだけだから。……嫌だった?」
言われてみれば、不安になるといつもすぐセオフィラスが来てくれることに思い当たったレセリカは、目を丸くした。
偶然だとばかり思っていたが、どうやら彼の気遣いだったらしい。
と、レセリカは受け取っているが、その実セオフィラスの独占欲と執着であることは言うまでもない。
「嫌なわけありません。ちょうど、その。セオに会いたくなったところだったので。どうしてわかったんだろうって、思って」
「……ああ、困ったな。私の婚約者はどうしてそんなにかわいいの」
セオフィラスはそっとレセリカの肩を抱き寄せると、軽いリップ音を鳴らしながら額にキスをした。
その瞬間、さきほどまでの不安は一瞬で消え去り、レセリカの胸はドキドキでいっぱいになる。
「照れてる?」
「う、はい」
「来月には結婚式を挙げるのに?」
そう。いよいよレセリカは正式に王太子妃となる。
すでに王宮で暮らしながら勉強を続けているレセリカは、周囲の誰もが一目置く存在となっていた。
セオフィラスとの仲の良さもあって、未来のエデルバラージは安泰だと言われてもいる。
それほど仲睦まじいというのに、いつまでたっても恥ずかしそうに照れるレセリカはどこまでも初心だが、セオフィラスはそんな彼女もまた愛おしくて仕方がないようだ。
「だって、セオが近いと心臓が勝手にドキドキして顔が熱くなるんです」
「そうなの? ま、知っているから近づいているのだけれど」
「セオは、意地悪ですっ」
「ごめん。かわいくて、つい」
少しだけ拗ねたように頬をふくらませるレセリカもとても愛らしい。
気付けばガゼボ周辺に人はなく、二人だけの空間となっていた。
セオフィラスはレセリカの手をそっと掴むと、自身の胸に当てた。
普通よりも速い鼓動が手のひらから感じられ、レセリカは目を丸くしている。
「レセリカだけじゃないよ? 私だってずっとドキドキしてる」
「あ……」
「君が近くにいると、心臓が暴れるのは私も同じだよ」
セオフィラスの手が髪に触れ、頬に触れた。
親指が唇をなぞり、懇願するようなセオフィラスの視線を受け止める。
「君に、口付けたい」
「……はい」
先ほどまで感じていた薔薇の香りは、レセリカがセオフィラスに贈った香水の香りに塗り替えられる。
本当は贈るのが怖かった香水を、セオフィラスたっての希望で贈りなおしたものだ。
おかげでレセリカは香水を嫌いにならずにすみ、この香りも大好きなままでいられた。
何から何まで自分のことを考えてくれるセオフィラスが、愛おしくてたまらない。
そっと触れるだけのキスをした後、レセリカは花開くように微笑んだ。
「セオ、愛しています」
「っ、レセリカから言ってくれるなんて」
「どうしても言いたくなって……」
「うれしいよ。私も、レセリカを心から愛しているよ。……ね、もう一度」
二人はクスクス笑いながら何度も啄むようなキスを繰り返す。
きっとこれからも過去の闇に心が捕らわれることがあるだろう。
新たな問題や事件に直面し、頭を悩ませることも多いはずだ。
それでも二人は心強い仲間とともに力を合わせて乗り越えていく。
レセリカは、もう何も怖くなかった。
◇
◇
◇
その後、聖エデルバラージ王国はますます繁栄していった。
特に次代の国王が、
——永遠に守護せん我らの地維よ。ともに愛そう我らの郷よ。
という地の一族の血を濃く受け継ぐ王家に伝わる言葉通り、民に寄り添う善政を布いた。
賢王セオフィラス・オル・バラージュ。
これまでずっと、穏やかな笑みを絶やさない優しい王太子だと言われていたセオフィラスは、厳しくも温かな国王となった。
慈愛の王妃レセリカ・バラージュ。
これまでずっと、氷のような冷徹令嬢と呼ばれ続けていたレセリカは、いつでも穏やかな微笑みを絶やさない愛溢れる王妃となり国王を支え続けた。
彼らの側には優秀な護衛や頼もしい騎士たち、やや過保護な文官や支えてくれる友人が多くおり、両陛下は国民からの人気も高く、平和な世が続いたという。
その裏では風の一族の力添えもあったのでは、とまことしやかに囁かれているが、真偽のほどは定かではない。
事件をきっかけにひりついていた隣国との関係も、とある謎の男が懸け橋となって改善傾向にあるという。
その男はエデルバラージ王国の王族と同じ色を持つ美丈夫であったらしく、王家の血をひいているのではという説が濃厚だ。
なお、悪役にされた冷徹令嬢は王国の歴史上どこにも存在しない。
〜完〜
これにて完結となります!
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お読みいただきありがとうございました!
阿井りいあ
【おまけの宣伝】
また、別で連載していた
「鑑定士ロイの伝わりにくい溺愛」
も本日完結しております。(続きを書くかもなので連載中になってますが)
サクッと読める中編なのでこちらもよろしければぜひ。
(リンクは下に)




