緩やかに日常へ
キャロルが捕まってから十日ほどが過ぎた。
すでに新学期は始まっており、レセリカは最終学年として学園生活を穏やかに送っている。
入学した時とは比べ物にならないほど表情豊かになったレセリカの周りには、たくさんの人が集まっている。
それもこれも、レセリカが笑みを浮かべながら一人一人と向き合ってくれるからだ。
卒業し、未来の王太子妃として歩み始めれば気軽に声をかけることも出来ない。
だからこそ、最後の一年は少しでもレセリカと関わってみたいと思う者が多いのだろう。
毎日たくさんの人と話をするのは大変なことだ。
だがレセリカはいつだって優しく対応した。
もちろん、仲の良いポーラやラティーシャたちといる時間の方が長いのだが。
一見すると、なんの問題もないように見える。
だが親しい者が見れば、どことなくレセリカの元気がないことがすぐにわかるだろう。
その原因もわかるだけに、親しい者はいつも通りを心掛けてレセリカに接するようにしていた。レセリカとしても、それがとてもありがたかった。
キャロルのその後については、レセリカも聞いている。
ヒューイの力で誰よりもはやくその情報を耳に入れることが出来ていた。
王太子の暗殺未遂、レセリカの毒殺未遂は重罪だ。キャロルの処刑は免れないものであった。
ただ、家族にその責は問わないことが決まった。
それだけは、とレセリカからも訴えたのだ。
それでも、客商売を生業とするネッター商会にとっては大打撃なのだが、命があればこそ。
キャロルの家族は合わせる顔がないとレセリカに会ってくれなかったが、感謝の気持ちは人伝に受け取っている。
なお、妹のシャルロットは学園を自主的に退学したと聞く。
色々と心の痛む思いだったが、レセリカが直接救いの手を差し伸べ続けるわけにもいかなかった。
ただシャルロットは、いつか自分の手で商会を再び盛り上げてみせるという意気込みを見せていたらしいと聞いて、少しだけ救われる思いがした。
親友の処刑、その家族の行く末。
それから、キャロルとのこれまでの思い出などが脳内を巡り、心中はかなり複雑だったがレセリカはゆっくりとその事実を受け止めた。
まだ心の奥では受け止めきれていない部分はあるが、時間と共に癒えていくのを待つしかないだろう。
こうなることをわかっていたからこそ、ヒューイは本当に伝えてもいいのかと事前に何度も聞いてきた。
伝えることが主であるレセリカの幸せを阻害するのでは、と最後まで心配し、迷っていたのだ。
「一生、背負うって決めたの。だからちゃんと知っておきたいわ」
「……別に、レセリカが背負う必要なんてないのに」
「誰かの運命を決めてしまったのよ? キャロルだけじゃない。きっと今度、こういうことは多くなるもの。その度に落ち込んでなんていられないわ」
レセリカの判断で、誰かの人生を大きく変えてしまうかもしれない。
それは王太子妃になると覚悟を決めた時からわかっていたことだ。
レセリカ以上に、セオフィラスの方がその重責を感じることだろう。
だが、わかっていても簡単に心が折れそうになることをすでにレセリカは体感している。
情けないことに、この間はみんなの前で泣き崩れてしまったのだから。
その上、あの時は気付ばセオフィラスに抱き締められており、その胸の中でずっと泣いてしまっていた。
しかも、周囲の人たちが気遣って二人きりにしてくれていたらしい。
後からそのことに気付き、我に返った時は恥ずかしくて顔から火が出そうな思いをしたものだ。
しかも急に恥ずかしがり始めたレセリカを見て、セオフィラスがかわいいとさらに抱きしめてきたことを思い出し、ほんのりと頬を染めてしまう。
(でも、おかげでスッキリしたわ。とても恥ずかしかったけれど!)
泣き腫らした顔は、かわいいものではなかったはずだ。
それでもセオフィラスはずっと嬉しそうにレセリカの側にいてくれた。
大切な人の心が弱っている時に、側にいられることが嬉しいのだ、と。
そう言ったセオフィラスを見て、彼を守ることが出来て本当に良かったと、今度は別の理由で涙が滲んだのは内緒である。
「ねぇ、ヒューイ。ダリア」
あの時のことを思い出して恥ずかしくなる気持ちを追いやって、レセリカは真剣な眼差しで二人に向き直った。
ダリアとヒューイの二人も、改まった様子のレセリカに対して姿勢を正している。
「私が一度人生をやり直していることを、セオに全部話そうと思っているのだけれど……いいかしら?」
いつかは、彼に全てを話してしまいたいと思っていた。
最初は、過去のことを思い出すだけでも怖くて仕方なかったレセリカだが、いつしかそんな恐怖も薄れているのを感じる。
それもこれも、二度目の人生でレセリカ自身が信頼出来る者を増やし、自身も前向きに動けるよう努力し続けてきたからこそ。
とはいっても、こんな荒唐無稽な話をセオフィラスが信じてくれるだろうかという不安がないわけではない。
だがそれさえも、彼なら受け止めてくれると今なら思えるのだ。
「良いも何も……レセリカがそう決めたなら、そうすればいいじゃん」
ヒューイはそんなことか、とでも言いたげに頭の後ろで手を組んでいる。答えもあっさりとしたものだ。
だが、気になるのはダリアの反応である。
全てを話すということは、前の人生でダリアがしたことについても話すことになるのだから。
そんなレセリカの心情を正確に汲んだダリアは、どことなく申し訳なさそうに、そして全てを受け入れたかのような達観した様子で答えてくれた。
「私のことならお気になさらないでください。もし裁かれるようなら謹んで……」
「そ、そうならないように言うわ! だって、今回の人生でダリアは何もしていないもの! 起きていないことで裁くことは出来ないわ!」
なかったことになった未来とはいえ、罪は罪。
罰があるというのなら受け入れると告げるダリアにレセリカは慌ててフォローを入れた。
実際、起きてないことについては裁くことが出来ない。
それにセオフィラスならわかってくれると信じている。複雑な思いはさせてしまうだろうが。
「ただ、大丈夫だとは思うけれど……信じてもらえるかしら?」
ほんの少しだけ残る不安をレセリカが口にすると、ダリアは僅かに微笑んで口を開く。
「元素の一族に伝わる禁忌の秘術は……王族にも伝わっているはずです。きっとすぐに理解なさいますよ」
「あ……そう、ね。そうだわ」
すっかり失念していたが、王族は地の一族の直系だ。
ダリアやヒューイが知る元素の一族の秘密についても、いつかは知ることになるのだ。
今のセオフィラスが知っているかはわからないが、理解はしてもらえそうである。
「生涯を共に生きる伴侶となるのです。秘密を抱えていたくないというお気持ちがあるのなら、話していいと思いますよ」
「セオフィラスは、別に怒らないと思うぜ。死んだ自分の血を使ったとはいえ、結果としてセオフィラスもレセリカも無事でいられたんだからさ」
「ウィンジェイド……本当に貴方は空気を読みませんね」
せっかくダリアが感動する言葉を言ってくれたというのに、ぼかすことなく言ってしまうヒューイ脱力してしまう。だが、それでこそヒューイだ。
久しぶりに始まった二人の言い合いを見ながら、レセリカはホッと肩の力が抜けるのを感じるのであった。




