日常と質問
新年度が始まる数日前。
すでに準備のため、学園へ戻って来る生徒がチラホラと見え始めてきた。
その頃にはレセリカもすっかり元気になっており、自室に戻って普段通りの生活を送れている。
まだ少し食欲と体力がまだ戻っていないが、後遺症もなく回復しているので、レセリカを心配していた誰もがようやく安心出来た。
「ええっ、毒!?」
レセリカの寮室にて、ポーラの叫び声が響く。
今日は、昨日から学園に戻って来ているキャロルとポーラを呼び、レセリカの寮室でお茶を楽しんでいる。
ダリアを通じて声をかけたところ、二人ともすぐに了承して来てくれたのだ。
だが今日はいつものようなのんびりとした会話を楽しむわけではない。
そのことが心苦しいのだが……親友にはきちんと知っていてもらいたかった。
まずは手始めに、本当はレセリカが毒によって倒れていたことを正直に伝える。
二人ともそれは驚いたように大騒ぎした後、それぞれが涙ぐみながら心配を口にした。
「ああ、レセリカ様。ご無事でよかったです! もう身体に異変はないのですか? 毒は残っていませんか?」
「体調不良だと聞いていましたが、まさか毒でお倒れになっていたなんて……!」
キャロルはひたすらレセリカを心配する言葉を口にしており、ポーラは愕然とした様子だ。
キャロルはすでに事情を知っていた。
というのも、解毒薬を調合するのに一役買ってくれたのがキャロルだったからだ。
つまり、彼女はレセリカの命の恩人とも言える。
それを知ったポーラはさすがです、キャロル様! と感激した後、自分には何も出来なかったと落ち込んだ。
「ポーラ、秘密にしていてごめんなさい。心配をかけたくなかったの。でも、本当のことを知っていてもらいたくて」
「いえ、お話してもらえて嬉しいです。私は何も出来ませんでしたが……ご無事で本当に良かった……!」
レセリカは、ポーラが自分の無事を第一に喜んでくれることが何よりも嬉しい。
申し訳ない気持ちと感謝の気持ちを込めて、レセリカは改めてお礼を告げた。
「それにしても……まさか、レセリカ様が毒を吸うなんて……とても驚きました」
キャロルが考え込むように腕を組むと、ポーラも同意するようにうんうんと頷いた。
続けてキャロルはレセリカに質問をした。
「犯人は捕まったのですか?」
「いいえ、まだなの」
レセリカの答えを聞いたポーラはまたしても眉根を寄せながら拳を作り、犯人に対して怒りを露わにした。
「許せません。レセリカ様を害するなんて。しかも、一歩間違えていたら、殿下に危険があったとか」
「そうね、私もそれは許せないわ。でも、セオフィラス様が無事で本当に良かったって思っているの」
「レセリカ様……うぅ、手放しで喜べないのが複雑です」
自分のことのように怒ってくれるポーラの存在が、今はとても心強い。
レセリカは心が温まるのを感じながら、事件について再び説明を続けた。
殿下に贈るはずだった香水に毒が仕込まれていたこと、そのせいでダリアが真っ先に疑われてしまったこと。
下手をすればレセリカが殿下暗殺未遂で捕まっていたかもしれないこと、今は毒の出所や犯人を調査中であること。
元素の一族のこと以外はだいたいそのまま話して聞かせた。キャロルもポーラも真剣に耳を傾けている。
「とても特殊な毒だったようなの。普通は使わないって」
「特殊、ですか? どんな毒だったのでしょう……あっ、ごめんなさい。そんなこと、思い出したくないですよねっ!」
口を滑らせた、とばかりにポーラが慌てて口を押さえた。
「いいのよ、ポーラ。今日は全てを話すつもりで来ているのだから、気になったことがあったら何でも聞いて」
「そ、そうですか? では……その、毒の特徴なんかはすでに調べがついているのでしょうか。ほら、キャロル様は薬学について詳しいでしょう? 解毒薬の調合でもご活躍されたみたいですし、知っているのかなって」
申し訳なさそうにしながらも、ポーラからは知りたいという気持ちが抑えきれない様子が伝わってくる。
本人も不謹慎だということはわかっているのだろう、人差し指同士をつつきながら控えめではあった。
「ええ、キャロルの知識のおかげですぐに解毒薬を調合出来たと聞いているわ。あっという間に毒の成分を言い当て、適切な指示を出したそうよ。本当にありがとう」
「いえっ、私の知識が役立って良かったです! 一時期研究していた薬草を使った毒だったので、すぐにわかっただけです!」
レセリカが褒めると、キャロルは頬を染めつつ両手を小さく振りながらそう言った。
つくづく、興味のある分野に関して彼女は天才なのだと実感する。
「そうだったの。でもね、ネッター商会に聞いた時にはその薬草が毒になるだなんて知らなかったそうなの。なんでも、花弁に薬となる根の部分を混ぜることで毒に変化するんですって。香水は花弁を使っているから、そこに根の成分を混ぜたのよ。それも、すぐに変化するのではなくて、十日近く時間をかけてゆっくりと毒に変化するって」
「えっ、だから香水を買ったばかりの時には、毒に気付かなかったんですね……うぅ、怖い。そんな毒があるなんて」
身体を抱き締めるようにして震えるポーラに、レセリカも完全に同意見だ。
こんなに恐ろしい毒が流通していたら、今よりもっと犯人の特定が難しい事件がたくさん起きていたことだろう。
だが、幸いなことに今は研究が進められているため、毒を見つける方法や解毒薬の作り方も今後は広まっていくだろう。
毒の即効性が高いのが心配だが、対策があるのとないのとでは大違いだ。
「ご両親も知らないことを知っているなんて、キャロルの知識は本当にすごいのね」
「ほ、褒めすぎですよ。照れちゃいます!」
毒については他の人たちに任せるとして、今はこちらだ。
頬に手を当てて照れるキャロルを前に、レセリカは一度深く息を吐く。
(大丈夫。落ち着いて。……心を強く持つのよ)
心の中で何度も自分に言い聞かせながら、レセリカは話を続けた。
「……キャロルは、どうして知っていたの? 聞くところによると、専門家でさえこの毒の作り方は知らない人が多かったみたいなのに」
専門家とは、水の一族のことである。
彼らの中でさえ一部の者しか知らない毒の作り方を、なぜキャロルが知っているのか。
レセリカは、香水店でしたキャロルとの会話を思い出す。
『これが香水に使われるのは珍しいなと思って。薬にも使われる材料でしたので、つい』
『どんな薬になるの?』
『これ単体での効果はあまりないのですよ。他の薬草の効果を高めるような作用があります』
あの時、キャロルはやたらとあの香水を進めてきた。セオフィラスに合うと。
普段は興味のないことに口を挟んでこないのに、あの日はやけに饒舌だった。
この時すでに、キャロルは香水に使われている花弁と根が混ざることの危険性を知っていたのだろう。
『あ、もしレセリカ様が良ければ、ネッター商会で容れ物をご用意しましょうか?』
とても嬉しそうに提案してくれたあの時のキャロルの笑顔が、今も鮮明に思い出せる。
「……あの日、香水の容れ物をネッター商会で用意すると言ってくれたわね。でも、ネッター商会は何も知らなかったわ」
レセリカ様のためですから、という言葉がとても嬉しかった。
あの言葉は、嘘だったのだろうか。
「ねぇ、キャロル。あの香水を買った後、私の手を離れたのはたった一度だけよ。それがいつか、わかる?」
暗に、毒を仕込むタイミングはその時しかないとレセリカは言っているのだ。
そして、それがいつだったか。
「……キャロル。どうして、香水に毒を仕込んだの?」
間違えて次話も同時に更新してましたぁー!!!(現在は削除済)
すみません_(┐「ε:)_




