死に戻りの真実
室内に二人だけとなり、静かになったところでレセリカは労わるように声をかけた。
「ダリア、少しは落ち着いた?」
「はい……情けない姿をお見せして申し訳……」
「いいのよ、そんなことは。それで、何を話してくれるの?」
本当はもう少し落ち着くのを待ちたいところではあるのだが、状況的にもあまり長い時間は取れない。
申し訳なさそうにするレセリカに対し、ダリアは心得たように黙って頷くと早速本題に入った。
「レセリカ様。私は以前、別の人生を送ったことがあります」
真剣な眼差しで語り始めるダリアに、レセリカは彼女がレッドグレーブだった頃のことを話し始めたのだと思った。
「同じようにリリカ様に拾っていただき、ベッドフォード家にお仕えして。けれどあの時のお屋敷は、今とはまったく違う雰囲気だったのです」
だが、すぐに違うということに気付く。
ベッドフォード家にいた時の話だというのなら、すでに一族からは出ていたはずだ。
「その人生では、レセリカ様はベルティエ学院に通われていました。そのご卒業間際……王太子殿下が暗殺され、レセリカ様は無実の罪で断罪されてしまったのです」
ドクン、と心臓が大きく音を立てて鳴った気がした。
レセリカは目を見開き、カタカタと手を震わせる。
(なぜ、ダリアがそのことを知っているの……?)
今、彼女が話したのは間違いなくやり直す前の人生のことだ。レセリカにしか知らないはずの。
ダリアはそんなレセリカから目を逸らさず、努めて冷静に話を続けていく。
「私は、大切なリリカ様の忘れ形見を守り切れなかったことに絶望しました。そして……禁術を使ったのです。元素の一族にだけ密かに伝わる、時戻しの秘術を」
頭が回らない。混乱しているのだ。
けれどこれはきっとすごく大切な話で、ずっと疑問だったことの答えだ。
レセリカは必死で冷静を保とうと、爪が食い込むほど手を握りしめながら聞いた。
時を戻すためにダリアが何をし、誰を殺め、誰の血を得て儀式を行ったのかを。
「今回の人生で、ベッドフォード家に来てからの殺生はしておりません。ですが、なくなった未来とはいえ私は許されざる罪を犯しました。そうでなくとも、お屋敷に来る前の私はたくさんの命を奪う任務をこなしていたので、元より許される身ではないのですが」
嘘を吐いているようには見えない。そもそも、嘘だとしてここまで前の人生について知っているのはおかしいのだ。
それに、ダリアのことは誰よりも信頼している。
淡々と話してくれたことで、レセリカは少しだけ頭を回転させることが出来るようになっていた。
「まさか、レセリカ様も記憶を保持したまま戻られるとは思っていなかったのです。そのせいで、レセリカ様には大変な思いをさせてしまいました。今回のことだって……私には防げたはずなのに」
どうやらレセリカが前の記憶を持っていることも知っているようだ。
それもそうである。ダリアも記憶を持ったままやり直しているのだ。以前とはまったく違う行動を取るレセリカを見て、そう思うのも当然と言えよう。
「防げた、って?」
レセリカから訊ねられた質問に、ダリアは驚いた様子を見せた。もっと他のことを言われると思っていたのだろう。
しかしレセリカはダリアの話を無条件に信じ、今回の事件に繋がることについてだけ質問をした。
暫し、黙ったまま二人は見つめ合う。
他に言葉はいらず、たったそれだけでレセリカがちゃんとダリアの行いを受け止めていることがわかった。
そのことに気付いたダリアは、心酔したような眼差しを向けてくる。
その後、ゆっくりと瞬きをしてから質問に答えた。
「……前の人生において、セオフィラス殿下はレセリカ様から贈られた香水の毒で亡くなられました。まったく同じ香水です。容器は変わりましたが……」
その事実に、レセリカは眉根を寄せた。
だから自分が疑われたのだ。いくら否定しても聞き入れてもらえなかったのは、そのせいだった。
もし、今回も香水がセオフィラスに渡っていたら? いくら関係が以前とは違っていても、結局レセリカの処刑は免れなかったかもしれない。
そのことに、レセリカはぶるりと身体を震わせた。
必死に未来を変えようと抗ったのに、たったそれだけのことで同じ結末を辿ろうとしていたのだ。
(……大丈夫。その未来は避けられたのだから。苦しい思いはしたけれど、十分だわ)
レセリカは強靭な精神力で心を落ち着けると、話に集中して再び質問を口にした。
「だからあの時に、何度も何度も香水を確認していたのね?」
「はい。申し訳ありません。その上で、問題ないと思っていたのですが……」
ダリアがそこまで注意を払っていたというのに、毒は混入していた。
これは、その毒が特殊なものだったからだ。決してダリアの過失ではない。
それよりも、今は大事なことが一つわかった。これだけで十分な収穫だ。
「過ぎたことはもういいの。けれど、おかげで前の人生でセオを暗殺した人と、今回の犯人が同一人物だってことがわかったわ」
「そ、れは……そう、ですね。別の人物がたまたま同じ手口で香水に目を付けるとは考えにくいですし、同じ人物の思考と考えられます」
「ええ。だから」
暗く沈んでしまいがちな現状。
しかしそこから導き出された一つの答え。
レセリカは、希望を見出した。
「この件の犯人を捕まえれば、あの時の運命は阻止出来るんだわ。未来を、変えられる」
レセリカの強い眼差しを受け、ダリアもまた力強く頷いた。
「ダリア、話してくれてありがとう。色々と思うことはあるわ。でも、一番に思ったのはね」
ダリアが頷いたのを確認して、レセリカはようやく打ち明けてくれた内容について触れた。
ビクリと身体を震わせたダリアに対し、レセリカはどこまでも優しい眼差しを向ける。
「私を、助けてくれてありがとう」
「っ!」
「でももう二度と、私たちを助けるために自分を犠牲にしないって約束してほしいわ。秘術を使うと……体に負担がかかるのでしょう? 今は大丈夫なの?」
レセリカがダリアに見せたのは、心配であった。失望でもなく、ましてや嫌悪でもない。
そのことがよりダリアの罪悪感を刺激する。
きっとこの先も、ダリアはずっと罪悪感に苛まれるのだろう。
だが、それで良かった。
自分を許さないでほしいとヒューイは願ったが、ダリアにとってはレセリカからの優しさを受け入れることが罰となるのだ。
「普通に生活する分には問題ありませんが……長生きはできません」
「そう……」
とはいえ、すぐに倒れるわけではない。
ただ、人より早めに寿命が来るというくらいだ。
それでも、おばあちゃんになるまでずっと一緒にいたいと願っていたレセリカは悲しげに目を伏せる。
「ダリア。これからは護衛の仕事を禁止します。侍女として、少しでも長く一緒にいてもらいたいもの」
「……お優しすぎます、レセリカ様は」
「そう? きっと、お母様譲りなのだわ」
母の単語が出た瞬間、ダリアの涙腺はとうとう決壊し、涙が止めどなく溢れ続けた。
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