再会と涙
その後、セオフィラスにはヒューイやオージアスがそれぞれ動いていることを伝えた。
レセリカは、出来ることなら彼にもう隠しごとをしたくはなかった。
人生をやり直しているという大きな秘密だけは残っているのだ。それ以外は全て話しておきたいと考えているのだ。
つまり、まだ確信してはいない犯人の目星についても。
「色々とわかったら、またお知らせします」
「……うん、わかったよ。目を覚ましたばかりなのに、レセリカは働きすぎじゃない?」
「ずっと寝てばかりですよ?」
「頭を働かせるのも疲れるんだからね? 私はもう行くよ。レセリカはちゃんと休んで。お願いだから」
セオフィラスの言動からはこちらを思いやる気持ちがひしひしと感じられる。
それが嬉しくて、くすぐったくて、出来ることなら嫌なこと全部を忘れて側にいたいとさえ思う。
部屋のドアに近づいたセオフィラスの背を切なげに見つめながら、レセリカはハッとなって呼び止める。
「あ、あの、セオ」
「ん?」
大切なことを伝え忘れていた。
いろいろとあって、まだ言えていないことだ。
今伝えなければ、またタイミングを逃してしまう。
振り返ったセオフィラスに、レセリカはふわりと笑って告げた。
「……ご卒業、おめでとうございます。また改めてお祝いをさせてください」
プレゼントはダメになってしまった。辛い思い出を残してしまうという最悪の形で。
だから次は、そんな記憶を上書き出来るほどの何かを用意したい。レセリカは強くそう思う。
セオフィラスは目を軽く見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。楽しみにしているよ」
全てが解決したら、今度こそこの幸せに浸っていたい。
思いを告げて、王太子の婚約者として堂々と胸を張りたい。
そして、この先ずっとセオフィラスの支えとなりたい。
レセリカは静かになった室内で未来に思いを馳せながら、しかし今は心の奥にしまい込んで今の問題に向き直る。
情報が揃ったら、解決は近い。だがもし推測が外れていたら、犯人捜しは一からのスタートだ。
本音を言えば、間違っていてほしい。けれど、解決は急ぎたい。
そんな相反する感情に悩まされながら、レセリカは横になって目を閉じるのであった。
※
翌日のことだ。病室にレセリカが待ちに待っていた人物がやってきた。
「ダリア!」
思わずベッドから下りて駆け寄りたいところだったが、それはロミオに止められる。
だいぶ元気になってきたとはいえ、まだ歩くとふらつくのだ。急にベッドから下りては危険である。
「レセリカ様……」
ダリアもまた、今すぐにでも駈け寄りたそうに身体をピクリと動かした。しかしそれは共に来ていた騎士に止められる。
釈放されたとはいえ、まだ要監視対象なのだ。仕方あるまい。
だが、ほぼ無罪だと言われているため監視も緩い。
ダリアがレセリカに近づいてその手を取ることを、騎士たちは穏やかな目で許していた。
「ああ、良かったわ。ダリア、辛いところはない? 捕まっている間、大丈夫だった?」
レセリカはダリアを迎え入れるように手を握り返すと、腕に触れ、顔に触れて心配したように調子を訊ねている。
自分の方が死にかけたというのに。
その優しさと、主人が無事だったということを目の当たりにしたダリアは、ポロッと涙をこぼした。
「だ、ダリア?」
ダリアの涙に、レセリカは動揺した。
ウルウルと涙ぐむ姿はたまに見たことがあるが、そのどれもが感激の涙だったし、こんな風に次から次へと涙が溢れている彼女を見るのは初めてなのだ。
「違うのです。違うのです、レセリカ様、申し訳ありません……」
手で必死に涙を拭うダリアに、レセリカは戸惑う。
自分は今ハンカチさえ持っていないことがもどかしかった。
「私には、まだレセリカ様にお話ししていないことがあります。許してもらえないかもしれません。けれど」
泣き声の合間に、ダリアはとても小さな声で話し続けている。言葉が止まらない様子だった。
掠れた声からは、告解しているような雰囲気を感じる。これは、あまり人には聞かれたくないのではなかろうか。
「レセリカ様が倒れられてからずっと……後悔でいっぱいでした。この秘密を話さないままではいけないと、そう思ったのです」
やはり、ダリアは何かとても大事なことを明かそうとしている。それはきっと、今聞かなければならない、そんな気がした。
「ダリアと二人にしてもらうことは出来る?」
「レセリカ様、それは……」
「難しいわよね、ごめんなさい。でもこれは我が家門に関わる話かもしれないの。少しの間だけだから」
家門のことを出されては、騎士たちも強くは言えない。
「ドアは開けていてもいいわ。見ていてもいい。でも、話は聞かないでほしいの。それでも、ダメかしら……」
懇願するように言われては、さすがにもう何も言えない。
騎士たちは互いに顔を見合わせると、軽く頭を下げてから部屋の外に出た。もちろん、ドアは開け放したままだ。
これなら、何かあってもすぐに駆けつけることが出来る。ダリアがレセリカに何かするはずもないのだが。
「姉上、僕も部屋のすぐ外にいますね」
「ロミオ、でも……」
「ダリアはきっと、姉上にだけ話したいんだと思う。そうでしょ?」
ロミオが問いかけると、ダリアは驚いたように顔を上げ、そしてすぐに深々と頭を下げた。
「お気遣い痛み入ります」
「僕だって、ダリアのことは信用しているんだよ。それに心配もしているんだ。姉上、しっかり聞いてあげてください」
「ありがとう、ロミオ」
ダリアに幼い頃からお世話をされてきたのは、なにもレセリカだけではないのだ。
同性ということと、長子ということでレセリカについていることが多かっただけで。
ロミオもダリアを大切な家族だと思っている。
それが伝わったダリアは、ロミオが部屋を出るまでずっと頭を下げ続けていた。




