面会と抱擁
ヒューイが調査に向かい、オージアスが王城に向かったことで、室内にはロミオとレセリカの二人となった。
もちろん、ドアの向こう側には騎士が見張りとして待機してくれている。
レセリカが横になって休んでいると、待機中の騎士からセオフィラスの訪問を知らされた。
慌てて上半身を起こしたレセリカだったが、勢いが良すぎて少しふらついてしまった。
(セオと話すのが楽しみすぎて、調子に乗ってしまったわ。お、落ち着かないと)
一度目を閉じて深呼吸をすると、レセリカは心配顔で身体を支えてくれているロミオに微笑みかける。
結局、レセリカはセオフィラスを室内に招くことを決めた。
寝間着姿を見られるのは恥ずかしいが、いずれ夫婦となる二人なのだ。
上に一枚羽織るし、顔色が少し悪いだけで身だしなみは問題ないとロミオのお墨付きもいただいている。
それに心配させてしまったセオフィラスに対し、ドア越しに話すだけというのは申し訳ない気がしたのだ。
狙われたのはセオフィラスで、今はレセリカよりも身の危険があるのにわざわざ訪問してくれる、というのも大きい。
……だが、その全てが言い訳だ。
何より、レセリカがセオフィラスの顔を見たかった。これが一番の理由なのだから。
「お越しいただきありがとうございます、殿下。どうぞ、中へ」
ドアがノックされ、ロミオが対応する。
あまりにも自然な流れで中へと言われたセオフィラスは、戸惑ったように目を丸くした。
「えっ、いいの?」
「……僕としては良くないですけどね。でも」
ロミオは当然、不服そうに口を尖らせている。
セオフィラスから目を逸らしていたかと思うと、急にキッと鋭い視線を向けた。
「姉上が、殿下のお顔を見たそうなのでっ」
「っ」
出来れば言いたくはなかったのだろう。
セオフィラスもレセリカも、同時にカッと顔を赤く染めた。
ロミオとしては実に気に入らないが、彼にとって何よりも大事なのは姉。姉上至上主義なのだ。
自分が気に入らなくとも、姉上の望みを叶えることを優先した弟の鑑である。
「殿下。僕も少しだけ部屋の外で待っています。でも! 二人きりだからといって不埒な真似は許しませんからね!」
ロミオは最後にそう言い捨てると、鼻息荒く部屋の外へと出ていった。
その背を見送りながら、セオフィラスも慌てて声をかける。
「ありがとう、ロミオ。恩に着るよ」
そのお礼に対する返事は、ふんと鼻を鳴らす音だけであった。
ドアが閉まり、いよいよレセリカとセオフィラスは部屋に二人きりとなった。
体調の悪いレセリカと護衛の都合上ドアが閉められているのだが……完全な密室空間で二人きりになるのは初めてだ。
いつも誰かが一緒だったし、ヒューイも姿を現さないだけで近くに控えていた。
二人になってしまう時はドアを開け放すのが普通で、それが許されるのは恋人同士や家族だけ。
完全に二人きり。
レセリカもセオフィラスもこの状況を意識せずにはいられない。
「今日はお見舞いに来た。それだけ、それだけ……」
セオフィラスが何やら小声で呟いていたが、レセリカもレセリカで緊張していたためそれには気付かず口を開いた。
「あの」
「っ、ご、ごめん。レセリカ。その、本当に良かったの? 私を部屋に入れても」
突然レセリカに声をかけられたことで、セオフィラスの冷静であろうとする仮面は簡単にはがれてしまう。
うっかり口走った質問に慌てて口を押さえたセオフィラスだったが、時すでに遅し。
二人は再び赤面して黙り込んだ。
「……あの、はい。セオの顔を、見たかったので」
切なそうに微笑みながらそんなことを言われたセオフィラスは、ハッと顔を上げるとうっすらと涙ぐんだ。
涙を溢すまいと耐えているのだろう、一度奥歯をギリッと噛みしめてから、呼吸を整えるように一言一言丁寧に言葉を返す。
「……っ、私も、目を覚ました君の顔を、一刻も早く見たかった」
セオフィラスはそう告げると、近くに行ってもいいかと訊ねてきた。レセリカは恥ずかしそうにしながらも頷く。
ほんの数歩ほどの距離だったが、一歩彼が近付いてくるだけで心臓が飛び出しそうなほどドキドキするのがわかった。
セオフィラスはレセリカのベッドの近くに来ると、脇に置いてある椅子に腰かけた。
それから何かを言おうと口を開いては閉じを繰り返す。うまく言葉が出てこない様子だ。
「……ああ、言いたいことは山ほどあるのに。何を言っても無責任になってしまいそうだ」
「セオ……」
「私のせいだとか、私の身替わりでとか、レセリカにそんなつもりはなかっただろうし、私が言うべきことじゃない。でもそう思わずにはいられないんだ。レセリカじゃなく、私が苦しめばよかったと心の奥では思っているけれど、私はそれを言うわけにはいかない」
王太子として、自分が倒れれば良かったとは言えない。それは、レセリカにだってわかっている。
「……でも、言ってしまいましたね?」
「あ」
思い詰めたようなセオフィラスに、なんとか笑ってもらいたい。
レセリカは冗談を口にしてクスクス笑った。
それから柔らかく微笑んでセオフィラスを見つめる。
「私は、セオが無事で良かったと思っています。倒れたのが私で良かったと言える立場です。ズルいでしょう?」
「レセリカ……」
レセリカは、どこまでも優しい目でセオフィラスを見つめていた。
実際、前の人生のようにセオフィラスが毒に倒れることがなくて良かったと心から思っているのだ。
あの時よりもだいぶ時期は早い。まだ犯人は捕まっていないため油断はならないのもわかっている。
だが、毒で暗殺されることを阻止出来たのだ。
もちろん意図的ではないが、自分が介入したことで結果的に助けられた。
それが何よりも嬉しいのだ。
未来を変えられたことが。
セオフィラスを守れたことが。
レセリカの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「……君に触れたい」
「セオ」
「許可は取らないよ」
セオフィラスは立ち上がると、ギュッとレセリカを抱き締めた。
レセリカはとても驚いたが、すぐに力を抜いて身を任せる。
許可を請われたところで、きっと自分は受け入れただろう。
「君が目を覚まして、本当に良かった……!」
セオフィラスは震えている。それがよくわかった。
(怖がらせてしまったのだわ。フローラ様のことが過ったのね)
それに思い至ったレセリカは、ギュッと胸が締め付けられる思いがした。同時に、愛おしさが込み上げてくる。
この状況はとても恥ずかしかったし、ドキドキしっぱなしだったが、レセリカは勇気を出して腕をセオフィラスの背に回した。
ピクリと動揺したようにセオフィラスが身じろいだが、レセリカと同じように身を委ねてくれている。
「レセリカは、細いね。痩せてしまったのかな。元気になったらたくさん食べるんだよ」
「……貴方が安心するのなら、頑張ってたくさん食べますね」
「うん、そうして」
抱き締め合いながらするような会話ではなかったかもしれない。
それでも、二人の間には安心と幸せが漂っていた。




