従者への罰
次にレセリカが目覚めたのは、日が傾きかけている頃だった。
ロミオが用意してくれたお茶を飲み、落ち着いたところでヒューイを呼ぶ。
すぐに彼が姿を現したところで、まずはオージアスからレセリカが倒れた後のことを説明してくれた。
娘を害されたことが許し難く、どうしても時々怒りが滲む語り口であったが、オージアスは隠すことなく事実をそのまま伝えてくれた。
レセリカが眠る前にヒューイの言ったこと、そして何よりレセリカ自身が望んだことで、全て話すことを決めたようだ。
それに、レセリカは最高学年になる。きっと受け止められるとオージアスもまた娘を信じたのだ。
ダリアが捕まってしまった経緯を聞いたレセリカは、心のどこかでそんな予想をしていたため、落ち着いて話を聞くことが出来ていた。
というのも、お茶を飲みながら自分でも考えていたのだ。
毒の発生源が香水だったのなら、いつ仕込まれたのかが謎だということ。
そうなると疑われるのは恐らくダリアだろうということも。レセリカは聡明すぎた。
「ダリアが犯人じゃないって、みんながそう思っているのですよね?」
「もちろんだ。私は彼女と直接かかわることは少ないが、リリカが信じた侍女だ。そしてリリカとレセリカを命に代えても守ろうとする点において、あれを疑ったことはない」
父の口からダリアへの信頼を直接聞くのは初めてだ。
レセリカはこんな時ではあるものの、それがとても嬉しく思えた。
「犯人の手掛かりになるかはわかんねぇけど、オレも毒について調査してきた」
そこで口を挟んできたのはヒューイだ。しかし表情は相変わらず暗い。
レセリカには、その理由がわかる気がした。
「その前に、けじめをつけてほしい」
レセリカのベッド脇に跪き、頭を垂れたヒューイは淡々とした口調で語り始める。
(きっとヒューイは、自分を責めているのよね)
レセリカの予想が当たっていることは、次にヒューイが告げた言葉ですぐにわかった。
「オレは、主を守り切れなかった」
レセリカはヒューイを見下ろしながら、何度も口を開きかかけては閉じを繰り返しす。
(なんて声をかければいいのかしら。きっと……私が許してもヒューイは自分を許せない)
自分が毒で倒れてしまったばかりに。
色々と言いたいことはある。
彼のせいではないとか、気にすることはないとか、これから気を付けてくれればいいとか。
けれど、何を言ってもヒューイの心に響かない気がしたため、しばらく無言が続いてしまう。
「ごめんなさい、ヒューイ。私……今、何を言えばいいのかわからなくなっているわ」
結果、レセリカは素直に今の気持ちを告げることにした。誰もが黙ってレセリカの言葉を待ってくれているのがわかる。
レセリカは頭の中で思考を整理しながら、一つ一つ言葉にしていく。
「ヒューイのせいじゃないって、断言出来るわ。悪いのは毒を仕込んだ人であって、他の誰のせいでもないって。でも……今の貴方には何を言っても不正解な気がするの。変よね?」
困ったように告げるレセリカに、ヒューイは僅かに肩を揺らす。
実のところ、そこまで自分の心境を汲み取ってくれるとまでは思っていなかったのだ。
レセリカは続けた。
「だから思うのだけれど、ヒューイ。貴方は許されたくないのではないかしら」
「!」
図星をさされたらしいヒューイは、思わず顔を上げた。
その先にはレセリカの真剣で、こちらを心配するような紫の瞳がある。
「それなら、私は貴方を許さないことにする。これが罰、でどう?」
失敗したことを許さない、というのはレセリカにとっても辛い選択だ。
けれど、たとえ自分が許してもヒューイが自分を許せないのなら、一緒に抱えた方がいいという結論である。
「きっとこの先、何十年経った後も今日のことを思い出して、苦しむことになるわ」
後悔というものは、遥か先の未来であってもふとした瞬間に思い出して、悶え苦しむものだ。
そこに許す、許さないは意味をなさない。時間が経てば少しは傷も浅くはなるだろうが、消えることはないのだ。
「貴方を許さないことは、私にとっても辛いことよ。だから、私も一緒にずっと苦しむと思うの」
「そ、れは」
「これが罰。貴方と、迂闊にも毒で倒れてしまった私への」
「……ずりぃ。レセリカはなんも悪くないだろ」
「それはヒューイもでしょう。それを言い合うのは不毛だと思うわ」
ついに何も言い返せなくなったヒューイは、呻くように「やっぱ、ずりぃ」と呟きながら項垂れる。
「ずるくないわ。どうしようもないことだもの」
これでこの話はおしまい、とばかりにレセリカが微笑むと、ずっと黙って話を聞いていたロミオが口を挟んできた。
「姉上を大事に思う人であればあるほど、辛い罰ですね。姉上が苦しむのは自分が苦しいよりも辛いです。姉上! 僕も一緒に一生苦しみますからね!」
「それこそロミオは何も……いえ、これも不毛ね?」
「そうですよ! ほら、父上だって同じですよね?」
ロミオの言葉に思わず父を見上げると、なんとも居心地の悪そうな様子のオージアスがチラッとこちらを見てすぐに目を逸らした。
「娘の従者の罰は、父親も背負う。当然のことだ」
「お父様……」
それはぶっきらぼうで冷たい言動ではあったが、レセリカは十分すぎるほど愛を感じた。
ベッドフォード家に降りかかった災難は、家族愛によって少しだけ温かいものへと昇華出来たらしい。
だがもちろん、犯人を許すつもりはない。それはレセリカとて同じ思いだった。




