検査と不在の侍女
レセリカが目覚めたことで、医務室は慌ただしくなった。
駆け付けたオージアスやレセリカの手を握るロミオがなかなか離れようとしないため検査が思うように進まなかったり、各所への連絡に誰が行くかで揉めたりなどだ。実に大人げない。
どうにかこうにか医師が他の者たちを追い出し、異常がないか検査を行うことが出来た。
丸一日かかった検査であったが、今のところ後遺症や目立った問題はないという結論が出された。
その際、歓喜の声を上げたせいでオージアスとロミオは医師に叱られる事態となった。
「体力の回復にはまだ時間がかかるでしょう。経過も要観察ですが、命の危険はありません。ゆっくり体を慣らしていきましょう」
「ありがとうございます」
レセリカがお礼を言うと同時に、ロミオがガバッと抱きついてきた。
学園に通うようになってからこうしたスキンシップはしていなかったため、レセリカは驚いたように目を丸くしている。
「すみません、姉上……でも、少しだけこのままでいさせてください。本当に、本当に心配したのです」
レセリカを抱き締める腕が少しだけ震えている。泣いているのかと思ったが、たぶんそうではない。
大切な人を失ったかもしれないという、その恐怖で震えているのが痛いほどわかった。
(前の人生で私が処刑される前も……震えていたわね。もう二度と、そんな思いをさせたくはなかったのに)
もちろん、あの時とは状況が違う。
レセリカは悪人として裁かれたわけではないし、今こうして無事なのだから。
それでも、大切な弟を悲しませるようなことになってしまったことをレセリカは心苦しく思った。
きっと、ロミオだけではない。
今生ではもっとたくさんの人がレセリカを心配してくれたのだろう。
そう確信出来るくらいには、今回の人生でレセリカは良い人間関係を築いているといえた。
「心配かけてごめんなさい。それと、側にいてくれてありがとう」
「いいんですよっ、姉上が無事ならそれでっ!!」
ロミオの背中をゆっくり撫でながら告げると、涙声でロミオが叫んだ。
きっと、泣くまいと声が大きくなってしまったのだろう。
けれどレセリカは、そのことには気付かないふりをして静かにロミオの背を撫で続けた。
暫くして、病室にはオージアスがやってきた。
医者も席を外し、今は家族三人だけが室内にいる状態だ。
そこでようやく、レセリカはずっと気になっていたことを問いかけた。
「ダリアは……?」
いつもなら絶対に側にいるはずの存在が、今はいない。これはあり得ないことだった。
物心つく前からダリアはレセリカとともにいたのだ。誰よりも信頼出来る、姉のような大切な存在。
レセリカのことを心配しているに違いないのだ。
普段から姿を現さないヒューイはともかく、ダリアが姿を見せないのは絶対におかしい。
だからこそ、何かあったのだと察せられた。
不安そうに訊ねてしまったのは、そのせいだ。
案の定、オージアスもロミオもすぐには答えられず、表情を暗くしてしまう。それが余計にレセリカを不安にさせた。
「あの侍女なら、捕まったよ」
「! ヒューイ」
しかし、そんな空気を一切読まない声が突如挟まれる。
レセリカのもう一人の従者、ヒューイだ。おそらく話は隠れてずっと聞いていたのだろう。
だが、聞かされた内容は信じられないものだった。
レセリカは驚きのあまり息を呑んだ。
「おい、ウィンド!」
「隠す方がよくねーだろ。レセリカは、たとえそれがどんな話であっても真実を知りたがるはずだ。それに、受け止められる器を持ってる」
憤るロミオに対し、ヒューイは冷静に言葉を返す。
実際、ヒューイの言っている通りだ。
加えて、レセリカなら受け止められると信じてくれたことが嬉しかった。
困惑気味にチラッとこちらを見たロミオに一つ頷き、レセリカはオージアスにも目を向ける。
心配そうな色を浮かべた己の瞳と同じ紫の瞳と目が合い、レセリカは父を安心させるように軽く頷いた。
それから、ヒューイに視線を移す。
「……ありがとう、ヒューイ。詳しく聞かせてもらえる?」
何を聞かされたって大丈夫だ。
自分には味方がたくさんいる。
それに、レセリカは何があろうとダリアを信じるつもりなのだから。
「ああ。でもその前に、もう少し休め。検査で忙しかったんだろ?」
実際、レセリカはすでに目を開けていられないくらい眠くなっていた。
この状態で聞いても途中で眠ってしまう可能性もある。
本当はすぐにでも聞きたかった。
みんなの反応を見るに、あまり良い話ではないことがわかるからだ。
大切なダリアにあった出来事を、一刻も早く聞いてしまいたかった。
一方で、悪い話だからこそ体調を整えた方がいい気もする。
身体が弱っているため、少しのことで心も弱ってしまいそうだ。
今はしっかり休んで、心の準備をすべきなのだろう。急いで聞いたところで状況は変わらないだろうことも、みんなの反応でだいたいわかる。
ワガママを言うべきではない。
「ありがとう。そうさせてもらうわ。でも起きたら、必ず聞かせてね」
そのため、レセリカはあっさりと従うことにした。
それが意外だったのか、ヒューイは少しだけ驚いた様子だ。
同時に、安心したように少しだけ微笑んだ。
やはりこの選択は正しかったのだとレセリカは改めて思う。
「おう。近くにいるから、いつでも声かけてくれ」
それだけを言うと、ヒューイはあっという間に姿を消した。
その様子は変でやはり元気がないように見えたが、睡魔に襲われたレセリカはそれ以上考えることが出来ず、あっという間に眠りに落ちるのであった。




