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悪役にされた冷徹令嬢は王太子を守りたい~やり直し人生で我慢をやめたら溺愛され始めた様子~  作者: 阿井りいあ
未来の始まり

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調査と涙


 ヒューイは必死で頭を冷やそうとしていた。

 だが、それも難しい。


 調査へ向かう道すがら、人気のない森の中にやってきたヒューイは怒りを露わに叫ぶ。


「せっかく見つけた主を! オレは……っ!!」


 拳を握りしめ、思い切り自分の頬を殴る。

 衝撃で地面に倒れ伏したヒューイは、その場でさらにもう一発お見舞いした。


 もう一度。もう一度。


 しかし、いくら自分を痛めつけても気が晴れることはない。

 たとえレセリカ本人から許しを得られても、自分を許せる気がしなかった。


「……貴方はちゃんと助けてくれたじゃない。私は生きてるわ」


 レセリカが言うであろうことを感情の籠らない声で呟く。


「助けてくれてありがとう。だからもう自分を責めないで。……こんなとこ、かな」


 ハハッと乾いた笑いをしながら、ヒューイは項垂れた。


 レセリカが何を言おうと、自分を許せる気がしない。

 でも優しい主人は厳しい罰など与えてくれないのだろう。


 視界が滲む。そのことに気付いたヒューイは慌てて乱暴に腕で目元を拭った。


「気は進まねーけど……専門家のとこに行かなきゃな」


 レセリカが倒れる原因となった香水は、手元にある。

 まずはこの毒がどういったものなのかを調べる必要があった。


 ヒューイにほとんど毒は効かないが、普通の人なら香りを少し嗅いだだけで倒れてしまうほどの危険な代物だ。


 調べている内に身体に影響がないとも言えない上、知識のない自分が調べたとしても詳しいことはわからないだろう。


 そもそも、ヒューイの得意分野はあらゆる手を使って情報を得ること。

 盗み聞きすることもあれば、変装して人に聞くこともある。


 あらゆる場所に侵入して調査することもあれば、風を使って場の空気を読むこともある。


 今回は、人に聞くのが最適だ。

 それも毒のプロフェッショナルに。


 ヒューイは森の中の川まで辿り着くと、水に手を浸しながら心底嫌そうにその名を呼んだ。


「おい、シィ・アクエル。聞こえるだろ? 頼みたいことがある」


 ※


 卒業式の日から五日。

 つまり、レセリカが倒れてから五日が経過していた。


 レセリカの世話は家族と医師が献身的に行っており、そのおかげかレセリカの顔色も少しだけ良くなったように見える。


 だが、まだ目覚めてくれない。

 あれ以来ずっと、学園の医務室に通い続けているオージアスもロミオも疲労困憊といった様子だったが、決してレセリカの側を離れようとはしなかった。


 今朝もいつも通り部屋のカーテンを開けたロミオは、疲労の滲んだ顔ながら明るい声でレセリカに話しかけていた。


「姉上、今日も良い天気です。学園の生徒たちは今、長期休暇でほとんどが帰省してしまいました。静かな学園もなかなかいいものですよ。勉強が捗ります」


 レセリカの親友たちも皆が揃ってレセリカの下に残りたがったが、学園側とベッドフォード家がそれを断った。


 家の事情でどのみち帰らねばならないラティーシャやアリシア、ケイティはともかく、キャロルとポーラの二人は最後までごねていたのだが、オージアスの威厳の前に言うことを聞かざるを得なかったのである。


 レセリカはあまり弱った姿を人に見られたくはないだろうという配慮と、自分のせいで休暇が台無しになったとわかれば他ならぬ彼女が一番気にするだろうと思ったからだ。


「元気になったら一緒にお散歩でもしましょうね。外でお茶を楽しむのも……え、あ、姉上……?」


 返事のない会話を続けていると、レセリカのまつげがふるりと揺れる。

 僅かな変化に気付いたロミオは言葉を止め、覗き込むようにレセリカの顔をジッと見つめた。


 ゆっくりと動く瞼。

 開きそうになっては閉じを繰り返していたが、間違いなく覚醒しようとしている。


「姉上……? 姉上! はっ、父上は。父上はどこですか! お医者様もっ!!」


 一人、大慌てで声を上げていると遠くの方から足音が聞こえてきた。

 ロミオの騒ぐ声を聞きつけたのだろう。


 そうこうしている内に、レセリカの目がゆっくりと開いた。


 ロミオは、泣いてしまわないように気をつけながら、笑顔で声をかける。


「姉上……おはようございます。ご気分はいかがですか……?」


 声は震えてしまったが、ちゃんと笑えていたはずだ。


 レセリカは何度かゆっくりと瞬きを繰り返すと、ようやく口を開いた。


「ろ、みお……?」

「はい……っ! はい、そうです。僕です、姉上。あ、姉上ぇ……! 良かった、良かったぁ……目が覚めて、本当に良かったよぉ……!」


 大好きな姉に名を呼ばれ、ついに我慢が出来なくなったロミオは、情けないことに声を上げて泣いてしまった。


 ロミオが泣くのは久しぶりだ。

 昔は泣き虫だったが、ベッドフォード家の跡取り息子はしっかりとした男性へと成長しつつあるのだから。


 それでも、今ばかりは涙を止めることが出来ない。

 えぐえぐと泣くロミオをぼんやりと見つめていたレセリカは、ゆっくりと彼に手を伸ばした。


「姉上……待っててくださいね。すぐに父上やお医者様が来てくれますから」


 まだ力が入らないらしい手をロミオはギュッと握りしめると、涙でぐちゃぐちゃになった顔で再び笑みを浮かべる。


 レセリカが、心なしか心配そうにこちらを見ている気がした。


「大丈夫です。これは嬉し涙ですから。もう泣きませんよ!」


 ロミオはグイッと腕で乱暴に涙を拭う。

 貴族らしからぬ行いだったが、片方の手はレセリカの手を握っているし、すぐにでも涙を消し去りたかったのだから仕方がない。


 そんなロミオを見て何を思ったのか、レセリカは弱々しいながらも微かに口角を上げて微笑んだのだった。


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