拘束と憎悪
フィンレイがハッキリと疑惑を口にしたことで、場が静まり返る。
やや焦ったように口を開いたのは意外にもヒューイだった。
「ま、待てよ。確かにこの状況だとコイツしかいねーけど、レセリカへの忠誠心は本物だぞ!?」
「忠誠心という目に見えないものだけを信じて放っておくなんてことは出来ませんよ」
フィンレイがあえて憎まれ役をしているのはわかっていた。
一歩間違えていればセオフィラスが倒れていたかもしれない以上、護衛として正しい態度とも言える。
ヒューイとてわかってはいるのだろう。
それ以上、言い返すことも出来ずにグッと言葉に詰まってしまった。
「確かに私なら出来るでしょうね。ウィンジェイドの監視の目もくぐり抜けられますし」
「お前、何言ってんだよ……」
さらに犯人がダリアである可能性が高いことを、他ならぬダリア自身が淡々と告げている。
もはやヒューイも脱力気味に言うことしか出来なかった。
ただ、ダリアは別に罪を認めたわけではない。
赤みがかった黒い瞳はどこまでも真っ直ぐで、発する声にも迷いは一切感じられなかった。
「私が何もしていないことは私が一番よく知っています。ですが、最も疑わしき人物を拘束もせず、これまで通りレセリカ様のお側に置くという判断を下せるわけがないですよね」
ダリアは、この状況を正しく理解しているだけだ。
逆の立場であったなら、同じ指摘をするだろうとわかっているのだ。
「どうぞ、拘束なさってください。疑いが晴れるまで、私は大人しく牢に入りますから」
「……良いのか?」
「ええ。私はもう火の一族ではないのです。王族が裁くことの出来る国民と同じですから」
本来なら、セオフィラスが彼女に詰め寄るべき立場だった。
それを、フィンレイが代わりにやってくれたに過ぎない。
この中で最も取り乱して怒ってもおかしくないダリアが、誰よりも冷静だ。
セオフィラスは一度ギュッと目を閉じて己の情けなさを感じると、心を切り替えて硬い声色で指示を出した。
「フィンレイ、外で待機している騎士と一緒にダリアを連れて行ってくれ」
「わかりました」
セオフィラスの下した指示に、反論する者は誰もいなかった。
連れられて行くダリアを見送り、再び室内には沈黙が流れる。
その中で、何か言いたそうに自分を見てくるヒューイの視線にセオフィラスは静かに告げた。
「そんな目で見なくとも、私だって彼女が犯人だなんて思っていないよ」
セオフィラスだけではない。
ファンライも含め、この場にいた全員が同じように思っていただろう。
なんせあの侍女は心からレセリカを慕っている。
命を狙われていたのがレセリカでなくセオフィラスだったとしても、レセリカに疑いがかかるような方法を取るわけがないのだ。さらに。
「仮に彼女が犯人だとして、レセリカを狙うにしろ私を狙うにしろ、やり方が回りくどいからね。それこそ、水の一族の手口に近い。彼女ならもっと簡単に暗殺出来るだろう?」
火の一族が手にかけるなら、直接的に狙ってくるはず。それほどの強さを持っているのだから。
つまり、ダリアを今回の事件の犯人とするには説得力に欠けるのだ。
「けれど、現状他に怪しい人物がいないのも事実。それを彼女もわかっているんだよ。安心して、簡単に罰を下すようなことにはならないから」
「べ、別に安心とか……あんな女、心配なんかしてねーし。ただ、レセリカが……」
セオフィラスの言葉を聞いて、ヒューイは少々嫌そうに顔を歪めている。
確かに、彼の一番の心配事はレセリカのことなのだろうが、ダリアを心配する気持ちだってどこかにあるはずなのに認めたくはないらしい。
ただレセリカのことが心配だということについては、セオフィラスも同意見である。
「ああ、そうだね。レセリカが知ったら……悲しむよね」
先ほど見た青白い顔の彼女を思い出し、セオフィラスは胸が締め付けられる思いがした。
優しい彼女のことだ、目が覚めて己の信頼する侍女が捕まっただなんて聞かされたら、ショックで再び寝込んでしまうかもしれない。
そしてあの美しい紫の瞳から、涙が溢れてしまうかもしれない。
「その香水、私への贈り物だったんだってね」
ギュッと拳を握りしめ、ヒューイが持つ密閉された香水に目を向けると、セオフィラスは絞り出すように呟いた。
「レセリカの思いを踏みにじるような真似をした犯人を、私は絶対に許さない」
当然ながら、毒を仕込んだのがレセリカだとは微塵も思っていない。
これがレセリカでなければ自作自演を疑ったかもしれないが、その考えは一切なかった。
レセリカの優しさが利用された。
セオフィラスはそのことが何よりも許せない。
憎々しげに告げたセオフィラスの言葉に、ヒューイも同意とばかりにピリッとした空気を纏う。
レセリカを慕う者なら皆が同じ気持ちだろう。
卒業を直接祝いたいと、はにかみながら言ってくれたレセリカ。
忙しい合間を縫って、ほんの僅かでも話せるのが嬉しかった。
ようやく、記念パーティーで二人の時間が取れることをずっと楽しみに頑張ってきたのだ。
「それなのに、どうやって毒を仕込んだのかが見当もつかない……」
セオフィラスは、悔しさでどうにかなってしまいそうだった。
絶対に誰かの罠だとわかっているのに、それを証明することさえ出来ないのだから。
「なぁ、レセリカの守りは万全か?」
「え……?」
「学園の医務室にいれば、レセリカは安全なのかって聞いてんだよ」
苛立った様子で告げるヒューイの言葉の真意がわからず、セオフィラスは続きを待った。
「オレや侍女が側にいたのに守り切れなかった。食事に仕込まれた毒なら絶対に見逃さねぇのに……いや、言い訳だけど」
ヒューイも悔しいのだ。
目の前で倒れていく主人を見るのは、一体どんな気持ちだったのだろう。
その目には憎悪が見て取れる。これ以上、彼の憎しみを燃え上がらせないためにも、レセリカには早く目覚めてほしいと願わずにはいられない。
「こっちの調査はオレがやる。絶対に犯人を炙り出すから」
風の一族が本気で情報を得ようとしている。
恐らく、犯人の正体だけでなく家族構成や生活習慣、へそくりや本人も気付かない癖の一つまで全て明らかにしてみせるだろう。
「レセリカの側には常に私たちや家族の誰かと、騎士を数名配置する。学園のセキュリティーも強化させよう」
「それでも心配だけど……こまめに戻って来るようにすればいっか」
そこまでしても信用は出来ないらしい。
セオフィラスとしても、気持ちはわからないでもなかった。
「じゃ、行ってくる。どんな答えが待ってても受け止める覚悟しとけよ」
「レセリカが傷付く以上に悪い答えなんかないさ。……すまないが、頼んだよ」
「お前のためじゃねぇ! オレはレセリカのために動くんだ! そこんとこ勘違いすんなよな!!」
最後にそう叫んだヒューイは、室内に暴風を巻き起こした後その姿を消したのだった。




