伯爵令嬢の選択
「シンディー様は、私の憧れだったわ。私はいつだって、彼女の真似をしていたのよ。自身に満ち溢れたあの姿。あらゆる問題を乗り越えていく強さ。男性には負けていられないという野心も。心から尊敬していたわ。そして、そんな彼女の力になれることが嬉しかったの」
複雑な胸中を抱えながら、ラティーシャは引き続き黙って母の話を聞いた。
憧れの存在に夢中になってしまうところは、どうやら母に似たらしい。
ラティーシャにもそういう気質があるので嫌でもわかる。
「でも、それは娘の気持ちを無視していい理由にはならないわ。ほんのわずかな関与であったとしても、あんなことに力を貸していい理由にはならないというのもわかっているの。でも、でもね」
目を潤ませながら必死に言葉を紡ぐその様子は、娘に対する贖罪だろうか。
ラティーシャには母の言う「あんなこと」が具体的にどんなことなのかはわからない。
けれどそれがとても「悪いこと」で、母が後悔しているのだということは伝わってきた。
「言い訳になってしまうけれど、もしあの婚約が貴女の不幸に繋がるなら了承していなかったわ。アディントン家は由緒ある家門だったから、たとえ相手を愛せなくても貴女が何不自由なく暮らせると思ったの。本当よ」
きっと、その気持ちに嘘はないのだろう。
母はラティーシャにいつでも優しかった。
厳しく突き放すようなことを言われることもあったけれど、娘に激甘な父がいるのだからそこでうまくバランスを取っていたこともわかる。
成長すればするほど、母は魅力的な女性としてラティーシャの目に映っていたし、自分は兄以外の家族には愛されているという自覚もあった。
ラティーシャの脳裏に浮かぶのは、そんな優しくも美しい母との思い出。
とても母を責める気持ちにはなれなかった。
「彼が貴族ではなくなって、そして今、また貴族になるのよね。それもアディントンに。男爵だけれど……貴女は婚約者に戻れるわ」
だがそれは、母としてはあまり喜ばしいことではないはずだ。
出来ることなら娘を良い家柄に嫁がせたいと思っていたはず。
アディントン家との婚約だって、力のある伯爵家だったからこそだとラティーシャは知っているのだ。
(それなのにお母様がこんなことを言うなんて……私の気持ちなんて、お見通しなのね。敵わないわ)
自分でも認めたくなくてずっと否定し続けてきた気持ちを、母はあっさりと見抜いてしまう。
「ラティーシャ、後は貴女が決めていいの。自由にね。彼を選んでも良いし、他の誰かを選んでもいい。結婚なんてしないという道を選んだっていいわ」
その上で、選択権をラティーシャに与えてくれている。
ラティーシャは母の愛を感じ、謝罪の気持ちも感じた。
両手で包まれた右手に感じるのは、母の愛情の温かさだ。
「でも、お父様は……」
「あの人の説得は私がするわ。贖罪にもならないけれど……」
そう言うだろうことはわかっていた。
それでも父を出したのは、ラティーシャの中に残っていた意地っぱりな部分がそうさせているのだろう。
「もう二度と、貴女が苦しんだり悲しんだりするような選択をさせたくないの。貴女の望む道を、全力で応援するわ」
あとは、自分の気持ちに素直になればいいだけだった。
ラティーシャは困ったように笑って、母親に抱きついた。母もまた、娘を抱き止めて頭を撫でている。
「許しますわ、お母様」
「ラティーシャ……」
「お母様だって、裏切られたようなものではないですか」
悪い人に加担していたらしいことはわかった。けれど、言うほどのことではないとラティーシャは思う。
結果として、リファレットと出会うことになったのだ。悔しいが感謝しなければならないのだろう。
「私、決めましたわ。自分の選んだ道で、自分で幸せになりますの。ですからお母様、私……」
ラティーシャの決意を聞いて、母は身体を離して娘を見ると、嬉しそうに目を細めるのであった。
※
実家で母と話し合い、父とも話をつけた。
もちろん、父はラティーシャの決断に最後まで渋っていたが、母からの助言もあってどうにか説き伏せることが出来た。
とはいえ、半分以上はラティーシャ自身の言葉で説得したようなものだ。
あれだけ愛らしかった娘の成長に、さしもの娘命な父も思うことがあったのだろう。
「いつのまにこんなに大きく立派になっていたのだろうね……」
ポツリと寂しげに呟かれた父の言葉には、ラティーシャも少しだけしんみりとした。
さて、実家を出たラティーシャは学園にはすぐ戻らずとある場所に向かっていた。
すでに日が暮れており、本来ならば貴族のご令嬢がこんな時間に外をうろつくのはよろしくない。
それでも、ラティーシャはすぐに来たかった。
決めたことはさっさと実行したいというせっかちな部分が彼女にはあるのだ。
(それに、決心が鈍ってしまいますもの)
向かったのは王国騎士団の宿舎だ。
騎士団の下っ端は町の至る所にある詰所での勤務から始まる。
彼らは皆同じ場所に寝泊まりし、決まった時間に寝起きして食事をするという集団生活を行うらしい。
学園にある一般科の寮よりも厳しいと聞く。
特に、そういった生活を送ったことのない貴族出身のリファレットには苦労も多かろう。
いや、元貴族だからこそ、やっかみなどの嫌がらせをされている可能性も高い。
しかし今のラティーシャにそこまで気にする余裕はなかった。
まずはこの宿舎にいるであろう、リファレットを呼び出すことから始めなければならない。
伯爵令嬢が男たちのむさ苦しい宿舎に一人訪れるなどあらゆる憶測が飛び交いそうであるし、色んな意味で危険なのはわかっていたが、ラティーシャは覚悟を決めていた。
「ら、ラティーシャ……!?」
勇気を出して宿舎のドアを叩こうとしたその時、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ビクリと肩が震えたのは、急に声をかけられたからか、声の主に心当たりがあったからか。
「なぜこんなところに……! ここは危険です。すぐに帰らなければ。お付きの者はいないのですか!?」
「あの」
「それもこんな時間に……襲われてもおかしくないのですよ!? どうして貴女が」
「少しお黙りになって!!」
矢継ぎ早に告げられる心配と少しの怒りの込められたリファレットの言葉を、ラティーシャは大きな声でピシャリと遮った。
「わかっていますわ。危険なことも、ここへ来るのがあまり良くないことも」
「そ、それなら」
「それでも!!」
狼狽えるリファレットに対し、ラティーシャは引き続き強気の姿勢で声を張る。
心臓は破裂しそうなほど暴れ回っていた。
「あ、貴方に。リファレットに……会いたかったのですわ」
「な……」
顔を真っ赤にして告げるラティーシャに対し、事態を呑み込めていないリファレットは言葉を失っている。
それがどうにももどかしかったのか、ラティーシャはさらに言葉を続けた。
「~~~っ、恋しいと思ったのです! これ以上言わせないでくださいませっ!!」
暫しの沈黙が流れた後、リファレットは震える手を伸ばしてくる。
チラッと見上げた時に見た彼の顔は今にも泣きそうで、それでいて期待の込められた眼差しをしていた。
触れられる直前で動きを止めた彼の手をラティーシャは両手で包み、そっと頰を寄せる。
ずっと嫌がっていたゴツゴツとした感触も、悪くないとラティーシャは思った。
「触れても、いいんですのよ」
「っ、ラティーシャ……」
その後のことは、二人にしか知らぬことである。
冷徹令嬢2巻の発売まであと4日!
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腹黒次期宰相なあの作品です……!
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