呼び出しと不安
レセリカが寮室に缶詰めになり、ヒューイからの情報を受け取ってクライブの行動が推測通りだったことを確認していたのと同じ頃、ラティーシャは王宮から呼び出しの手紙を受け取っていた。
差出人は王妃ドロシアだ。
特に接点もない相手からの手紙というだけでも驚きなのに、王妃からの呼び出しとあってはその衝撃も大きい。
一体、自分は何をしでかしたのだろうかとラティーシャは大いに慌てていた。
「ど、どうしよう……何か、知らない間に失礼なことをしていたら! 私、捕まっちゃうの!?」
「お、落ち着いてください。手紙には知らせておきたいことがあると書かれています。少なくとも、ラティーシャ様が気に病まれるようなことではないかと!」
メイドが必死で宥めているが、ラティーシャの不安顔はそのままだ。
もちろん、ラティーシャだって馬鹿ではない。メイドの言うこともわかるし、王妃から叱られるようなことをした覚えだってなかった。
きっと、本当に何か話したいことがあるだけなのだ。
それを頭ではわかっているものの、知らせたい内容が気になって仕方がない。
「こうしちゃいられないわ。次の休みなんてあっという間よ! 王宮に行くのだからドレスが必要……? でも学園にはあまり持ってきていないわ! どうしましょう!」
「だ、大丈夫です! 制服で来るようにと書かれていますから!」
週末まで、ラティーシャのパニックは続きそうである。だが、それほど王宮に呼ばれるというのは大ごとなのだ。
数年前のラティーシャだったら、セオフィラスの愛人になれるかも、などと浮かれていたかもしれないが、あの頃の愚かな令嬢はもういない。人並みに慌てるのは当然であった。
そうなると、ラティーシャが相談する相手は決まってくる。
「レセリカ様! お会い出来るのをずーっとお待ちしておりましたわ!」
「ラティーシャ? えっと、嬉しいけれど、どうしたの?」
ようやく缶詰生活を終えたレセリカを、ラティーシャは真っ先に出迎えた。
レセリカの寮室のドア前で待ち伏せする勢いで。
一方、レセリカは困惑気味だ。
それもそのはず。リファレットのことがあってからというもの、ラティーシャは見るからに元気がなく、レセリカが声をかけても碌に話など出来なかったのだから。
急に距離感を詰められては、驚きもするというものだ。
だが今のラティーシャは塞ぎこんでいる場合ではない事態に陥っている。
「部屋の前で待ち伏せなんかして、はしたない真似をして申し訳ないとは思っておりますの。でも、緊急事態なのですわ」
実を言うとレセリカは、ダリアやヒューイによって部屋の前にラティーシャが来ていることを事前に知っていた。
相談でもあるのかといつもより早めに部屋を出たのだが、まさかここまでラティーシャが困っているとは思いもよらなかったようで、目を丸くしてラティーシャを見つめている。
「少し、部屋に入りましょうか。まだ時間はあるから」
「……本当に申し訳ありませんけれど、助かりますわ」
レセリカは自室にラティーシャを招き入れると、いつもお茶を楽しむテーブル席へと案内してくれた。
自分の部屋よりも豪華な寮室。そのことにラティーシャの中に残っていた劣等感が疼いたが、もはやそんなことなど気にしていられない。
椅子に座ったラティーシャは早速本題に入るべく、王宮からの手紙を差し出した。
「読んでもいいの?」
「ええ。それを読めば、私の悩みがわかると思いますもの」
不思議そうに首を傾げつつ手紙を受け取ったレセリカはサッと手紙の内容に目を通すと、納得したように頷く。
「王宮から呼び出されたのね」
「そうなんですの。レセリカ様、知らせたいことって何だと思います? 私、心当たりがなくてずっと不安なのですわ!」
ラティーシャは泣きそうな顔でそう告げると、潤ませた目でレセリカを見つめた。
頼られることにとても弱いレセリカは一瞬だけ息を詰まらせると、ラティーシャの手を両手でそっと取る。それから、わずかに口角を上げて告げた。
「実は、少しだけ心当たりがあるの。きっとラティーシャにとっては良い知らせだと思うわ」
「なっ、それはなんですの!? 教えてください!」
「ごめんなさい。ドロシア様が伝えようとしていることを、私が今伝えることは出来ないわ」
「うぅっ、そ、それもそうですわね……」
勢いよく顔を上げたラティーシャに、レセリカは申し訳なさそうに告げる。
ラティーシャもそれがよくわかるからこそ、それ以上に問い質すことは出来ない。
複雑で不安な気持ちが溢れ、ラティーシャは再び顔を伏せるとポロポロと涙を流し始めた。
「もう、なんなんですの……私は、そっとしておいてほしいだけですのに」
リファレットが貴族ではなくなって、家族には新しいお見合い相手を探すと言われた。
決断出来ぬまま悩んでいたら、いつの間にかアディントン家がなくなっており、もう何が何やらわからなくなってしまったのだ。
お見合いのことも、結婚のことも……リファレットのことも。
辛いことは、もう考えたくなかった。
「ラティーシャ……」
「たとえ良い知らせだったとしても、今の私はちゃんと喜べるかわかりませんわ。失礼な態度を取ってしまったらどうしよう……!」
ラティーシャの目からは、次から次へと涙が溢れていく。
その様子を痛まし気に見つめていたレセリカはふいに顔を上げると、ダリアに向けてなにやら指示を出す。
それからレセリカは再びラティーシャの手をギュッと握って、優しく声をかけた。
「不安なら、私が一緒について行くわ。その、少しは心強いと思ってもらえたら、だけれど……」
その後、王妃の下まででなくとも城の前でもいいし、迷惑なら断ってもいいと言い訳がましく伝え始めたレセリカを見て、なんだかおかしくなってきたラティーシャはようやくクスッと笑う。
「もう、言い出したなら最後まで自信をもってくださいまし」
「ご、ごめんなさい」
「でも……お願いしますわ」
続けて、消え入りそうな小声でありがとうと告げたラティーシャに、レセリカはふんわりと笑った。




