二つの偶然
「……レッドグレーブの彼は、立ち去り際にこう言った。『これで依頼は達成したはずだ。お前がうまくやってくれればな』って」
一通りの説明を終えた後、セオフィラスは恐らく彼らが最も気になっていただろうことを口にした。
セオフィラスから距離を取り、立ち去る直前に何やら話していた内容についてだ。
「うまくやれば……?」
「そう。その後これで自分は自由だ、って嬉しそうに言って姿を消したんだよ」
セオフィラスはこれに対し、最初は全く意味が分からなかったという。だが考えを整理したことで一つ推測は出来たと口にした。
「彼は、絶対に本気を出していなかった。それはジェイルにもわかるよね?」
「ああ。本気でセオフィラスを殺す気なら、少なくとも守ろうと動いたリファレットは無事では済まなかったはずだ」
セオフィラスの問いに、ジェイルは険しい顔で答える。
結果的に無事だったから良かったものの、今後の警備について考え直す必要があると考えているのだろう。
もちろん、それにはセオフィラスも同意だ。火の一族の襲撃は災害のようなものとはいえ、黙ってやられるわけにもいかないのだから。
その辺りの対策法については、出来ればダリアやヒューイに助言を請いたいところなのだが……レセリカを利用するようなことは避けたい。
しかし事件が起きてしまった今、相談だけはさせてもらいたい。
胸中は複雑だが、レセリカに頼むしかないとセオフィラスは頭の片隅で考えた。
「もしかして、そのレッドグレーブはわざと……?」
「そうだね、フィンレイ。なぜあんな目立つことをしたのか。これは私の推測なんだけれど」
セオフィラスは顎に手を当て、自分でもまだ疑わしいと思っている推測を語った。
「リファレットに、褒美を与えるためだったんじゃないかなって」
「まさか」
ジェイルが鼻で笑うように即答したが、考えれば考えるほどそうとしか思えないのだ。
セオフィラスは続ける。
「事実、彼の功績は称えられるだろう。私を刺客から守ってくれたのだからね。父上は、むしろ褒美を与えなければならない」
一国の王太子を守ったのだ。当然、リファレットには褒美が与えられるだろう。
現にセオフィラスは去り際、リファレットに対してそれを仄めかすようなことを告げている。
「彼の家族の件もあって、私たちは不憫なリファレットのことはどうにかしてやりたいとずっと思っていた。彼はとても真面目だし、親の罪は子どもには関係ないから」
だが現状、養子縁組の話をなかなか進めることも出来ていない。
ならばせめてと、実力だけでも評価されるように今回の大会出場を認めたのだ。
それしかしてやれないことが歯痒いと、特に王妃ドロテアが気に病んでいた。
「確かにタイミングが良すぎますね」
フィンレイの言う通り、タイミングが良すぎるのである。
リファレットが何か大きな功績を上げればすぐにでも授爵出来るが、そう簡単にはいかない。
それこそ、国や王族の危機を救うほどの功績がなければ。
そもそもセオフィラスが襲撃される際、最も近くにリファレットがいるという状況などまずないのだ。
大会の決勝戦でもない限り。
そんな偶然が二つも重なるだろうか? そういうことを言っているのである。
「私もそう思う。リファレットを助けたい誰かが、レッドグレーブに依頼したという説が濃厚じゃないかな」
暗殺以外の依頼を、しかも王族に刃を向けるだけという何の得にもならない依頼を火の一族が受けるだろうか。
考えにくいところだが、条件次第ではあり得ないわけではないだろう。
実際、クライブもこれで自由になれると喜んでいたし、何か彼にとって大きなメリットがあったからこそ依頼を受けたのかもしれない。
「じゃあ、うまくやれってのは」
「父に報告して、正しくリファレットに褒美を与えろってことだと思うよ。たぶんね」
自分の仕事はここまでだ、と言われた気がしたとセオフィラスは肩をすくめる。
「違ったとしても、私はそう捉えるよ。やり方は物騒だったけれど、結果的に怪我人はいなかったし」
もちろん安全が確認出来るまで警戒は続けるべきだが、少なくともセオフィラスは火の一族、正確にはクライブがレセリカや王族の命を狙うことはないだろうと確信していた。
「さて。そういうわけだから二人とも。明日は朝一で父上への報告に付き合ってもらうよ。また仕事が増えそうだ」
「うげぇ……今日もめっちゃ駆け回ったのに……」
ガックリと肩を落としたジェイルだが、すぐに仕事だと切り替えて顔を上げながら自身の両頬を軽く叩く。
「リファレットが報われるためなら頑張るかぁ」
「明日はちょうど学園も大会の代休ですしね。僕も精一杯頑張りますよ。現場にいられなかった分も」
疲れた顔をしたフィンレイも、結構根に持つタイプである。
意味ありげな視線を向けつつ告げる二人の姿に、セオフィラスは苦笑を浮かべる。
(これは後日、念入りに労う必要がありそうだな)
二人が喜ぶ褒美を考えながら、セオフィラスは肩をすくめた。




