功労者と事後処理
ジェイルが駆け寄ると、すでにセオフィラスはその場にいる騎士たちに指示を飛ばしているところだった。
自身が狙われていたというのに、随分と冷静な対応である。こういうところが、上に立つ者の資質として必要なのだろうと改めて思い知らされるというものだ。
「本当に無事みたいだな、セオフィラス」
ジェイルはそんな自身の主の姿を見て安心したように息を吐くと、軽い調子でそう告げる。
「ジェイル……来る気はしたけれど、レセリカを置いてくるのはいただけないな」
一方で、セオフィラスは困ったように笑いながらそう返した。
だが、どことなくホッとしたように見えるのは気のせいではないだろう。
「ちゃんと許可は得たぞ!? 他の騎士たちを回したし、レセリカ様には最強の護衛たちが付いてるじゃん!」
「わかっているよ。その辺りの君の判断は信用している。私を心配してきてくれたんだろう? ありがとう」
「あ、ああ」
慌てるジェイルに柔らかく微笑んでセオフィラスが答えると、ジェイルもまた照れ臭そうに頭を掻いた。
素直にお礼を言われるのは気恥ずかしいらしい。
「詳しくは後で話すよ。それより今は……」
「ああ、リファレットだな」
二人は互いに頷き合うと、騎士たちに事情を説明しているリファレットの下へ向かった。
セオフィラスたちが近付いたことに気付いた騎士たちはすぐに一歩離れると揃って一礼する。
リファレットもまた、すぐに頭を下げた。
「リファレット、君のおかげで助かった」
「いえ、ご無事で何よりです」
堅苦しい返答に対し、心の内で苦笑しながらもセオフィラスは神妙に頷く。今の互いの立場を思えばそれも仕方のないことだ。
「試合も楽しかったし、君の優秀さが際立つ一日だったよ。まぁ、最後は大ごとになってしまったけれど」
「勿体ないお言葉です」
さて、形式的な会話はここまでだ。
セオフィラスはリファレットに顔を上げるように告げると、彼の深い青の瞳を真剣に見つめながら告げた。
「今日のことは、私からも父上に直接伝えておく。必ずね」
「!」
恐らくその言葉の意味を正確に理解したのだろう、リファレットは目を見開いた。
その驚いた反応にセオフィラスは満足したように頷くと、今度はフッと微笑む。
「期待していて」
最後に笑顔でそれだけを言うと、セオフィラスはジェイルを伴ってその場を立ち去った。
恐らく背後では、真面目なリファレットが深々と頭を下げているのだろう。
それが嬉しくはあったが、キッカケを作ったのがレッドグレーブだと思うと素直に喜ぶことも出来ない。
とにかく今は一旦落ち着いて、色々とやることを整理しなければならない。
セオフィラスはジェイルに寮室へ戻ることを伝えると、心の中で大きなため息を吐くのであった。
「で、まだ言ってないことがあるんだろ? セオフィラス」
事件の後ということで、セオフィラスの警備はかなり厳重になった。予想はしていたことだ。
だが、疲労を言い訳にして早々に寮室に戻れたのは幸いである。おかげでだいぶ気持ちも落ち着いたし、考えも整理出来たと言えよう。
一方で、騎士や王宮への伝達にてんやわんやとなったジェイルは恨みがましげに睨んでいるのだが。
「その前に順を追って話そうか。フィンレイにも、私からちゃんと説明してあげないとね」
「はい。お願いしますよ、セオフィラス。ここまで大人しく仕事をこなして待っていたんですから」
「悪かったって……」
もう一人の護衛であるフィンレイも大忙しだった。
特に彼の場合、別の大会会場にいたため詳しい事情を又聞きでしか知らないのに、学園側への必要書類をひたすら作らされたのだ。
己の主人が自分の知らぬところで危険に晒され、それだけでも不安と歯痒さでどうにかなってしまいそうだというのに、仕事だけを回される。
その心中たるや筆舌に尽くしがたいことだろう。
セオフィラスの寮室での作業だったため、無事だけはすぐに確認出来たものの、さすがに無言で黙り込むセオフィラスへ質問を投げかけることも出来ず、モヤモヤを抱えたまま夜まで事務処理をこなし続けることとなった。
フィンレイの言葉が刺々しくなるのも仕方ないのである。
「まずは、今日あった出来事をそのまま伝えるよ」
言葉の通り、セオフィラスは決勝戦が終わった後のことを淡々と説明した。
火の一族と聞いて、護衛二人はその場にいたところで何も出来なかっただろうことを思い顔を歪ませている。
特にジェイルだ。現場にいたというのにすぐに動けなかったことを気にしているらしい。
だがそもそも、ジェイルにはレセリカの側にいるようにと厳命していた。レッドグレーブがいる間、それを忠実に守っていたことを感謝してもセオフィラスが叱ることなどない。
むしろ、自分の護衛という本来の任務をさせてあげられなかったことを謝りたいくらいだ。
だがセオフィラスは二人の主人という立場にある。この件においては謝罪を口にすることは出来ない。
(心配はかけてしまったけれど、改めて二人の存在のありがたみを実感したな)
その分、友人として何か別の形でお詫びが出来ればと頭の片隅で考えるのであった。




