怒りと信用
ジェイルの返事を聞いて、セオフィラスはようやくいつものようにふわりと微笑んだ。その瞬間、室内に張り詰めていた緊張感が緩和され、レセリカもホッと肩の力を抜く。
「さ、本題に戻ろう。結局、火の一族の者の目的はわかったのかな」
「……失礼いたします。その質問には私が答えてもよろしいでしょうか」
セオフィラスの問いに、最初に声を上げたのは若い女性の声だった。もちろん、レセリカではない。
全員が声のした方向に顔を向けると、いつの間に入室していたのか、ドアの前にはダリアが軽く頭を下げた状態で立っていた。
「鍵は閉めていたはずなのに……!」
驚愕を露わにしつつ、最も警戒したのはフィンレイである。ずっとドアの近くに控えていたし、鍵をかけたのも彼なのだから驚くのも無理はないだろう。
「ダリア」
「申し訳ありません、レセリカ様。ですが、緊急事態でしたので」
レセリカが咎めるように名を呼ぶと、ダリアはさらに深々と頭を下げた。だが、ここで引く気はないらしい。
普段は誰よりもこういったマナーに厳しい彼女がここまで言うのだ。本当にただならぬ事情があるのだろう。
レセリカがセオフィラスに目を向けると、彼もまた同じように感じたのだろう。わかった、と言うように頷いた。
「ダリア。君の正体について今は追及しない。まず、その緊急事態について話してくれ」
「お許しいただき感謝いたします、殿下。では……」
ゆっくりと顔を上げたダリアは、赤みがかった黒い瞳をまずレセリカに向け、頷いたのを確認してからセオフィラスに向けた。
口を開いたダリアは簡潔に今しがた起きたことを説明していく。感情は込められていないが、そこはかとなく怒っているのだろうことが伝わった。
「……なるほどね。情報感謝するよ、ダリア」
全てを聞き終えた時、その場にいる全員が顔に怒りを滲ませていた。
いや、全員ではない。レセリカだけは、困惑の色を浮かべている。
(なぜ、私の命が狙われているの……?)
全員が怒っているのは、レセリカが狙われているということがわかったからだ。特にセオフィラスやヒューイは、今にも飛び出していくのではないかというほど殺気を放っている。
(ううん、狙われているのがセオ様じゃないのはホッとしたけれど)
レセリカは一人黙り込む。それが不安そうに見えたのか、ダリアがそっと近くに寄り添ってくれた。
「……今、最も突き止めなければならないのは、誰がレセリカを狙っているかということだね」
セオフィラスが重々しくそう告げると、フィンレイが控えめに質問を口にした。
「そのクライブという男ではないのですか?」
「それはねーだろ。あの男はそんな回りくどいことしない。本気で殺す気だったら今ここに……レセリカはいないからな」
しかし、ヒューイによって真っ先に反論されてしまう。レセリカとしても同意見だった。
ダリアの話を聞いただけでも、クライブという男は水の一族シィのような面倒なことはしなさそうだとわかる。
「レセリカに護衛をつけようか?」
「あー、それはやめてくれ。俺が邪魔。人が多いと守りにくい」
「……本当に君は、レセリカを守りきれるの?」
セオフィラスとヒューイの間にピリッとした空気が流れた。
挑発するかのようなセオフィラスの言葉に、ヒューイが据わった目で腕を組む。
「は? 言うじゃん。火の一族からだろうが軍隊からだろうが、レセリカを守れるのはオレだけだ。そこの護衛ならわかるだろ?」
話を振られたジェイルは、悔しげに呻く。セオフィラスに対する態度に文句を言いたいところだが、実力だけは本物だとわかるからだろう。
「……確かに彼は、ヤツの攻撃から逃れました。至近距離だったのにかすり傷一つ負わずに。俺が……見切ることも出来ない攻撃だったのに、だ」
実際、ヒューイの驚異的な反射神経があったからこそ出来たことだった。
風の一族であるヒューイにとって、火の一族であるクライブは決して敵わぬ相手である。だが戦わなければ対処は出来るということだ。
加えて今回ちゃんとレセリカを守れたのは、ひとえに覚悟と信念があるからこそといえよう。
「オレなら毒にも早く気付ける。オレ自身、ほとんどの毒は利かねーから、毒見だって出来るぜ」
フンと鼻を鳴らしながら絶対の自信を口にするヒューイに対し、誰も何も言えずにいた。決して呆れているわけではない。
彼なら、本当にそれが出来るのだと妙に納得してしまうからだ。
そんな周囲の反応を見てひとまず納得したのか、ヒューイは改めてセオフィラスに目を向けた。
先ほどまでの反抗するような目ではなく、真剣な眼差しで。
「たださ、オレはこれから犯人が見つかるまで、レセリカの守りに集中する。だから情報集めはあまり期待すんな。なぁ、セオフィラス」
つまり、レセリカの守りに関しては一切心配しなくていいと言いたいのだろう。ヒューイはニッと八重歯を見せて笑うと、セオフィラスに挑発的な視線を向けた。
「あんたらは、犯人を返り討ちにするとか、しょっぴく方に集中しろよ」
目的が同じなら、互いに最も得意な分野で協力するのが得策。
セオフィラスは肩をすくめ、苦笑を浮かべた。
「君に言われなくともそうするよ」
そして、喧嘩を売るようにそう言い放つ。レセリカには彼の顔が、王太子ではなく年相応の少年のように見えた。
「ウィンジェイド。君を信用してみるよ」
幼い頃の毒殺未遂をキッカケに、セオフィラスはそう簡単に人を信じない。その彼が言い放ったこの言葉の重さを、この場にいる者はよく知っている。
「シシッ! オレも、アンタを信じてやってもいいぜ、セオフィラス!」
拳同士を軽くぶつけ合う二人を見て、レセリカは眩しいものでも見るかのように目を細めるのであった。




