唯一無二の存在
フィンレイが戻り、程なくして使用人がポットなどが乗ったカートを運んで来てくれた。なんと、フィンレイがここで淹れてくれるらしい。
茶葉もお菓子もセオフィラス専用の持参したものだと聞き、恐らく彼らはいつもこうしてお茶を用意しているのだとレセリカは悟る。
毒を警戒せざるを得ない、セオフィラスのための対応なのだろう。
「ところでレセリカ。そのお茶会に、私は招待してくれないのかな」
「え、と。いいのですか? 長期休みの時に、家で開く小さなお茶会でしかないのですが……」
「当たり前でしょう。レセリカの誘いを断ることなんかないよ」
戸惑うレセリカに対し、セオフィラスはニコニコとどこか迫力のある笑みを浮かべている。
すると、黙ってお茶を淹れていたフィンレイがふいに口を挟んできた。
「レセリカ様、これはただの嫉妬ですよ」
「し、嫉妬、ですか……?」
「はい。レセリカ様が風の者ととても仲が良いので。きっと、胸中は嫉妬の炎が渦巻いていますよ」
眉尻を下げて仕方ないなぁ、とでも言いたげにフィンレイは笑っている。
一方、嫉妬と聞いてレセリカは少々ドキドキしてしまう。恐る恐るセオフィラスの方に顔を向けると、彼はいつも通りニコニコと笑顔を浮かべていた。
「そう、なのですか?」
「事実だね。私はレセリカのこととなると狭量なんだ。例え彼とはそういった仲にならないとわかっていても、他の男がレセリカに対して親しげにしているのは腹立たしいよ」
レセリカが確認すると、間髪入れずに肯定が返ってきてますます心拍数が上がる。
(好きな人に嫉妬されるのって……嬉しいのね)
とはいえ、なんと返せば良いのかわからず、レセリカは頬を赤く染めながら俯くことしか出来ない。
愛らしい婚約者をセオフィラスは穏やかに見つめ、フィンレイは慣れたようにお茶を淹れ、ヒューイはわざとらしく視線を外へ向けるのだった。
「さて。そろそろ話せそうだよね。一体、何があったの? ジェイルがついてたというのに、役に立てなかったようだし」
「あっ、それは……」
温かなお茶を飲んで一息ついたところで、セオフィラスがようやく話を切り出した。
本当はすぐにでも聞きたかっただろうに、レセリカが落ち着くまで待ってくれていたのだ。ありがたいことである。
ただ、まるでジェイルが役に立たなくて悪かったと謝られているようで、レセリカは少し慌ててしまう。
「まー、あの護衛はよくやってたよ。相手が悪かったんだ。死ななかっただけ十分すごいよ」
その様子を見てかどうかはわからないが、フォローしてくれたのはヒューイであった。
その言葉を聞いて、すぐに何か思い当たったかのようにセオフィラスが呟く。
「……元素の一族か」
「火の一族だ。その中でも、最も実力のある危険人物」
セオフィラスが腕を組みながら言うと、ヒューイが頷きながら答えた。フィンレイも含め、全員が深刻な表情を浮かべている。
「正直、火の一族はオレと相性悪いから、レセリカを逃がすことを優先させてもらった。あの護衛は遅いから置いてきたけど、もうすぐここに着くんじゃねーかな」
「遅いって……ジェイルがですか?」
「フィンレイ、彼と比べてはいけないよ」
ヒューイに悪気はない。ただ事実を述べているだけである。そもそも、元素の一族と一般人を比べることが間違っているのだ。
とはいえ、風の一族が特に移動速度に特化しているだけで、その他の部分に関して言えばヒューイよりもジェイルが勝っている部分だって当然ある。
むしろそういう部分があるからこそ、元素の一族が世界を支配することが出来ないと言えよう。根本的に、そういった思想がないのも彼らの特徴ではあるのだが。
「セオフィラス、俺だ」
ふいに部屋のドアがノックされ、焦ったような声がかけられた。
「どうやら戻ってきたみたいだね。入って、ジェイル」
セオフィラスが声をかけると、すぐにフィンレイがドアのカギを開ける。と同時になだれ込むようにジェイルが室内に入ってきた。
汗をかき、余裕をなくしたかのように息を荒らげるジェイルは珍しい。普段、訓練や試合でもここまで冷静さを欠く姿は見られないのだ。
ジェイルは室内にいるレセリカとヒューイを目に留めると、ようやく安心したように大きく息を吐いた。
「信じてはいたけど……良かったぁ! レセリカ様がご無事でぇっ!!」
それから天を仰ぎながら叫んだ。驚いたレセリカが思わず肩を震わせてしまったのは仕方あるまい。
同時に、そこまで心配させてしまったことに罪悪感を抱く。
「ご、ごめんなさい、ジェイル。心配をさせてしまいました」
「いや、俺の実力不足のせいです。まったく頼りにならず、申し訳ありませんでした」
すぐに謝罪するレセリカだったが、ジェイルはすぐに手を前に突き出し、謝罪を受け取ろうとはしなかった。
それどころか、全面的に己が悪いと深々と頭を下げたのである。
続けてジェイルは、今度はセオフィラスの前に歩み寄って片膝をつき、頭を下げた。
「殿下。今回、俺は本当に役立たずでした。全く敵う気がしなかった……もしそこの彼がいなかったら、レセリカ様をお守り出来たか怪しいです。いかなる処罰もお受けします」
自身に与えられた任務をこなすことが出来なかった、そう真摯に告げるジェイルを見て、レセリカは胸を痛めた。
とはいえ、ここで自分が口を出すのは間違っているということもわかる。相手がどれほどの強者であっても、それは何の言い訳にもならないのだ。
ジェイルはすでに学園を卒業した、一人の騎士なのだから。
「ジェイル、確かに君は今回、うまく動けなかったのだろうね。でも結果としてレセリカは無事だった。それがなぜだかわかるかい?」
「……レセリカ様の護衛がお二人、ついていたからです」
「そうだね。わかっているじゃない」
セオフィラスはそう言うと、ジェイルに顔を上げるように告げた。そのまま真っ直ぐ彼を見つめたまま、セオフィラスは穏やかな声のまま言葉を続ける。
「ジェイル、君は護衛の一人にすぎない。自分一人でどうにかしようとするなんて、驕りじゃないかな」
ハッとなったジェイルに対し、セオフィラスは口元に笑みを浮かべる。
だがその目は笑っておらず、ジェイルを見極めるかのように真っ直ぐなままだ。
「その場にいる全員で、結果として任務が達成されるならそれでいいんだ。ねぇ、ジェイル。君に足りていないものが何か、わかったよね?」
「っ、はい!」
セオフィラスから漂う上に立つ者のオーラが、この場に緊張感をもたらしている。彼の素質は天性のものであるが、彼もそうあろうと常に努力し続けているのがわかった。
(この人を、絶対に守らなきゃ)
若くしてこの空気を作り上げるセオフィラスは、唯一無二の存在だ。
レセリカはそれを改めて思い知るとともに、胸の前でギュッと両手を握りしめていた。




