腐れ縁と執着
レセリカたちが無事にこの場を離れたことを確認したダリアは、目の前の男クライブに集中する。
同郷であり、あまり言いたくはないが婚約者でもあった男だ。ここは自分が引き受けるべきだと咄嗟に判断した。
クライブもクライブで、レセリカたちを深追いする気はなさそうだったし、ただの暇つぶしに大事な主人を付き合わせるわけにはいかないのだ。
まったくもって厄介な男だ。昔から人の反応を楽しむためだけにこうしてちょっかいをかけるのだから。
油断ならないのは、からかうだけのつもりだったはずなのに、興が乗ると相手をいたぶって殺してしまうところ。
これがあるから早急にレセリカたちを逃がす必要があったのである。
「なぜレセリカ様の前に姿を現したのですか」
「ただの冗談だろぉ? 別にお前のお姫サマを殺す気はねェよ。泣き喚いてくれてたら、興が乗ったんだけどナァ」
クライブの言葉にビキリと青筋が立つ。からかわれているだけということはわかっているのだが、レセリカのこととなると我慢ならない。
「珍しいじゃねぇか。この程度の挑発に乗るなんてよぉ。妬けるぜ」
ケラケラ笑いながら、余裕の態度を崩さないのがさらに腹立たしい。ダリアはどこまでも冷たい視線をクライブに送り続けた。
「殺す気がないくせに、なぜ近付くのです。私を怒らせるためですか」
「んー、それもあるが……個人的に、あのお姫サマが目障りだか、おっと」
「殺します」
最後まで言い切る前にダリアはナイフを投げつける。目にもとまらぬ速さだ。
以前、ヒューイに向けて使った時よりも一段階ほど速くなっている。普通であればこのナイフからは逃れられないだろう。
しかし、相手は現役で仕事をこなす火の一族。そのナイフは彼に掠ることさえなかった。それどころか、面倒くさそうに大きなため息を吐いている。
「だから、俺は殺さねぇって言ってんだろうが。お前、やっぱ変わったわ。面倒くせぇ女になってやがんなァ」
しまいには、ダリアが投げたナイフを全て指で挟むように受け止めてしまった。
「しかも、弱くなってる。こんなもんじゃなかっただろ、お前。昔はもっと楽しかったんだがナァ……」
そう呟く横顔が、柄にもなく寂しそうに見えたダリアはピクリと肩を揺らす。今の言葉だけは、本心だとわかるからだ。
(こういう時、腐れ縁を感じて嫌になりますね)
どうしても、幼い頃の思い出が脳裏に過ってしまう。まだ一族の闇を当たり前のように受け入れていた幼少期、二人で楽しく修行に明け暮れた時期は確かにあったのだから。
「そんなんじゃ、お姫サマが死ぬぜぇ?」
「っ!?」
しかし、クライブの一言によって一気に現実に引き戻される。あまりにも聞き捨てならないセリフに、再びダリアは殺気立った。
「……誰がレセリカ様を狙っているのですか」
さすがに、ある程度は冷静さを取り戻したようだ。ダリアはすでにクライブがレセリカを狙うことはないと確信している。
それならなぜ、あんなことを言ったのか。
決まっている。他の誰かがレセリカを狙っていることを、この男は知っているからだ。
ようやく満足な反応を得られたからか、クライブはニヤリと笑いながら腕を組んだ。そのまま先ほど受け止めたダリアのナイフを、ジャグリングのように投げながら急に話を変えてくる。
「フツーの人間がよぉ、人を殺す理由はなにか知ってるかぁ?」
すぐに答えを言わないクライブに苛立ちながらも、ダリアはグッと我慢した。
クライブは昔からわざわざ遠回しな話し方をする男だからだ。そしていつも、はっきりとした答えを言わない。
だがダリアが逆の立場だったなら、なんの情報も洩らさないだろう。何の得にもならないのに、わざわざ相手に有利な情報を与えるわけがないのだ。
つまり、こうしてヒントを与えてくれるだけクライブの方がマシなのである。
ここでこの気まぐれ野郎の機嫌を損ねるわけにはいかない。ダリアは真面目に答えてやることにした。
「憎しみ、恨み、愛憎……色々あるのでは?」
とはいえ、彼の質問の答えは複数あるように思える。殺人の動機など、それこそ人によって違うのだから。
中には、ただ殺人を楽しむような火の一族に近い思考を持つ者だっているだろう。一概に答えなどないように思えた。
しかしクライブはダリアの答えを聞いて鼻で笑うと、さらにニヤリと嫌な笑みを深めて断言した。
「違う。執着だ」
曰く、恨みへの執着。憎しみへの執着。復讐への執着。欲求への執着。
殺害動機の全てが、執着によるものだとクライブは言う。
「自分の中にある『執着』が、殺意を育てるのさ」
「わかるようで、よくわかりませんね」
ダリアも含めた火の一族にとって、殺しは仕事だ。そこになんの感情もない。
だが、任務を達成させるという「執着」がそこにあると言えなくもなかった。だからこそ、ダリアの答えも「わかるようでわからない」という曖昧なものになってしまう。
クライブはそんなダリアを一瞥すると、遊んでいたナイフをダリアに向けて投げていく。攻撃の意思はない。ただの返却だ。
「まぁ、持論だからな。理解してもらおうなんざ思ってねぇさ」
ダリアは無表情のままナイフを全て受け取りつつ、クライブから視線を逸らさなかった。
彼がもたらしたヒントについて、思考を巡らせているのだ。
「俺ァ、お人好しじゃねぇんだ。あとは自分でどうにかするんだな」
ダリアに言わせてみれば、こうして助言する時点でこの男にとってはかなりお人好しだ。きっと、クライブの目的は最初からこれだったのである。
ただ、レセリカを怖がらせるような登場の仕方はいただけないのだが。
「アクエルですか」
「さぁな? ま、俺はもうアイツのことも、どうでもいい」
くるっと踵を返し、クライブはダリアに背を向けながら歩き始める。無防備に見えても、攻撃は一切通らないだろう。実に腹立たしい。
この男の隙のなさが、ではない。
もう力などほとんどない、弱い自分が憎いのだ。
「守りたきゃ、必死になりな」
「うるさい」
ダリアの心境を知ってか知らずか、最も言われたくない捨て台詞を吐くクライブに、ほんの少しでも感謝をしてやろうかと思っていたダリアの決意は塵となって消えるのであった。




