親友の妹と難題
キャロルの妹、シャルロットと会う機会は、思いの外すぐに訪れた。
「あ、あの! レセリカ様、ですよね? 突然すみません、あの」
どうやら、シャルロットの方がレセリカを常に探していたようである。
一般科が授業を受ける建物は離れた位置にあるため、そもそも他の科の生徒や三年生までの生徒とすれ違う機会は少ない。ただ今回はたまたま授業で大きな図書室を利用したのだ。
そこをすれ違いざまに慌てて声をかけてきたのが、シャルロットであった。
「ネッター商会のシャルロットね? キャロルの妹の。目元が似ているからすぐにわかったわ」
「は、はい! そうです。ごめんなさい、不躾に話しかけてしまって……貴族のマナーとしては良くなかったですよね」
どことなく明るい話口調もキャロルに似ている気がする、というのが第一印象だ。
ただシャルロットはキャロルよりもややふくよかで、人の好さが滲み出ている。誰もが彼女に好印象を抱くだろう雰囲気を纏っていた。商人としてはこれ以上ないほどの武器といえよう。
「ここは学園だもの。細かいことは気にしなくても大丈夫よ」
「そうですか? えへへ、良かった。でも実は、姉から聞いていたので心配はしていませんでした! レセリカ様はとてもお優しい方だと」
加えて人懐っこく、甘え上手なところもあるようだ。シャルロットはにこやかにそう告げた後、少し真面目な顔で改まってレセリカに向き直る。
「ずっと、お礼が言いたいと思っていたのです」
「お礼?」
一体、何についてのお礼だろうか。レセリカはわずかに首を傾げた。そんな姿を見て、シャルロットはニコリと微笑む。
「はい。あの、今はあまり時間がないですよね。どこかで少しだけお時間いただけませんか? 本当に、少しで構わないので!」
お礼の意味はわからないが、シャルロットとは話してみたいと思っていたところだ。少しだけ考えたレセリカは、二日後の放課後にどうかと提案した。みんなでお茶をと誘ったのだ。
「あ、あの。その、申し訳ないのですが……姉はいない場所でお願い出来ますか? 聞かれてまずいわけではないのですけど、ちょっと照れ臭いと言いますか」
しかしどうやら、シャルロットは個人的に話をしたい様子だ。姉がいると照れ臭い、という感覚はレセリカにはあまりわからなかったが、そういうものなのかもしれない。
それに、周りが上級生ばかりだとシャルロットが緊張してしまうだろうという配慮が欠けていたことに気付く。
「わかったわ。場所はどうしようかしら。私の寮室へ……」
「い、いえいえっ、そんなっ! 本当に少しお話するだけですから! えーっと、食堂はどうですか? 放課後ならそこまで混んでいませんし!」
せっかくなら二人でのお茶もいいかと思ったのだが、あまりにも恐縮した様子のシャルロットを見てレセリカも快く了承した。
緊張して話したいことも話せない、という状況になっては本末転倒なのだから。
レセリカがすぐに頷いてくれたのを確認し、シャルロットはホッとしたように頬を緩めた。
出会ったばかりの頃のポーラの反応を思い出し、レセリカは少し懐かしく思う。今はだいぶ慣れてくれたが、あの頃はレセリカの寮室の入り口で何度も深呼吸を繰り返していたものだ。
「では! 足を止めてしまって申し訳ありませんでした! 二日後、楽しみにしていますね!」
シャルロットは去り際も明るい笑顔だ。あのように接客をされたら、うっかり予定になかった物まで買ってしまいそうである。
キャロルの言うように、彼女がネッター商会を継ぐことに不安は感じなかった。
(キャロルが継いだとしても、不安は感じないけれど)
それでも、キャロルは自分より妹が相応しいと言う。出会った頃は、確かに後を継ぐための勉強をしていたというのに。
なにか、キャロルが考えを変えるキッカケがあったのだろうか?
(私と出会って侍女になると決めた、と言ってくれてはいたけれど)
昔から妹の方が相応しいと感じていた、と以前キャロルは語っていた。そう思うキッカケはなんだったのだろうか、とレセリカは思うのだ。
姉妹仲は良好だ。お互い、そして恐らく両親も承知の上なのだろう。とても平和に跡継ぎ問題が解決したというのもわかる。蟠りなどないことも。
(私が知る必要のないことではあるわ。わざわざ首を突っ込む問題ではないし)
それでも知りたいと思ってしまうのは、大切な友達のことだからかもしれない。そう思えることに関しては、レセリカ自身とても嬉しいと感じる。
だが、それを聞いてもいいのかの判断は難しい。きっと教えてはくれるだろうが、キャロルにはそのことで少しも嫌な思いをしてほしくはなかった。
(どれだけ親しくなっても、プライベートなことに踏み込むというのは難しいわね)
真面目で他人に気を遣いすぎるレセリカには、相変わらずの難題だ。ただ、こうして悩む時間も悪くはないと、レセリカは思うのだった。




