嫉妬と信頼
ラティーシャがこの週末に実家へ戻るという話を聞いたのは、昨晩のことだった。
あれ以降、彼女と接することはなかったため、レセリカは心配で仕方ない。
翌日にはセオフィラスとともに、王妃ドロシアと話をしに行くというのに、夜はなかなか寝付けないほどに。
「レセリカ、大丈夫?」
「えっ?」
案の定、移動中の馬車の中ではボーっとしてしまうことが多かった。それに気付かないセオフィラスではない。
心配そうに顔を覗き込むセオフィラスに、レセリカは慌てて背筋を伸ばした。どうやら自分で思っていた以上に気を抜いていたらしい。
「顔色が悪いみたいだ。具合が悪いなら今日は……」
「いいえ、大丈夫です。ただ、少しだけ寝不足なだけですから」
せっかく予定を合わせてくれたのだ。とても失礼なことをしてしまった、とレセリカは反省した。
落ち込んだ様子のレセリカに、セオフィラスは彼女を安心させるべくふわりと笑う。
「原因はやっぱり、リファレットのこと?」
声からこちらを気遣う気持ちが伝わってきたレセリカは、そっと彼を見上げた。セオフィラスはどこまでも優しい目でこちらを見ており、それだけでほっと肩の力が抜ける。
「そう、ですね。彼のことも、もちろん心配ですが……ラティーシャが酷く落ち込んでいて。ろくに励ましてあげられなかったことが、悔しいのです」
悲しそうに目を伏せるレセリカに、セオフィラスも困ったように眉尻を下げた。
人のために心を傷められるというのは、とても大事なことだ。無表情で心のない冷徹令嬢と言われていた時の面影は、そこにはなかった。
「そうだね、彼女もようやく前を向いてくれたのに」
同意を示す様に告げたセオフィラスであったが、その後すぐに申し訳なさそうに告げる。
「でも、ごめん。私は少し酷い男みたいだ」
「えっ、それは、どういう……」
意表を突かれたレセリカは思わず顔を上げた。しかし思っていた以上にセオフィラスの顔が近くにあり、目を丸くしてしまう。
一方で、セオフィラスはそこまで気にしていない様子だ。
それはそうだろう。わざと近付いていたのだから。
「レセリカが気にしていたのが、フロックハート伯爵令嬢のことでよかったって思って。もしリファレットのことで気を病んでいるのだったら、嫉妬しているところだった」
その言葉の意味をすぐには理解出来なかったレセリカだが、数秒後には顔を真っ赤に染めてしまう。そんなレセリカの様子を見て、セオフィラスは満足げにクスクス笑った。
「り、リファレットは、護衛としてとても頑張ってくれていて、それで……!」
「もちろんわかっているよ。彼には感謝しているくらい。でも、それとこれとは別なんだよ、レセリカ」
セオフィラスはレセリカの手をそっと取る。おかげでわずかに肩を揺らしたレセリカは、もはや言葉も紡げないほどいっぱいいっぱいになっていた。
「レセリカには、他の男のことで悩んでほしくないっていう……ただの私のワガママだから」
「せ、セオ……」
まだ十三歳の出していい色気ではない。いや、むしろ少年から青年へと移り変わる微妙な年頃だからこそ醸し出せたと言える。
そんな甘い雰囲気を、一歳年下のレセリカが軽く受け止められるわけがない。顔だけでなく全身が熱くなったような気がして、レセリカはただ唇を震わせて硬直することしか出来なかった。
「ふふっ、良かった。顔色、少し良くなったみたいだね」
セオフィラスはクスッと笑いながら身体を離すと、冗談めかしてそんなことを言った。
さすがにこれ以上レセリカをからかうようなことはしない。しようと思えば出来るが、大事なレセリカに嫌われたくはないのである。
セオフィラスが悪戯っぽく笑ったことで、ようやくレセリカも落ち着きを取り戻す。落ち込んでいる自分を励ましてくれたのだと気付いたからだ。
とはいえ、さすがにここまでからかわれては素直にお礼も言いにくい。レセリカはまだ赤いままの顔を俯かせ、目だけでセオフィラスを睨みながらポツリと告げた。
「セオは少し、意地悪です……」
「っ、ああ、参ったな……その顔は反則だ。ごめんね、レセリカ。もうしないよ」
「わ、わかってくだされば、いいのです」
突き放すことまでは出来ない優しいレセリカに、セオフィラスが返り討ちにあったのは言うまでもない。
(でも、おかげで少し冷静になれた気がするわ。とても恥ずかしかったけれど)
そもそも、友人という存在に慣れていないレセリカは、初めてその友人が酷く落ち込んでいるところを見たことで動揺していたのだ。
ここで一人、慌てたところで意味はない。冷静にならなければ出来るものも出来なくなってしまうではないか。
「レセリカ。今日は王宮に部屋を用意するから、そこで早めに休むようにして? 外泊届はこちらで手配するから」
本当は日が暮れたとしても寮に戻るつもりでいたが、それだと寝不足のレセリカはさらに疲れを溜めてしまうことになる。それを憂慮しての提案なのだろう。
以前までのレセリカなら間違いなく断っていただろう。そんな迷惑をかけられない、と。だが今は。
「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「うん。そうして」
心から安心したように微笑むセオフィラスを見て、レセリカは選択が正しかったとホッと胸を撫でおろした。
素直に頼ることが、最も迷惑をかけずに済むこともある。二度目の人生ではそれを学んでいるのだから。




