同族と禁忌
レセリカたちが入室したのを見送り、ダリアはヒューイも室内に侵入したのを感じ取る。
そして扉が閉められた瞬間、すぐさまその場から飛び退いた。
だが、感じていた気配の持ち主にガシッと腕を摑まれる。やはり今の実力差では逃げ切ることが出来ないようだと、ダリアは諦めたようにため息を吐いた。
「ダリアだろ……? やっぱり、ダリアじゃねー……むぐっ」
「大声を出さないでください。場所を移動しますよ。どうせ離してはくれないのでしょう?」
腕を摑んで声を上げた人物の口を塞ぎ、ダリアはそのまま天井の梁へ跳んだ。その人物もまた合わせて跳躍し、一緒に梁に着地する。
「おい。お前それぇ……どうしたんだよ、あぁ?」
「何のことですか」
今度は声量を落として告げられた脅しのような言葉にも、ダリアはどこ吹く風だ。どこまでも冷ややかな目で相手を睨んでいる。
「他のヤツらは誤魔化せても、同じ火の一族の目は誤魔化せねぇ。お前の髪はァ、俺と同じで真っ赤だったはずだ」
「……それよりも、なぜ教会なんて似合わない場所にいるんですか、クライブ」
ダリアに絡んできた人物、クライブ・レッドグレーブは眉間に思い切りシワを寄せてダリアを睨み返した。話を逸らされて苛ついたのだろう。
「そんなことって……いや、ちょおっと待てよぉ?」
頭が決して悪いわけではないクライブは、今の状況を鑑みて推測を試みたようだ。
急に教会へと現れた公爵令嬢と取り巻き二人。その三人組とともにいる元同じ一族の有能な女。
「お前、公爵令嬢に仕えてるナァ?」
「っ!」
「まぁ、待て。別に誰かに告げ口なんてしやしねぇよぉ」
どうやら図星だったと察し、クライブは嫌な笑みを浮かべた。一方、ダリアは視線だけで射殺しそうな勢いだ。
そんな彼女の様子さえ楽しむように、クライブはニヤニヤ笑いながら提案を口にする。
「ただ、一つ教えてくれよ。元婚約者のよしみで、ナァ?」
「……脅しているつもりですか」
クライブがなぜ教会に来ていたのかの推測が一切出来ないため、ダリアにとっては不利な状況だ。
どう取り繕っても今更無駄だ。自分とベッドフォード家に繋がりがあると確信されてしまったのだから。
ならばあとはいかにクライブの口を塞ぐかだ。この男は意地が悪いが、約束は意外と律儀に守る。
どんな交換条件を出されるかが憂鬱で仕方ないダリアであったが、背に腹は代えられない。
「そんな酷ェことはしねぇさ。俺ぁ優しいんだ。ただ、うっかり滑らす口が堅くはなるかもナァ……?」
案の定、クライブは流し目でダリアを見ながら暗に条件次第だと言ってくる。
幼い頃からの付き合いなだけあって、予想通りの行動をしてくれるものだ。もちろん、一切喜ばしくはない。
「何が知りたいんですか」
とはいえ、今はここで話を聞く以外に道はない。逃げ出したところで勝手に探りを入れられたり、雇い主や他の仲間に話を洩らされる方が厄介なのだから。
どのみち、力をほとんど失っているダリアは、どう足掻いても逃げ切ることは出来ないのだが。
「……お前、誰を殺したァ?」
やはり、この男は全てを察している。
いや、その質問の答えさえ推測出来ているのだろうとダリアは考えた。
「予想通りですよ」
端的にそう答えると、クライブは一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、すぐに笑みを深めていく。そして喜びで叫び出さんばかりの勢いで口を開いた。
「おいおい、マジかよォ。まさかお前が禁忌を犯すなんてナァ!? くくっ、こいつは傑作だぜ! なるほどナァ……風のモンは恐らく前に会ったヤツだな。そう何人も風のモンと出会えるわけもねぇだろうし。今世ではもう会えたか? んん?」
どうやら、まだダリアとヒューイの関係性にまでは気付いていないようだ。それなら好都合とばかりにダリアは軽く肩をすくめるだけで答えた。
「水は……もしかしてシィのヤツか? あいつも最近、貴族の周りをウロチョロしてるからナァ。一番気になるのは地のヤツだ。まさか、王様でも殺ったか?」
「まさか」
即座に否定をしたダリアに、クライブは少々つまらなそうに口を尖らせる。だが、否定したのは王様という部分ではない。
「私が手を下す前に、死んでいましたから」
「王族が、か? ふぅん……つまり、今世でも暗殺される可能性有り、ってことだナァ……?」
「王族のいざこざについては興味ありませんね」
「シシッ、違ェねぇ」
基本的に、ダリアは嘘を吐かない。どうせバレるからだ。それはクライブも同じだ。幼い頃からの付き合いは伊達ではないのである。
「風のヤツと、水のヤツは殺したんだな? じゃあ火は……俺か? いや、違うナァ」
クライブはダリアが何も言わずとも勝手にベラベラと推測を述べていく。
「お前だナァ? お前は、最後に自分自身を殺した。そうして元素の一族四人分の血で、時間を巻き戻したんだろォ」
「……」
「本当に禁忌を犯すヤツがいるとはナァ。シシッ、なるほど。時間が巻き戻るのも、力をほとんど失うってぇのも、事実だったってぇことかァ」
面白ぇ、と上機嫌で笑うクライブを、ダリアはただ無感情で眺めていた。




