宣言とからかい
楽しかったお茶会を終え、それぞれが自室へと戻っていく。
レセリカはラティーシャにこっそりと耳打ちされたため、部屋を出るのを最後まで待っていた。きっと二人だけで何か話があるのだろう。
みんなが部屋を出たところでラティーシャの方に視線を向けると、彼女はどこか気まずげに話を切り出した。
「レセリカ様には、ちゃんとお話ししておかなければと思っておりましたの」
口調から察するに、あまり人には聞かれたくないことのようだ。レセリカは促されるままもう一度椅子に座り直して、ラティーシャの話を聞き始めた。
「私が、リファレット様と婚約をしたことについてですわ」
静かな室内は、先ほどまで賑やかだった分どこか寂しさを感じる。その中で、静かに語り始めたその声だけが小さく響いた。
リファレットとの婚約。その話はいつか彼女の口から聞きたいと思っていたことだ。
レセリカは喜ぶ気持ちを抑えながら、黙って続きを待った。
「セオフィラス殿下を諦めないと啖呵を切っておいて、あっさり婚約をしてしまったというのに……貴女ったら詳しく聞いてこないんですもの」
「言いたくないのなら、無理に聞きたいとは思わなかったから」
どこか拗ねたように言うラティーシャに、レセリカは困ったように答える。
やはり自分から聞いた方が良かったのだろうか。こういう繊細な話は、未だにどう対応するのが正解なのかがわからない。
キャロルの悩みを聞き出すのも、自分から切り出した方が良いのかと考えてしまう。
聞かれるのを待っている可能性もあるが、変に聞いて傷付けるのが怖いレセリカは、やはりどうしても躊躇ってしまうのだ。
とにかく、今はラティーシャの話だ。レセリカは素直に自分から聞かなかった理由を伝えることにした。
「待っていたの。貴女から話してくれるのを。それを、今日は聞かせてくれるのよね?」
「んもう、ずるいですわね。ええ、その通りですわ。……待っていてくださったこと、一応感謝しますわ」
レセリカの言葉を聞いて一瞬だけ口籠ったラティーシャは、すぐに頬を赤くして腕を組み、最後に小声でお礼を告げた。
どうやら、彼女に関しては待っているのが正解だったようだ。レセリカはホッと内心で安堵のため息を吐く。
ラティーシャは小さくコホンと咳をすると、改まって真面目な顔を浮かべながら話し始めてくれた。
「本当は、以前から話は出ていましたの。でも、殿下を諦めたくないから婚約は内密にって条件を出したのですわ。万が一、殿下に振り向いてもらえたら……その時は婚約破棄をするつもりでしたの」
実のところ、レセリカは全てを知っているのだが黙って話を聞き続けている。彼女自身から語られるということが何より大事だからだ。
しかし、続けられた内容には思わず口を挟んでしまう。
「シィ先生に背を押されなければ、私は今も意地を張っていたと思いますわ」
「……シィ、先生に……?」
ドクンと心臓が音を立てた。思ってもみないところで出てきた思わぬ名前。
しかし、レセリカはすぐに思い出す。ラティーシャとは去年同じクラスだったのだ。担任であったシィと接点があるのはおかしいことではない。
それに、その話をされたであろう時に、レセリカは心当たりがあった。
「面談の時に、少し。言われた内容については腹立たしいと思っていましたけれど……たぶん、事実だからこそ苛立ったんだと思いますわ」
「そうだったの……」
やはりシィは、ラティーシャに何かを伝えていた。面談の時、時間をオーバーしていたことから何か言われていたのではないかと気にはなっていたのだ。
しかし個人的なことだとラティーシャに言われていたため、レセリカはヒューイにも詳しい話を聞いていなかった。
ヒューイもまた、特に話さなくても問題はないと判断したのだろう。話の内容がラティーシャの背中を押してくれたというものなら、レセリカとしても問題はないと思っている。
(でも、シィ先生の名前が出ると妙に胸騒ぎがするわ……)
ラティーシャが嘘を吐く必要はない。そのため、話の内容も事実だろうが、念のため後でヒューイに内容の確認をしてもらおうとレセリカは脳内にメモをした。
「ですから、今日はハッキリとお伝えしておきますわ。私、殿下のことは諦めます。というより、以前のように何が何でも振り向いてもらいたいという気持ちが……今はもう、ないのですわ」
ラティーシャはレセリカと目を合わせようとはしなかったが、宣言通りハッキリと自分の意思を教えてくれた。
そのことが何より嬉しく、同時にホッとしている自分に気付く。
なぜ安心したのか、それがレセリカにはよくわからないのだが。
「ラティーシャ自身にも、心境の変化があったということかしら」
「……ええ、そうですわね」
「それは、リファレットを好ましいと思うようになった、ということ?」
「ちっ、違いま……うぅ、全く違うというわけでもありませんけれど。苦手意識が少しだけ、そう、すこーしだけなくなったというだけですっ! 私の好みとはかけ離れていますもの。好ましいとはまだ思えませんわ!」
本人は否定しているが、その反応が全てを物語っているようだった。
いくら鈍いレセリカでもさすがにこのような反応をされれば察せるというものである。
レセリカはクスッ笑い、嬉しそうに口を開く。
「まだ、なのね」
「あっ、揚げ足を取らないでくださいませっ!」
つまり、少しずつ歩み寄っているということだ。出来ればラティーシャには好きな人と幸せになってもらいたいと思っているため、これは嬉しい兆候である。
セオフィラスを諦めると聞いた時は複雑な気持ちだったが、どうやら前向きに現状を受け入れているようでレセリカは心底安心した。
レセリカがあまりにも優しい目をしているので、居た堪れなくなったラティーシャはふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。どうやら少し反撃をするつもりのようである。
「諦めた一番の理由は、私では決して間に割って入ることが出来ないと思ったからですわ」
「え?」
ラティーシャは少し意地悪に微笑む。レセリカはきょとんと目を丸くした。
「レセリカ様とセオフィラス殿下がラブラブだということです!」
「らっ……!?」
「自覚がおありでないのね。まぁいいわ。けれどきっと……」
レセリカの顔がみるみる内に赤くなっていく。まさか、そんな風に思われていたとは。
いや、それに近いからかいの言葉を告げられたことは何度もあるが、ここまで面と向かってハッキリ言われたことで急に恥ずかしくなったのだ。
「お二人を見ていたら、フレデリック殿下もいずれ気付きますわよ。割って入ることがいかにくだらないことか。馬鹿を見るのはこちらですもの」
肩をすくめて呆れたように告げるラティーシャは、本当に吹っ切れたように見える。
本当は心から二人の幸せを望んでいるのだが、さすがにそこまで素直にはなれないようだ。
「セオ様を裏切るつもりがないのは確かですけれど、その。ら、ラブラブというのは、ちょっと……」
もじもじとしながら真っ赤になって俯くレセリカを見て、ラティーシャは、愛称で呼び合っているくせに何を、という言葉が喉まで出かかる。
それを、大きなため息を吐くことでなんとか耐えるのであった。




