好みとギャップ
レセリカがなんとも言えない気持ちになっている間も、少女たちの恋愛話は続く。
「皆さんは、どういった方が好みなのですか? その、決められた婚約者がいらっしゃるのであれば、不謹慎な質問になってしまうかもしれないんですけど……」
ポーラがおずおずと投げた質問に、アリシアが真っ先に答えた。
「あら。好みのタイプを聞かれたくらいで機嫌を損ねたりしませんわ。そんなに気を遣わないでちょうだい、ポーラ。貴女も話してくれたんだもの。こちらが言わないってことはないわ」
「そうね。大体、好みのタイプと実際に好きになる方、そして結婚相手のタイプが違うのはよくあることだもの。仲の良い友達で行うお茶会での会話くらい、自由に話しましょ」
続けてケイティも同意を示したことで、ようやくポーラがホッと安心したように息を吐く。どうやら質問をするのにかなりの勇気を振り絞ったようだ。
貴族令嬢の中にただ一人、一般家庭で生まれ育ったポーラは今も時々なぜ自分がこの中にいるのかと不思議に思うことがあるという。
それでも、誰もそのことを理由に態度を変えることはない。
そのおかげでだいぶ慣れてきたとはいえ、いつまでも身分差があるということは忘れずにいようとポーラは心がけている。そんな彼女をみんなが好ましく思わないわけがないのである。
ポーラが投げかけた質問には、まずアリシアが頬に手を当てて答えた。
「私は聞き上手な方がいいと思っていますの。容姿に関してはそこまで好みはないですね……。標準体型から逸脱はしていないと嬉しいですけれど」
「意外と普通よね、アリシアの理想って。私はやっぱり財力かしら。ちっとも夢がないなんて言われますけれど、ある意味では一番夢があるって私は思ってます」
「ケイティは昔からそう言っているものね。本当に財力だけでいいの? 容姿は? どうしても受け付けない相手でしたらどうするの?」
「よっぽど不潔だとかでない限りは、問題ないわ」
アリシアとケイティの二人は幼い頃からの仲ゆえか、遠慮のない話しぶりだ。この手の話題も何度かしているのだろう。また、貴族令嬢という立場から少々夢のない話になっている。
特にケイティは、もはや恋というものに興味がなさそうな様子だ。それよりも、将来安心して過ごせることを重要視しているのだろう。
そんな中、最も夢見がちな乙女であるラティーシャがつまらなそうに頬を膨らませて話題に入って来た。
「私、ケイティは好きで好きで仕方ないお相手が出来たら豹変しそうだと思っておりますわ。貴女は人を好きになるということを知らないだけなのですわよ」
「ラティーシャ様はいつもそう言いますよね。はぁ、私、本当に自分が誰かに恋をするだなんて想像も出来ないのですけれど」
「でっ、でも! 確かに恋は人を変えると言いますし、あり得ない話ではないと思いますよ、ケイティ様っ」
恋は人を変える。ポーラの言ったその言葉に、レセリカは少しだけ興味がわいた。そして、自分もいつか変わってしまう日が来るのだろうかと考えてみる。
(……想像も出来ないわ)
結局、ケイティと同じ感想を抱くレセリカである。
「私もそうですが、キャロルだって恋には興味がなさそうですよね。さっきから話題に入ってきませんし」
「え、私ですか?」
ケイティの言葉に、みんながキャロルに注目した。確かにこれまでずっと黙っていたし、思えば毎回似たような話題になると彼女は決まって同じように静かになっていた。
キャロルにとっては楽しめない話題だっただろうか、とレセリカは心配になるが、意外にも彼女はしっかり話題に沿って話し始めてくれた。
「興味はそんなにありませんが……好みくらいはありますよ。例えばそうですね、私はギャップがいいなって思います」
「ギャップ……?」
キャロルの返答にみんなが顔を見合わせて首を傾げている。よくわかっていない様子の彼女たちに、キャロルは人差し指を立てて説明を始めた。
「例えば、レセリカ様は普段あまり表情が変わりませんよね? そんな方が時々見せる笑顔に、みなさんグッときません?」
「き、きます……!」
「なるほど……!」
思いがけず自分の話題になったレセリカはつい慌ててしまう。自分にはよくわからないが、アリシアもケイティも、ポーラまでもが首を何度も縦に振っている。キャロルは満足そうだ。
「そういうのがギャップです。他にも、普段は温厚な方が真剣に怒った顔とか、すごく真面目な方がとても細やかな気遣いをする人だったりとか」
「キャロル、天才ですの……!?」
次々に例を挙げていくキャロルに、ついにはラティーシャも感動して目を輝かせている。どうやら深い感銘を受けたらしい。
レセリカも、例えを聞いた今ならその気持ちがわかる気がした。
普段にこやかなセオフィラスが、フレデリックから守ろうと盾になってくれた時は……真剣な横顔が凛々しくて素敵だと感じたのを思い出したのだ。そのせいで、ほんのりと頬が熱くなっている。
「わかっていただけて嬉しいです。ちなみに私は、普段幸せそうにしている方が悲しいお顔を浮かべているのを見てみたいって思いますね」
しかし、続けられたキャロルの好みには全員が一瞬で黙り込んでしまった。あまりにも予想外であり、それはないとみんなが思ったからだ。
二秒ほどの沈黙の後、ケイティが戸惑ったように口を開く。
「ま、待って、キャロル。それはわからないわ。好きな方に不幸になってほしいというの?」
「え? あっ、違いますよ! さすがにそんなことは思ってません!」
ここでようやくみんなが困惑していることに気付いたのだろう、キャロルが慌てて両手を振った。
「好きな方の顔は全部見たいって思うだけで……。悲しむ顔なんて、普通に生活していたらあまり見られないものじゃないですか。あとは、そんな顔をしていたら助けてあげたいって思うので……」
キャロルは必死になって説明を続けるが、それでも悲しむ顔を見たいと言ったキャロルの言葉が衝撃的すぎて誰も共感が出来ないでいる。
当の本人はどうしても理解されないらしいと少し悲しそうだ。
そんな彼女を見ていられなくて、レセリカは少しだけ想像力を働かせてみることにした。
(悲しむ顔を見て、助けてあげたいって思ったのよね、キャロルは……)
例えば、好ましいと思う相手が困っていたら? 調子が悪そうにしていたら? レセリカはそう考えてみることにした。
「……お辛そうな時は、お支えしなければ、とは思うわね」
「そっ、そうなんです! それですよ、レセリカ様! 私は、好きな人に必要とされたいだけなんですぅ!」
レセリカのフォローは大正解だったようだ。キャロルが食い気味に拳を握りしめて力説している。
それを聞いてようやくみんなも納得したように頷いた。
「ああ、そういうことですの? それならわかる気がしますわ。好きな方の特別になりたいということですものね」
ラティーシャは何度も頷きながら理解を示してくれた。相手に必要とされたい、その気持ちはレセリカにもよくわかる。
けれど、キャロルは少し眉尻を下げて首を横に振る。どうやら、それとは少し違うようだ。
「私は、好きになった相手の特別にはなれなくてもいいんです。たとえ結ばれることがなくても、その方の心に少しでも残れる存在になれたなら……これ以上嬉しいことはないって思います」
胸に手を当ててしんみりと告げたキャロルに、何か訳ありなのだろうかと思ってしまう。もしくは、現在進行形で実らないであろう恋をしているのだろうか、と。
友人として相談に乗りたいと思ったが、深入りしていいのかどうかレセリカにはわからない。
「あら。キャロルったら意外と奥ゆかしいのね」
「意外とは失礼ですよっ、アリシア様!」
「ふふっ、ごめんなさいね?」
笑い声が増え、楽しい雰囲気が再びやってくる。
その中でレセリカは、いつかキャロルが抱える悩みを聞けたら、と願うのであった。




