お茶会と素顔
国王陛下とセオフィラスをその場に残し、レセリカは王妃ドロシアと侍女数名に案内され、お茶会の会場へと向かっていた。もちろん、レセリカ付きの侍女であるダリアも一緒だ。
「さぁ、おかけになって。この場所は王族しか立ち入れないから、安心して寛いでね」
「ありがとうございます、ドロシア様」
石造りの城壁に囲まれたその場所は小さなバラ園になっていた。
中央は円形状にタイルが敷かれ、その場所にテーブルとイスが用意されている。日除けのためのパラソルも用意されていて、涼やかな風とバラの香り漂う癒しの空間となっていた。
ドロシアに勧められるがまま、レセリカは席に着く。まるで絵本の中に入り込んだかのような空間に、レセリカは僅かに口角を上げて微笑んだ。
そんなレセリカを見て満足そうに笑みを浮かべたドロシアは、その穏やかな表情のまま口を開く。
「貴女は、セオフィラスのことをどう思っているのかしら? 一度きちんと貴女の気持ちを聞いてみたいと思っていたの」
先ほどの、陛下やセオフィラスがいた時とは違い、ドロシアは表情も声色もずっと優しかった。口調も気楽になっており、緊張を解いたと言った方が正しいかもしれない。
この場所がお気に入りなのだろうか。または、リラックスするためにここに来たのか。いずれにせよ、ドロシアの素の顔はこちらなのかもしれない。
「セオさ……セオフィラス様は、私にとても良くしてくださいます。いつもお優しくて、一緒にいるとこちらまで優しい気持ちになれるのです」
「あら」
「ですが、お優しいだけではないこともわかっています。そう見えるように努力していらっしゃるのだと思うのです」
レセリカの答えを聞いて緩やかに微笑んだドロシアは、続けられた言葉にさらに笑みを深めながら紅茶のカップを手に取った。
「ですので、私はそんなセオフィラス様をお支え出来るようになりたいと、そう思っています」
レセリカは真っ直ぐドロシアを見つめながら嘘偽りなく正直な気持ちを伝えた。
ドロシアはそうなの、と一言だけ告げてカップに口をつける。それから一口だけ紅茶を飲むとほぅ、と息を吐いた。
「この茶葉は最近のお気に入りなの。疲労回復効果があるのですって。若い貴女には必要ないかもしれないけれど、リラックス効果もあるからぜひ飲んでみて?」
「はい、いただきます」
レセリカが言われるがままカップを手に取ると、ふわりとハーブの香りが広がった。強すぎる香りというわけでもなく、このバラ園の香りともうまく調和しているように感じる。
そのまま静かに口を付けて一口。鼻に抜けるハーブの爽やかさを堪能しながら、そのままもう一口コクリと飲んだ。
「とても美味しいですね。この場所が素敵なのもあって、リラックス出来そうです」
それから、音も立てずにカップを置くと、レセリカは柔らかい表情でそう告げる。ドロシアはその所作の全てを見て、感嘆のため息を吐いた。
「貴女は本当に美しい所作が身に付いているのね。受け答えだって、私とこの場所に合わせてあえて少し砕けた言葉を選んでくれているし。観察眼もお見事よ。これは、王妃教育の指導係を担当しているばぁやの仕事がなくなりそう」
どうやら、自分は今テストされていたらしい。意識して動いたわけではなかったが、身についた所作がきちんと仕事をしてくれたようだ。
ただ、言葉は確かに選んだ。この場所に来て明らかに態度の変わったドロシアに合わせて、堅苦しいのはやめておこうというくらいのものではあったのだが。
「しいて言うなら、もう少し自己主張をした方がいいわね。全てこちらが薦めてから言動をするでしょう? 貴女はお人形さんではないのだもの。そうね、最初にセオフィラスのことを話してくれた時みたいに」
しかし、続けられた言葉には思い当たる節があり、レセリカはわずかに動揺して肩をピクリと動かした。お人形さんのような受け答えもまた、前の人生から身に染みついているのだ。
けれど、ドロシアはレセリカがただのお人形さんではないと言ってくれている。
(セオ様のことを、話した時のように……?)
しかし、本人に自覚はなかった。レセリカがキョトンとした顔になったのを見て、ドロシアはクスッと笑う。
「正直に言うわ。私はね、最初にセオフィラスが貴女を婚約者に選ぶと決めた時、少しだけ反対だったの。理由はさっきもチラッと言ったけれど、貴女がお人形さんだと思ったからよ」
意外ではなかった。家柄や実力など関係なく、ただ見た目と性格だけで選ぶことになっていたとしたら、自分は真っ先に外されているだろうという自覚があったからだ。
ニコリとも笑わず、可愛げもない。言われるがままなんでもこなすが、ただそれだけ。それはそれで従順なため需要はあるだろうが、それでは王太子妃は務まらないのだから。レセリカの自己評価はとても低かった。
「王太子妃となるには、強さが足りないと勝手に判断していたのよ。でも、そうではないみたいだと思い直してね? 今日、貴女とお話しして確信したわ。貴女はセオフィラスの相手に相応しい」
その自己評価は、今でもあまり変わっていない。努力で変えようとはしているが、まだまだだと自分では思っていた。
けれどそんなレセリカの努力による僅かな変化を、ドロシアはしっかりと見てくれていたようだ。会う機会はとても少なかったというのに。
(セオ様がお手紙で私のことを良く書いてくださったのかしら……?)
やはり、レセリカの自己評価は低いままである。だが、それに見合う女性になろうと改めて決意をした。どこまでも真面目である。
「でもね? 一番は何より、あの子が貴女を特別だと思っているってこと。これが何よりも大事だと思うの。だからどうかこれからも、あの子の側にいてやってね?」
「あ、ありがとうございます。それはもちろんです。ですが、その。私が一般科へ進むことは反対されているのですよね?」
ドロシアの言葉はどれも嬉しいものばかりだったが、レセリカには心配ごとが残っていた。
それはもちろん、自分の進路のこと。今更変えることは出来ないし、する気もなかったが、そのせいでドロシアに不快な思いをさせるのではないか、と。
しかし、ドロシアは何食わぬ顔で言い放つ。
「反対なんてしていないわ。私は少しお転婆だと言ったの」
「え……? そのお転婆が、王太子妃として良くないのでは……?」
恐る恐るレセリカ聞き返すと、ドロシアはついに耐えきれないと言った様子で声を上げて笑い出した。
王妃様がこんな風に口を開けて笑うなんて思ってもみなかったため、レセリカは驚きに目を丸くする。
「あはははっ! 逆よ、逆。貴女はそういうことをしなさそうだと思っていたの。それが意外にも大胆なことをすると言うでしょう? ふふっ、そのくらいのお転婆は大歓迎よ。私のように窓から木をつたって部屋から脱走なんてしないでしょう?」
「脱走……!?」
「ええ。王太子妃としての教育が嫌でたまらなかったのよ。若かったのよ、私も」
急に砕けた口調になったかと思うと、ドロシアは明るく笑って昔のことを語り始めた。どうやら、いつも見せている厳かで冷静で凛とした姿は表向きに取り繕っている姿だったようだ。
本来のドロシアのお転婆ぶりと明るさ、そしてまるで同学年の学友のように親しげな様子に目を白黒させながら、レセリカはしばらく彼女の武勇伝を聞くことになったのだった。




