嫉妬と相談
その後、乙女の密談お茶会は他愛のない会話へと移り、最後にレセリカの側に出来るだけいること、何か気付いたことがあれば互いに報告し合うことを約束して解散となった。
それぞれが各寮室へと戻る途中、廊下でキャロルがレセリカを呼び止める。他の者たちはすでに姿が見えなくなっていることから、二人になれるタイミングを見計らっていたのがわかった。
「あ、あの、レセリカ様」
「どうしたの? キャロル」
何か相談でもあるのかもしれないと、レセリカは瞬時に察した。なぜなら、いつもさっぱりとして明るい様子なのに、ラティーシャの部屋を出てからは元気がないように見えたからだ。
彼女にはいつもお世話になっている。だからこそキャロルに悩みがあるのなら出来るだけ聞きたいとレセリカは思っていた。
「わ、私、その……変なことを言うかもしれないんですけど。えっと、戯言だと聞き流してくれてもいいんですけどっ」
「落ち着いて。ちゃんと聞くわ」
ただ、本人は話を聞いてもらいたい気持ちと遠慮の気持ちがせめぎ合っているらしい。視線を斜め下に逸らしながらうまく笑えていない笑顔を作っていた。
もちろん、レセリカが断ることはない。キャロルの手をそっととり、聞かせてもらえるかと優しく問うと、キャロルはほんのり頬を染めつつ小さく頷いた。
「あ、あの。レセリカ様は最近、ラティーシャ様と仲が良いでしょう? も、もちろん良いことです! た、ただ……その、実力が足りないばかりに私はクラスも離れてしまって、そのぉ……」
キャロルの話は少々、まとまっていないように思えた。結局のところ、何が言いたいのかレセリカには察することが出来ないのだ。
それほどキャロルが今は余裕がないのだろうとレセリカはひたすら彼女の言葉を待つ。
「さ、寂しい気持ちがあってですね! 私、レセリカ様の一番のお友達になれたんだって勝手に思っていたから、ついっ!!」
そうして飛び出して来た言葉には、面食らってしまったのだが。
それはつまり、キャロルの嫉妬であったのだ。
「い、一番のお友達……?」
「ごめんなさい! 身の程を弁えない発言でしたね! え、えへへ、やっぱり聞き流してください!」
驚いてそう呟くレセリカに、キャロルは急に顔を真っ赤にして思い切り手を横に振った。
無理矢理作ったような笑顔で慌てて否定する様子を見ていると、勇気を出して本音を教えてくれたことにじわじわと喜ばしい気持ちが湧いてくる。
「いいえ、キャロル。私はとても嬉しいわ」
ならば今の気持ちをきちんと言葉にして伝えるのが筋だとレセリカは思った。素直に嬉しい。
前世では得ることの出来なかった大切な存在。せっかく友達が出来たのだから、その関係を大事にすると決めている。
「一番のお友達が他とどう違うのか、私にはわからないのだけれど……キャロルはこの学園で出来た初めてのお友達なの。かけがえのない存在よ。だから、そう言ってもらえてとても嬉しいわ」
「レセリカ様……」
ただ色々と初めての経験が多く、キャロルの複雑な心境や嫉妬心をちゃんと理解することは出来ていない。レセリカはその点も包み隠さず告げた。
「確かにクラスは離れてしまったわ。来年からはコースも変わるでしょうし、会う機会も減るかもしれない。それでも、キャロルが大切な友達であることはこの先ずーっと変わらないと思うのよ」
頻繁に会わなくなったら友達でなくなるわけではない。少なくともレセリカはそう思いたかった。
キャロルだけでなく、自分も仲の良かった友達とクラスが離れてしまったのは寂しいと思っている、と告げると、キャロルは次第に表情を明るくしていく。
(クラス替えをすることで新しい出会いもあるもの。緊張もするし、うまくいかないこともあるけれど、悪いことばかりではないわ)
それはきっとキャロルも同じ。今後、お互いに新たな友達が出来ることもあるだろう。
しかし、学園で最初に出来た女友達であるキャロルは恐らく、レセリカにとって特別な存在であり続けるのだ。
「そう、そうですよね……! う、嬉しいですレセリカ様っ! 私、これからも大切なお友達であるレセリカ様のために頑張りますね!」
「とても頼もしいわ。でも、私だってキャロルのために何かしたいと思っているの。それは忘れないでもらいたいわ」
「うぅ、レセリカ様がお優しい……」
「お互い様よ? だって……友達って、そういうものなのでしょう?」
レセリカから直接そう伝えたことで、キャロルは自信を取り戻したようだった。自分はレセリカの大切な友達であるという自信を。
「私、ずっと進路で迷っていたんです。来年からどの道に進むか……。でもおかげで自分のやりたいことが見えてきた気がします」
「え? キャロルは商業科に進むのではないの?」
レセリカの驚いたような質問に、キャロルはあははと眉尻を下げながら笑う。
「確かに私はネッター商会の長女です。本来、どこかから商才のある殿方を婿に迎えて後を継ぐ立場にありますが……妹の方が跡を継ぐのに適しているんですよ。あの子は商人としての才能がありますから。それは両親だってわかっていることなんです」
自分はすぐに突っ走ってしまうタイプなので、商人としては致命的だとよく家族に言われていたのだという。
だからこそ、妹が跡を継ぐべきなのではという雰囲気が屋敷内にずっと漂っていたし、自分でもそう思っていたのだとキャロルは語る。
レセリカは心底驚いた。なぜなら、レセリカの目から見ればキャロルは将来有望な商人の跡取り娘だったのだから。
恐らく、キャロルの妹は本当にすごい才能の持ち主なのだろう。それを目の前で見てきた長女であるキャロルは、一体これまでどれほどの悔しい思いをしてきたのだろうか。
想像でしかわからないが、それでも胸がキュッと締め付けられる。
「キャロルにだって才能があると思うのだけれど……。いえ、初心者の私の言葉なんて当てにならないわよね」
「いえいえ! そう言ってもらえるのは光栄ですから! 私も勉強してきた身ですからね、それなりに出来るだけなのですよ」
自分を卑下するような言葉ではあったが、キャロルを見てみれば本当に気にしていない様子ではある。それどころか、どことなく目がキラキラと輝いているようだ。
その理由は、次に告げられた言葉の中にあった。
「ネッター商会には今後もずっと繫栄してもらいたいですから。適材適所ってやつなんです。それに、私にはやりたいことが出来ましたからね!」
つまり、キャロルはいつでも跡継ぎを妹に譲る気持ちはあったものの、そうなると自分はどの道に進むべきかと迷っていた、ということだ。
それが今、明確になったからこそ目が輝いているのだろう。
「私、貴族科に進みます! それで、将来はレセリカ様のお側にいられるような立派な王宮勤めの侍女になりたいのですっ!」
「ええっ!?」
しかし、彼女の目指す道は予想外のものだった。まさか自分のためだとは思ってもおらず、レセリカは目を丸くして驚きの声を上げた。背後に控えるダリアは、おやおやと愉快そうに微笑んでいる。
「それに、貴族科でしたらレセリカ様と一緒でしょう? マナーは少し苦手分野なのですけれど、レセリカ様のためならなんだって頑張れる気がするんです!」
「で、でも、本当にいいの?」
こんな些細な会話で一人の少女の将来が変わってしまうかもしれないと思うと、何とも言えないプレッシャーを感じるレセリカである。
ただ、キャロルの意思は固いようだ。一年生の頃から頭の片隅で考えていたことなのだとキラキラした目で語っている。
「レセリカ様がダメとおっしゃっても、私はこの道を進みます。もう決めたのです!」
「私はとても嬉しいけれど……そうね。キャロルが目指したいというのなら、応援するわ」
「ありがとうございますっ!」
これまでの悩みが解消されたと言わんばかりに晴れやかな笑顔を向けるキャロルに、水を差すようなことは言えないだろう。
だからこそ、レセリカが貴族科には進まないかもしれない、ということは最後まで言い出せないのだった。




