第4話 白猫
「ピッ……(助けて……やめて、やめて!!)」
「ニャー(大丈夫? 起きて!)」
魔女がうなされているのをノアが起こす。彼女は時折こういった夢にうなされている。それは夢ではなく、過去に彼女が体験した出来事……。鳥として生きることを選んだきっかけ。いつか彼女が本来の姿に戻る日が来るのだろうか。人と関わることに疲れた彼女は今日も鳥の姿で静かな生活を願いつつ、困っている人のお手伝いをする。いや、困っているなら人に限らず手を差し伸べる。
◇
今日のお客さんは珍しく猫である。白猫の訪問者だ。
ここは森の中の魔女の家。今日も魔女の家には助けを求める人……や動物が訪れる。お人好しな魔女は困っているなら誰でも放っておけない。
何でもノアと街で仲良くなり、魔女に助けてもらいたいと言ってきたようだ。この猫のご主人様が病気になって苦しんでるみたいで様子を見てみて欲しいとのこと。
1羽と2匹がご主人の様子を見に行くと、猫のご主人の女性は確かに顔色が悪い。料理を口にしようとするが、口元を押さえるとトイレに駆け込んでいく。恐らく嘔吐しているのだろう。
「ニャニャ(ね、何の病気なの? 治るの?)」
不安そうに白猫が尋ねる。
「ピィ(病気ではないわ)」
「ニャッツ! ニャニャ!(嘘にゃ! あんなに苦しそうなのに!)」
あれは妊娠してるのよ
「ニャア? ニャア……ニャ(妊娠……? でもご主人様は番がいないはずにゃ。……でも最近毎晩電話しているから、もしかしたらそれが番なのかも知れないニャ)」
「……ピィ(……ちょっと様子を見てみましょうか)」
妊娠しているだけなら問題はないが、少しばかり事情があるみたいだ。1羽と2匹は彼女のことをもう少し調べることにする。そして夜になると再び彼女の家を訪れる。
「もしもし……うん、うん、そう。やっぱり暫く忙しくて会えない。あなたも忙しいんでしょ? ……。……違うわ! 浮気なんかしてない。そんなんじゃないから安心して。……なら会いたいって? だから暫く会えないんだって、家にも職場にも来なくて大丈夫だから。じゃあまた明日電話するね」
そう言って電話は終えたようだ。
「はぁ……どうしよう。いつまでも隠してる訳には行かないし……。だけど彼と一緒になることも出来ない……」
どうやら彼も訳ありなのかも知れない。だが彼女が彼と会ってくれない限り話は進まない。
「ニャ?(その電話の相手に心当たりはないの?)
「ニャア……(わからないにゃ……)」
「ピィ(ご主人様はどこに勤めていたの?)」
「ニャッ!(ご主人様は孤児院で働いていたにゃ。私もそこで拾われたのニャ)」
「ピィイ(ではその孤児院に行ってみましょう。何かわかるかもしれない)」
孤児院に行くと、そこには何匹か猫がいて、子供達と遊んでいる。子供達がお昼で室内に入るタイミングを見計らい、猫達に話しかける。
「ニャニャ?(なぁ、ここで働いているサナという女の恋人を知っている奴はいるか?)」
「ニャー?(サナの恋人ならノーズ様だろ?)」
「ニャ!(なぁ、有名だぜ!)」
「ニャ?(ノーズ様?)」
「ニャニャ、ニャアニャア(この孤児院に寄付してくれてる貴族がノーズ様で、その息子だ。確かここから南の大きな屋敷に住んでいる)」
「ピィ!(ありがとう!助かるわ!)」
「ニャァ(最近サナ来てないけど大丈夫?)」
「ニャ!(多分大丈夫よ!)」
猫達にお礼を告げると南の屋敷を目指す1羽と2匹。
暫く歩くと、大きな屋敷が見えてきた。他にそれらしき家は見当たらないから、恐らくここがノーズ様の屋敷で間違いないだろう。
広い庭に隠れてそっと中の様子を伺う。どうやらここは子爵家の庭らしい。暫く使用人達の話を聞き調査する。
「もう、またノラン様は遊びに歩いてるらしいわよ。長男だからしっかりして欲しいと旦那様が嘆いていたわ」
「それに引き換えリラン様は屋敷に篭って農業の研究ばかり。もう少し社交性があったら頭も良いし後継になっても誰も文句がないのに」
「それで言うならアラン様だったら完璧なのにね。仕事も出来るし社交的で。でも三男だからさすがに後継になることはないわよね」
どうやらこの家には3人の息子がいるらしい。一体誰が彼女の相手なのだろうか。
遊び人の長男? それとも引き篭もりの次男か評価の高い三男か?
一羽と2匹は夜に再び屋敷を訪れ、どの息子が電話の相手か突き止めることにする。
しかし困ったことに、どの部屋が誰の部屋なのか全く分からない。とにかく広い個室にいる若い男性を探していくと、1人発見する。
中には背の大きな男性がおり、電話で話している。
「ニャニャ!?(あいつか!?)」
「ランちゃん? うん、そうそう、明日なんてどう?」
違うみたいだ。これは遊び人の長男か? 時間がないため早めに見切りをつけて次の部屋を探しに行く。
次に見つけた部屋にいたのは先程の男性より小柄な人だ。あまり外に出ないのか色白の男性である。
こいつみたことあるにゃ! 孤児院にいた時に何回かみたにゃ!
「もしもし、サナ? 元気なの? まだ会えないのかい? もう2ヶ月もこうして会えずにいるじゃないか」
彼がその相手みたいだ。次男なのか三男なのか?
「来週の日曜は孤児院に顔を出す予定だから、そこで会おう。来ないって? 俺はずっと待ってるから……」
結局電話の相手の顔は分かったが、名前は分からずじまいで帰っていく3人。
「ニャー(どうする?)」
「ピィ(日曜になんとか顔を合わせられれば良いんだけど)」
「ニャァ(でもご主人様は頑固だから行かないって決めたら行かないにゃ)」
「ピーーィ(うーーん、別に会うのは孤児院じゃなくても良いんだけど……そうねこうしましょう)」
◇
日曜の朝。あの女性の家では何やら騒がしい。窓から覗いてみると猫と女性が追いかけっこを繰り広げている。
「ちょっと待って! 急にどうしたの! それだけはダメよ! 大切な物なの」
「ニャーー」
猫がブレスレットを口に咥えて逃げるのを女性が追いかけている。猫は隙を見ると窓から外へ飛び出す。
「こら! 待って!!」
すると女性も慌てて玄関から出て猫を追いかける。猫は女性を待っていたかのように、彼女が外に出たのを確認してからまた逃げていく。
「はぁ、はぁもうどこ行くのよ!」
猫は女性に無理をさせないような早さで走りながら、時折後ろを振り返り女性がついて来ているか確認していく。
そして公園に着くと、噴水の前で立ち止まる。
「もう! いい加減にしなさい!!」
「サナ……?」
「っ!? 何でここに……」
そこに居たのはあの電話の男性だ。彼の横には黒猫が同じようにブレスレットを咥えている。彼もここまで誘い出されたようだ。
「何で急に会わなくなったんだ? 俺のことが嫌いになったのか?」
「違うわよ。でもあなたには今後も会えない」
「何でだよ! ちゃんと説明してくれなければ納得出来ない」
「…………」
「…………」
2人ともお互いに睨み合いが続き、話す気配がない。そんな時にどこからともなく歌声が聞こえてくる。
〜〜♪ 〜〜〜〜♪
「何? この歌は何かしら?」
「不思議な歌だな」
「うん。心が和らいでいく気がする……」
「ニャー」
2人が歌に聞き惚れていると、白猫が勇気づけるかのように鳴く。
「ミィ。ありがとう。このままじゃ良くないもんね。……リラン様、私あなたの子供を妊娠しているの。だから今後は会うことが出来ない」
「本当に……? 嬉しいよ! 何で言ってくれなかったんだ! それに会うことが出来ないってどういうことだ」
「だってあなたは子爵家でしょう? 一緒になれるはずがないじゃない」
「だから俺のことを避けてたのか。そんなの問題ない。俺が子爵家を出れば良いんだろう
?」
「そんなこと出来ないでしょ! あなたは跡取りになる予定じゃないの!」
「今の所はな。兄貴はあの調子だから俺になっただけだ。でも今回の件を父親に報告したら俺に後継は回ってこない。そうしたらアランが跡取りになるだけだ」
「そんなっ! だから言うつもりなかったのよ」
そう言って泣き始める彼女を優しく抱きしめる。
「俺は元々後継になろうとは思ってないって知ってるだろう。あいつの方がよっぽど後継として優秀なのに、俺がいるからそうなれなかったんだ。流石にただでさえ長男を跡取りから外しているのに、何の理由もなく三男の弟に継がせることは出来ないからな。あいつに譲ることが出来てホッとするよ。俺と一緒になってくれ。領地の田舎でのんびり農作業に就くことになるがそれでも良いか?」
「……うん。あなたと一緒ならどこに居ても良いの」
そう2人で誓い合うと、彼女を家に送って行った。
子爵家に戻った彼は、当主に全てを打ち明け、子爵家を勘当された。しかし実際には、領地の一部の田畑けを任されることとなり、決して見捨てられた訳ではない。表立って応援することは出来ないが、陰から支えてくれているのだ。
そうして2人と1匹は田舎の領地へと旅立って行った。
「聞いた? 黒猫がやっぱり幸せを運んでくれるみたいよ」
「でも俺は青い鳥の歌を聞くと幸せになれると聞いたよ」
「それ知ってる! 青い鳥の歌を聞くと、素直になれるんだって。意地を張ってた恋人との喧嘩で仲直り出来たんだって!」
お人好しの魔女は今日も誰かの幸せのお手伝いをしている。
さて今度はどんな訪問者が来るのだろうか。
ご覧頂きありがとうございます。
魔女の過去ついても今後書いていく予定です。
よろしくお願いします。