第3話 おじいさん
「青いポストの家が本当にあった。ここが魔女様の家か……」
ここはとある王国の森の中、ひっそりと佇む魔女の家。
ひっそり佇んでいるはずなのに、毎日魔女に依頼がある人が訪れてくる。
今日の訪問者は70過ぎのご老人の男性だ。
トントントン
「……」
トントントン
「……」
「やはり魔女様が戻ってきたというのは噂だけだったのか……。仕方ない帰るとするか」
そう言って落胆するおじいさんの前に1匹の黒猫が現れる。
「ニャア」
まるで『どうしたの?』と聞いているかのように顔を傾け見上げてくる様子が可愛らしく、おじいさんは猫を相手に話を始める。
「魔女様にお願いがあってやってきたんじゃがいなかったみたいじゃ。わしの夢も諦めるしかないのう」
「ニャア?」
「わしの話を聞いてくれるのかのう? 魔女様に結婚式をさせてくれないかとお願いしに来たんじゃ。
ずっと苦労を掛けてきた婆さんに死ぬ前に結婚式を挙げさせてやりたかった。それだけが心残りなんじゃ」
「ニャア」
「だが魔女様がいないんじゃ最後の夢も叶えることが難しいようじゃ。婆さんはあと半月も持たないと言われていてなあ。もうベットから1年以上出ることが出来てないんじゃよ」
「ニャア……」
「別に豪勢なものじゃなくていいんだ。2人だけでいい。ただ最後にあいつの長年の願いを叶えてやりたいだけだったんだがね。俺は事業に失敗して借金作ってそんな余裕なく今まで来てしまったから。本当にあいつには迷惑をかけてきたんだ。ここの魔女様は幸せを与えてくれると聞いたから、それなら夢を叶えてくれると思ったんだがダメだったようじゃ」
猫に一通り話し終えると、おじいさんは諦めたように笑い去って行った。その後を猫がこっそりとついていく。この黒猫は魔女の使い魔のノアである。きっと魔女に頼まれてご老人の話を聞き、居場所を確認しに行くのだろう。
おじいさんの後をつけると、小さなアパートの部屋におばあさんが寝ていた。おじいさんが「ただいま」と声をかけても、寝ているのか聞こえていないのか反応がない。恐らくおじいさんの言う通りもう後先は長くなさそうだ。のんびりしていたらもう遅い。
さて、今回彼女はどうするのだろう? 魔法を使えばおとぎ話のようにドレスや馬車を用意し、華やかな結婚式をあげることも出来る。しかし今の彼女は鳥の姿だ。あの小さな姿ではそんな大掛かりな魔法は使えない。あの姿の時は使える魔力量も少ないのだ。
「ニャア(おばあさんはベットから出られないよ、どうやって出すの?)」
「ピィ(それは魔法薬を使えば数時間なら何とかなると思うよ。その代わり体に負担を増やしてしまうかもしれないけど……)」
「ニャア……ニャ!(うーーん、この前みたく夢を見させるのは!)」
「ピィピィピィ(2人が同じ夢を見ることは出来ないからそれでも良いならいいけど、あのおじいさんが望んでいるのはそういうことではないでしょう)」
「ニャア? (じゃあ元の姿に戻る? あのおじいさんたちの前だけなら大丈夫なんじゃないか?)」
「ピ……(それは……)」
「ニャン(またすぐ鳥の姿に戻れば良いじゃないか)」
「……」
どうやら元の姿に戻ることにかなりの抵抗があるみたいだ。いったい魔女の過去に何があったのか。
「ピィピィピィ、ピィ(結婚式というけれど、あのおじいさんは最後に2人の思い出を作ってあげたいのだと思うの。だからそれなら手伝うことが出来る。森のみんなにも協力してもらいましょう)」
そういうと青い鳥は森の中を羽ばたいていく。鳥になった彼女には可愛い友達が沢山出来たのだ。
◇
ある晴れた日、あのおじいさんの元に黒猫が訪れる。見ると口に何か咥えているじゃないか。おじいさんは不思議に思いながらそれを受け取り、中を開く。
「これは……魔女様が用意してくれたのかい?」
黒猫はおじいさんの質問に返事をしたかのように、ニャアと鳴く。
おじいさんが受け取ったのは、『森の結婚式への招待状』と、おばあさんの体が一時的に良くなる薬が入っていた。だがその薬は体に負担をかけてしまう恐れがあるそうだ。おじいさんは暫く悩むと、覚悟を決め、おばあさんを抱き起しその薬を飲ませる。
久々に起き上がることが出来たおばあさんは嬉し涙を流すが、まだ早いと告げるおじいさん。
「さぁ、着替えて一緒に出掛けよう」
おじいさんは一番良いスーツを久々に袖を通す。多少ぶかぶかなのはご愛嬌。おばあさんも1番お気に入りのスカートとブラウスを選び着替えてもらう。
起き上がれたおばあさんだが、久々の歩行はやはり不安定である為、おじいさんが支えながら歩く。森へと2人で歩くこと1時間あまり、その間は猫が先導してくれる。
「どこに行くのかね?」
「行けば分かるよ。わしも分らぬが、きっと良いことがあるに決まっている」
そう話しながら歩いていくと、急に木々が開けた場所に出る。
そこには一面の花畑と1本の大きな木が立っている。猫が花畑の前に着くとニャアと鳴く。その様子がまるで後ろを振り返れというように聞こえたので見てみると、そこには2人を囲うようにウサギやリスなどの可愛い小動物が花を持って並んでいた。
「ニャーー」
そう猫が鳴くとそれを合図にしたかのように、ウサギやリス達がおばあさんに1匹ずつ花を渡して行く。
「ありがとう」
そう言っておばあさんが花を笑顔で受け取っていくと、いつの間にかそれはブーケのような大きな花束になっていく。
「そうか魔女様は2人だけの結婚式を用意してくれたのか」
そうおじいさんが呟く。参列者も神父も居ない、ドレスもない。だが2人にはそんなことは重要ではないのだ。
「わしらにはこれで十分じゃ。……婆さん、今までありがとう」
「何なんですか急に」
「ずっと結婚式を挙げられなかったことが心残りだったんじゃ。冥土の土産に結婚式はどうじゃ?」
「爺さん……」
「ほれ、森の動物たちもわしらのことを祝福してくれている。行くぞ」
そう言うとバージンロードを歩くかのようにおばあさんに腕を差し出し、歩き始める2人。その前を猫が先導していく。
2人が歩き始めると祝福するかのような歌声が聞こえる。鳥の声? それともウサギ達の声? とにかく聞いているだけで幸せな気分になれる。
祝福の歌に合わせて大木の前まで進むと、猫が立ち止まりその上に青い鳥が止まる。
すると青い鳥はおじいさんを指すように片翼を伸ばす。
「わしはこれからも、この先の未来も、あの世でも次の世でも婆さんを愛することを誓う」
すると次はおばあさんを指す青い鳥。
「ひっく、わたしも、これからも、あの世でも……次の世でも、爺さんを愛することを誓います」
「ずっと離してやらんから覚悟せい」
そう笑うとおじいさんは優しくおばあさんを抱きしめる。
2人の誓いの言葉を聞き終えた青い鳥が空へ羽ばたくと、一瞬強い風が吹き目を瞑る2人。目を開けた瞬間2人を祝福するかのように沢山の花弁がはらはらと舞い落ちてくる。
「これはすごいねぇ。まるで夢みたいだよ」
「だが夢じゃない。お前さんをちゃんと感じているからのぉ」
「嬉しいねぇ。これでいつお迎えが来ても幸せな気持ちで旅立てるよ」
「まだ早い、もう少し頑張ってくれ」
そう言って2人笑い合う。幸せそうな2人を見て動物たちも嬉しそうだ。
「魔女様ありがとう」
そう黒猫の方を向いて挨拶し、お別れをするおじいさん達。
結局あのおばあさんは森の結婚式から1か月後に亡くなったそうだ。余命半月から少し長く生きられたのはあの結婚式のおかげだろうか。最後は幸せそうに笑っていたそうだ。
「ねぇ聞いた? 幸せの青い鳥だけじゃなくて黒猫も幸せを運んでくれるみたいよ」
「あぁ、黒猫を見つけると良いことが起きるって聞いた」
「あとね、その猫の前で愛を誓うと永遠に結ばれるらしいよ」
「俺たちも黒猫を探しに行こうか」
「うん!」
今日もお人好しの魔女は鳥の姿で困った人や悩んでいる人を助けている。望みとは少し違う形になるかもしれないが、魔女の優しさで幸せになれる人がそこには居るのだ。
さあ次はどんな訪問者が来るのだろうか。
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