第2話 気性の荒い女性
ドンドンドン
「ねぇ、居ないの!? 居るなら出てきなさいよ」
ここはとある王国の森の中、ひっそりと佇む魔女の家。
ひっそり佇んでいるはずなのに、毎日魔女に助けを求めて誰かがやってくる。ほら、今日の訪問者は少し激しい方のようだ。ドンドンと壊れそうなくらいドアを叩いてる。手が痛くならないのかと心配になるくらいだ。
ドンドンドン、ゲシッ
とうとう叩くのはやめて、最後は腹いせにドアを蹴っている。まだ若い女性なのだが、少し気性が荒いようだ。
ゲシッ、ゲシッ
「くそっ!」
……少しではないかも知れない。こんな女性に関わって、厄介な事にならない訳がない。さて、あのお人好しな魔女はこの女性をどうするのだろうか。助ける? それとも見ないふりをする?
彼女の理想の静かな生活の為には関わらないことをオススメする。ほら、使い魔のノアもそう言ってるだろう。
「ニャアー(あの人には関わらない方が良いって。絶対厄介なことになるよ)」
「ピィ(でも本当に困ったことがあるかも知れないよ)」
「ニャッ(もしあの人に関わるなら1人で行ってね。僕は反対だから手伝わないよ)」
「ピ……(ノア……)」
どうやら今回は見送るようだ。流石にノアに反対されて魔女も大人しくするようだ。何せ小さな鳥になった彼女は外敵が多い。ノアが居ないと外出もままならないのだ。
魔法を使って攻撃すれば良いのだが、優しい彼女はそれで相手が傷つくのを良しとしないのである。人でも動物でも彼女が向ける優しさは変わらない。
◇
ドンドン、ドンドン
「ねぇ、いい加減顔出しなさいよ! もう1週間も来ているのよ!」
……例の気性の荒い女性は諦めることなく、あれから1週間毎日魔女の家に通っているのだ。
ドンドン、ゲシッゲシッ
態度は相変わらずなのだが、本当に困っている事があるのかも知れない。ほら、魔女も心配そうに見ている。
「ピィ……(ノア、きっと困ってるのよ)」
「……」
「ピィイ?(ノア、ダメ?)」
「ニャッ(もう今回だけだからね! 次からはああいう人はダメだから)」
魔女の視線にとうとうノアも折れたようである。尻尾を下げながらも頷くと、女性の後を猫と青い鳥がそっと付いていく。
女性が歩くことかれこれ1時間半あまり。こんな遠いところから毎日来るとは、気性は荒いが根性はなかなかあるのかも知れない。見かけはなかなかの美人だ。歳は20歳くらいだろうか?
あの荒ささえなければかなりモテるのだろうと思われる。いや、あの荒さを含めてモテるのかも知れない。世の人の趣味というのは千差万別だから分からない。そういう荒い女性に扱われるのが好きという男性もいるのだろう。……おっと話がそれてしまった。そうしているうちに、小さなアパートに女性が入っていく。
女性の入った部屋を確認すると、近くの木に登り、窓から様子を見る1羽と1匹。
ゴクゴク
「ヒック、ヒック、なんなのよ! みんな私を馬鹿にして!! ック」
どうやらまだ日が登っているうちから彼女は酒を呑んでいるらしい。
「ニャアー(ほら、やっぱりロクなやつじゃないんだ)」
「ピィピィ(もう少し、もう少しだけ見てみよう)」
ゴクゴク
「ヒック、あの人もきっと知らない女の所に行ってるのよ。ヒック、もう2週間も帰ってきてないじゃない」
どうやら男に振られたようだ。恐らく彼に出ていかれて、それでやけ酒を飲んでいるのだろう。もしかしたら気性が荒かったのもそのせいかも知れない。
「ニャア(帰ろう、失恋はどうしようもない)」
「……」
ノアが帰ろうと促すが、魔女はまだ動く気はないようだ。じっと彼女のことを見つめている。その様子を見てノアは仕方がないと言った風に、木の上で寝るポーズを取る。どうやら魔女が納得するまで付き合ってくれるみたいだ。
暫くそうしていると、女性の部屋に年配の女性が訪ねてくる。
「ミーナ、ミーナいる? 開けて頂戴。話をしましょう」
「ママ」
扉を開けると、年配の女性を部屋に招き入れる。どうやらこの女性は母親らしい。話とはなんだろうか。
「またあなたはお酒を飲んでいるの? ねぇ、そろそろ現実を受け止めましょう? 彼は……」
「彼は女の家に行ってるのよ! 浮気しているんだわ! でも荷物もあるし、またこの部屋に戻ってくるの」
「違うわ、違うの。本当は分かっているんでしょう? 彼は……」
「違くないわ! ママが何を言いたいのか分からない!!」
2人のただならぬ様子にノアも顔を上げ、興味を持って会話を聞き始めている。
「もういい加減現実を見なさい! 彼は事故で亡くなったのよ!! あなたが前を向かないと彼が浮かばれない!!」
「っつ! 違う! そんなんじゃない!! 彼は出て行っただけよ!! だって……そんなのおかしい!」
「ミーナ……あなた何日寝てないの?」
「寝てるわけないじゃない! 彼がいつ戻ってくるか分かんないのに!」
「仕事も無断で休んでるのでしょう? 私から暫く休みを下さいって伝えておいたわ」
「なんでみんな彼が死んだっていうの? だってだって……結婚しようって言ってたんだよ? なのにそんな死ぬ訳ないじゃない」
「事故だったの。急に飛び出してきた子供を避けようとして……不慮の事故だったのよ」
「そんなの嘘よ!!」
そう言うと女性はわーーっと泣き叫び、母親が抱きしめる。
「辛い気持ちは分かるわ。でもこのままじゃあなたもダメになってしまう……」
「ニャァ(そんなことがあったとは、流石に気の毒だな)」
「ピィ(えぇ、きっと悲しみのあまりあんな風になってしまってたんだよ)」
あの気性の荒さも、深い悲しみとそれを紛らわすお酒のせいだったのだろう。
彼の死を受け入れられないまま心を病んでしまい、彼が浮気したと錯覚するようになっていったんだ。
だが魔女はどうする? さすがの魔女も時を遡ったり、死者を蘇らすことは出来ない。正確にはできなくはないが、そんな魔法にはそれ相応の対価が必要となるのだ。流石にそれを気軽に使える訳がない。
「ニャア(どうする? 結局何も出来ることはないよ。確かに可哀想だけど)」
「……」
相変わらず女性は机に突っ伏したまま泣き叫び、母親の言葉も届いてないようだ。このままの状態でいたら、心も体も病んで亡くなってしまうだろう。
「〜〜♪ 〜〜〜〜♪」
その時、辺りに歌声のような、鳥の囀りのような音が響き渡る。
「〜〜♪ 〜〜♪ 〜〜♪」
「これは歌声? 鳥の鳴き声? 何? ママも聞こえる?」
泣き叫んでいた彼女が、顔を上げて辺りを見回す。
「えぇ、誰かが近くで歌ってるのかしらね? 何だか不思議な歌。心が安まるようだね」
「……うん、何だか心の中に……響いてく……る……よ……うな……」
そう言ったきり彼女は机に突っ伏して動かなくなる。母親が慌てて顔を覗くとどうやら眠っているだけのようだ。
「ニャア(何をしたの?)」
「ピィピィ、ピィピッ(ちょっと眠ってもらっただけよ。安眠の魔法と良い夢を見られる魔法。わたしにはそれしかお手伝いすることが出来ないから、立ち直れるかどうかはあの人次第よ)」
そう言うと1羽と1匹は森の中へと帰って行った。
眠ってしまった彼女は、とても幸せそうな顔をしている。夢の中で彼に会えたのかも知れない。目覚めた彼女は、寂しそうではあったが、しっかり前を向くことが出来ていたのだから。
今日も心優しい魔女は、困った人のためにほんの少し魔法をかけてくれる。それは本当に些細な、大したことない魔法かも知れない。だがそれによって助けられた人がいる。ほら、今日もあの噂が聞こえてくる。
「魔女は綺麗な歌声をしているらしいよ」
「私は"幸せの青い鳥"が歌を歌うと幸せになれるって聞いたわ」
「亡くなった人と会話が出来たそうよ。最後にちゃんとお別れが出来て死を受け入れられたって聞いたわ」
「私は好きな人の夢に出させてくれるって聞いたわ! 今度魔女の家に行ってみようかな?」
「でも本当に困ってる時にしか姿を見せないらしい」
「じゃあダメかなぁ。いざとなった時に取っておかないと!」
これはお人好しな魔女が、静かに暮らしたいのに、どんなに煩い人でも困っていたら助けてしまうお話し。さぁ次はどんな訪問者が来るのだろうか。
明日書き終えることが出来たら3話目投稿予定です。
他にも連載しているの良ければご覧ください。