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李由の理性

作者: 鳥羽風来

李由は、王宮へ向かう赤い絨毯の上を、皇帝の座る玉座に向かって意気揚々と歩いていた。

空は青く、地平線近くに山々の陰が見える。歩く道の両側には、この国の武装した兵士たちが、縦列に並んでいる。

宮殿の入口に差し掛かると、そばに付いていた文官が、段差に気を付けるよう、遠慮がちに小声で言った。この階段を上ると、ついに皇帝が見える。皇帝は自分にどんな褒美を与えるのだろう。高い官職だろうか、それとも一生暮らせる金だろうか。自分が上げた功績からすると、大きな報奨がもらえるのは間違いない。李由は、心踊る衝動を抑え、きわめて平静を装い、階段を上った。

ついに、皇帝が見えた。両側には文官が控えている。ざっと見て少なくとも三、四十人くらいは居ようか。そして、なんと豪勢な部屋なのか。天井は高く、至るところが金色に光っている。皇帝の目前で、上下左右に視線を泳がせる訳にはいかないから、じっくり眺める訳にはいかない。真っ直ぐに皇帝の前へ進んで膝まずいた。

「李由にございます」

「よく来た。そなたの成果により、憎きモンゴルの一角を落とすことが出来た。礼を言う」

「恐縮にございます」

「貴様への処遇をどうするか、朕は少し悩んで考えた」

そう言いながら、皇帝は最前列の文官に目配せして、文官は目で了解した。

文官の後方から、剣を持った二人の兵士が出てきて、李由の側に控えた。

皇帝は、二人の兵士に言った。

「その者の首をはねよ」

李由は、何が起こったのか分からず、逃げる暇もなかった。血しぶきが飛び、目が見開かれた李由の首は、おびえた顔をした後方の列の文官の足下に転がった。

李由は、中国安徽省にある黄山近くの村で生まれた。

父母と弟に加えて父方の祖母の五人で暮らしていた。李由が七歳くらいの頃、父親が戦争に連れていかれ、ずっと帰って来なかった。やがて、母親は弟を連れて、どこかへ出ていった。それから祖母と二人で過ごした。

学校のような近隣の子供が集まり学ぶ私塾では、常に成績はトップだった。

周辺を管轄する役人の子より優秀だったので、時々苛められもした。

「奴らは僕より頭が悪いのに、良いところに住んで、良いものを食べている。いずれ、僕は都へ出て、試験を受けて、官僚になるんだ。あいつらレベルではなく、遥か違う次元で偉く裕福になるんだ」

 そう思い続けて、苦しい生活に耐えた。

 都への憧れは強く、年老いた祖母を置いて、都へ向かった。心のどこかが痛みはしたが、「必ず裕福になって迎えにくる。良い生活をさせてあげるんだ」と自分に言い聞かせて、決行した。

 都では兵士として採用された。下っ端で、飯炊きや雑用ばかりだった。

「いずれ誰かに気に入られ、試験を受けられるように推薦してもらおう」

 そう思って頑張った。時々、北方からモンゴルの兵が攻めてきたときは、刀を持って戦った。こんな所で死んでなるものかと、必死で生き延びた。


 やがて、モンゴルへ遠征に行くことになり、その兵隊に加わることになった。

 不覚なことに罠にはまり、殺されるか、捕虜になるかの選択を迫られた。

 死んだら終わりなので、李由は捕虜になった。

「この屈辱は絶対忘れない。いずれ倍にして返してやる」

 李由はその恨みは決して表に出さず、モンゴルの人たちに完全に溶け込むように振る舞った。その甲斐あって、やがて捕虜の立場を脱して、モンゴルの一員として迎えられた。しかも、村の長の娘に気に入られ、村長から結婚しないかと迫られた。口数が少なく大人しいが、心優しくいい娘だ。

「屈辱は絶対忘れない。ここは結婚して、完全に味方になった振りをしよう」


 雄大な草原と点在するゲルと呼ばれる大型テントを背景に、馬頭琴で奏でられる音楽に包まれて、結婚式が行われた。妻となるオユンは幸せそうな顔をしていた。やがて、二人の子供が生まれた。バヤルとトヤーと名付けた。

家族四人でオユンの作った弁当を持ってピクニックへ行ったり、山菜採りに行ったりした。李由にとって偽りの家族だったとはいえ、暖かく幸せに感じることも多かった。そんなとき、李由は自分を戒めた。

「俺が受けた屈辱を忘れるな。情に流されず初志貫徹するのだ」


 村長のナランと話すときは特に、自分の本心がばれないように気を使った。毎日緊張の日々だった。村長の義理の息子ということもあり、適切な訓練を受けて、四千人の軍隊の大将になった。


 李由は、秘めていた作戦を実行することにした。

 捕まった捕虜の一人に言伝てをして、こっそり逃がしたのだ。

「次に攻めてきたときは、私が率いる軍隊は脇へそれて待機する。その隙に防御のなくなった道を進み、村長のいる本陣を叩けばよい」

 李由は心のどこかが痛んだ気がしたが、強い理性で抑えた。

「情に流されたら敗けだ。合理的に割り切って目的を達成するのだ」


 次の攻撃を受けたとき、李由は約束どおりに脇へそれて、待機していた。疑問に思う部下の兵隊もいたが「深い考えがあってこうしているから問題ない」と説明した。

やがて、戦いの始まる音がした。馬のいななき、刀の合わさる音、悲鳴。

音の方に行きたがる部下を制止していると、やがて音が小さくなってきた。

「行くぞ!」

 李由の軍隊がいつもの場所に戻ると、村長のナランがいる本陣が燃えていた。オユンと子供たちのいるゲルも燃えていた。部下たちは皆、一大事を感じ取り、まっすぐ本陣の方へ向かったが、見たこともない悲惨な光景を目の当たりにして、やがてパニックになった。

李由は本陣へは近付かず、反対側の軍へ歩き、一員として溶け込んだ。

将を失い、パニックになった残りの兵隊は、あっという間に蹴散らされた。これで脅威となっていたモンゴルの一角、ナラン軍は滅んだ。

李由が捕虜になってから、四年が過ぎていた。


李由は故郷の都で、一躍有名になった。

捕虜になったと見せかけて、モンゴル人を油断させ、見事に倒したのだ。この功績は大き過ぎるだろう。城の敷地内にある上級の家で、李由は皇帝の沙汰を待つことになった。


王宮では、皇帝が力のある文官たちに話していた。

「あの李由というやつに、それなりの報奨を与えねばならないのだろうが、朕はあいつを信用できない。いつ裏切られるか分からん」

 ある文官が答えた。

「しかし、これだけの功績を上げた者に何もしないと、他の兵士たちの士気に影響します」

 皇帝は言った。

「とはいえ、覚えているか? 四年ほど前にあいつの祖母は殺してしまっているぞ。裏切ってモンゴルに付くとこうなるぞという見せしめとしてな。あいつは完全に裏切って戻ってくるとは思わなかった」

 他の文官が言った。

「登用しても李由に恨みは残るでしょう。それに加えてあの性格だから、裏切る可能性は高く危険でしょう。恩賞を与えるふりをして、この宮殿の中でこっそり殺してしまいましょう」


李由は、王宮へ向かう赤い絨毯の上を、皇帝の座る玉座に向かって意気揚々と歩いていた。

空は青く、地平線近くに山々の陰が見える。歩く道の両側には、この国の武装した兵士たちが、縦列に並んでいる。

宮殿の入口に差し掛かると、そばに付いていた文官が、段差に気を付けるよう、遠慮がちに小声で言った。この階段を上ると、ついに皇帝が見える。皇帝は自分にどんな褒美を与えるのだろう。高い官職だろうか、それとも一生暮らせる金だろうか。自分が上げた功績からすると、大きな報奨がもらえるのは間違いない。李由は、心踊る衝動を抑え、きわめて平静を装い、階段を上った。

ついに、皇帝が見えた。両側には文官が控えている。ざっと見て少なくとも三、四十人くらいは居ようか。そして、なんと豪勢な部屋なのか。天井は高く、至るところが金色に光っている。皇帝の目前で、上下左右に視線を泳がせる訳にはいかないから、じっくり眺める訳にはいかない。真っ直ぐに皇帝の前へ進んで膝まずいた。

「李由にございます」

「よく来た。そなたの成果により、憎きモンゴルの一角を落とすことが出来た。礼を言う」

「恐縮にございます」

「貴様への処遇をどうするか、朕は少し悩んで考えた」

そう言いながら、皇帝は最前列の文官に目配せして、文官は目で了解した。

文官の後方から、剣を持った二人の兵士が出てきて、李由の側に控えた。

皇帝は、二人の兵士に言った。

「その者の首をはねよ」

李由は、何が起こったのか分からず、逃げる暇もなかった。血しぶきが飛び、目が見開かれた李由の首は、おびえた顔をした後方の列の文官の足下に転がった。


 消えゆく意識の中で、李由の中に抑えていた思いが押し寄せた。あんなにかわいかったバヤルとトヤー。痛かったろう、熱かったろう。怖かっただろう。すまなかった。本当に申し訳なかった。オユンはこんな自分を無条件に信じてくれた。すまなかった。一緒にもっといたかった。おばあちゃんを一人で置いていかない方がよかった。理性で抑えつけず、自分の気持ちに正直に生きればよかった。自分の大切なものを守ればよかった。すまなかった。申し訳なかった…

 李由は、そのままこと切れた。


(了)


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