一話 夕立と友達9
駅から以前住んでいた家までは十分ほどだった。
子どもの頃はもっとかかっていたように思ったが、俺の一歩がそれだけ大きくなったということなのだろう。
「ここが、かつての君の家」
今住んでいる家よりも、ここは和室もあり、庭も広かった。
塀があって中の様子は見えないが、まだ次の家主がいないようだ。
それもあってか全体的に暗く、まるで心霊スポットのようにも見えた。
「『その子』が来ているのは庭か」
俺も、ここまで来たら腹を括る。
雨宮先輩に支えられながら、門に手をかけた。
門の鍵は開いていた。
ギィと錆びた音がする。
頭痛が酷い。
中に入り、庭へと歩く。
家まで来る時間は早く思えたが、庭までが長く感じた。
大きな雷鳴が轟いた。
ふっと、俺の肩の力が抜けた。
頭痛が少しずつ引いていく。
気付けば、横に先輩がいない。
「先輩? あめみッ……」
それは、俺の呼び声に重なった。
『竜助!』
目の前に、その子がいる。
あの頃のまま。
何も変わらない。
『竜助! 竜助だ!』
満面の笑みに、大きな涙が流れていた。
「……ずっと待っててくれたのか?」
『約束だったからの』
約束。
俺は、突然分かれてしまったかのように思っていた。
が、最後にあの時の俺はその子に言った言葉があったのだ。
また会いに来るよ、必ず。
「あ……ごめん。遅くなって、ごめん」
『わしも、約束をしていたから』
その子は首を横に振った。
雨がその子と俺の体を優しく撫ぜていく。
「ずっと、気になっていたんだけど、君の名前は?」
『名か――そうさな』
突如、稲光が眼前を照らす。
あまりの眩さに、俺は腕で顔を覆った。
雷鳴に似た雄々しい咆哮が、踏ん張る俺の全身を吹き飛ばしそうになる。
『我は気、水、風そのもの。ナガレルモノ也。人は我をよく流と呼ぶ』
俺が恐る恐る顔を上げれば、そこには巨大な青い龍の姿があった。
鋭い金色の双眸に、どこか『その子』の面影がある。
『竜助、お主のリュウと同じ音じゃ』
無邪気なその言葉に、俺は恐怖よりも温もりを感じた。
あの頃に戻ったような感覚。
「じゃあ、今度からリュウって呼ぶよ」
泥んこになって遊んだ日々が一気に蘇る。
またずっと一緒にいたいと思った。
『今度……』
龍の眼に、一瞬愁いが帯びた。
――と、背後から足音がする。
「竜助にリュウと似たような名前ばかりでは呼ぶ方は困るのだがね」
振り返れば、雨宮先輩が立っていた。
「せっ、先輩⁉ どこ行ってたんですか?」
「どこにも行っていないよ。その御方が少々迷ってくださったおかげで、君と同じ場所に来られたのさ」
前に視線を戻せば、龍は『その子』に戻っていた。
その子は、優しく微笑みながら、静かに涙を流していた。
『あぁ……もう少しだったのに』
「心にもないことを仰る」
さっきから先輩は何を言っているのだろうか。
先輩は、溜息を吐いた。
「君の無責任な言葉が、この御方を危うく邪神にするところだったぞ」
「は?」
黒縁眼鏡をいつものように指で上げた先輩は、呆れたように言う。
「また会いに来る、なんて、曖昧な約束をしてはいけないよ、竜助」
先輩が溜息を吐く。
俺はムッとして彼女を見た。
「じゃあ、どうしたらよかったんですか⁉」
「今住む家にお連れすればいいじゃないか」
「へ?」
これには、俺もその子も呆気に取られた。
「龍はそもそも流れる者。いつでも自分に会いに来てください、と言えば済むことだろう」
『……良いのか? お主達の街は、わしを受け入れてくれるのか?』
「その辺りはご心配なく。後は、竜助がいいのなら」
先輩の黒い瞳と、その子の金色の双眸が俺を見る。
「えっ? お、俺の許可でいいの?」
「もちろん。これは君の……いや、君に関わる者の言の葉から始まっていることだからね。責任は取ってもらわないと」
責任。
俺は、深呼吸をしてその子を――龍を見据えた。
俺とずっと友達でいてくれたその子。
大切な思い出をくれたその子。
今でも友達と思って、約束を守ってくれているその子。
俺だって、ずっと大切な友達だと思っている。
次の約束は決まっていた。
「いつでも会いに来てよ、リュウ」
俺が腕を広げると、可愛らしい姿のリュウは満面の笑みで俺の腕に飛び込んで――
「でぇ……⁉」
巨大な青い龍が俺に突進してきたのだった。
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