一話 夕立と友達11
あれから一週間。
夕立は全くなかった。
その子を思い出すこともなかった。
なぜなら、その子は――
『竜助、これはなんじゃ⁉』
「流貴! それはおもちゃじゃない! 呪いの札っていう……あぁあ、あれこれ触っちゃ駄目って言ってるだろ」
俺にしっかりと憑いているからだ。
『学校という場は面白いのぉ、竜助』
授業中はやっと大人しくしてくれるようになった流貴だが、都市伝説部の部室に来ると気にすることなく俺に話しかけてくる。
当初は『リュウ』と呼んでいたが、俺の名前と被るから親父が新たに『流貴』はどうかと提案してくれた。
最初こそ、『竜助と一緒の名前が良い!』とごねていた流貴だったが、俺が良い名前だと褒めた途端コロッと『流貴が良い!』と言った。
今では呼んでくれとうるさいくらいだ。
「先輩、流貴と一時的に離れる方法はないんですか?」
『えっ⁉ 竜助と離れるなんて嫌だぁ!』
「あぁ、ウソウソ! 冗談! だから、泣かないでくれ!」
周りで騒ぐ俺達に目もくれず、雨宮先輩は都市伝説の雑誌を読みながら横に流れる髪を耳にかけた。
トレードマークとも言える黒縁眼鏡は、流貴がかけてはしゃいでいる。
今、俺達以外の人間がこの部室にどういう風に入ってきたら、卒倒してしまうのではないかと思う。
傍から見れば、眼鏡が宙に浮いているのだから。
「君はそういう類に好かれやすい体質だ。諦めるんだな、龍神君」
「竜助です! てか、なんですか? そういう類って」
読んでいた雑誌を閉じ、先輩は俺と流貴がいる方を交互に見た。
「前も言ったが、私には流貴の姿は見えない。今は眼鏡が飛んでいるから分かるがね。恐らく、君のお父様もそうだろう。その子は、君以外に姿を見せる気はないようだ」
それから、幼い子の視線を合わせるようにして屈んだ彼女は、「流貴君、眼鏡をそろそろ返してください」と流貴がかけている眼鏡を取った。
流貴が小さな手をばたつかせる。
『あぁ! 気に入っていたのにぃ』
「申し訳ないが、これはあげらない」
『なぁ竜助、わしにもせっちゃんと同じのを買うておくれよぉ』
流貴は、先輩のことを『せっちゃん』と呼ぶようになった。
仲良く話しているようにも思えるのだが、その声も先輩には聞こえていないらしい。
「分かった分かった。後で買ってやるから」
『わぁい! 竜助、だぁいすき!』
胸に飛び込んでくる流貴に、一瞬身構えた。
(またあのでかい龍の姿で突進してくるんじゃ……)
あれはトラウマだ。
が、思っていたことは起こらず、幼い子どもがまるでしがみ付くように俺の腕に納まった。
俺は先輩を見ながら、無意識に流貴を抱えて、背中を擦る。
それがよかったのか、うとうとし始める流貴は、人間の子どものように思えた。
(これじゃ、保護者だな)
先輩は、ふぅと息を吐いた。
「そういうところだよ、竜助君」
先輩を見れば、呆れながらも優しく微笑んでいた。
「まさに、君は龍神君だな」
俺はすやすやと寝息を立て始めた流貴の顔を見る。
「寝てると可愛いんだけど。でも、先輩。流貴は留まってはいけないんじゃないんですか? 俺に憑いるってことは、留まってるんじゃ……」
「君と流貴は今や一心同体。君が生きている限り、流貴の気も流れ続ける」
「そうなんだ。よかった」
「……嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しいですよ。やっと友達と再会できたんですから」
物心ついた時からの友達。
俺が心からそう呼べるのは、流貴だけ――
「私だって君を友達だと思っているんだがね、竜助君」
「竜助です! ……え?」
雨宮先輩の方を向けば、彼女はすでに帰り支度を済ませていた。
「ちょっ、……!」
「部室の鍵を頼む」
帰りかけた先輩が、一瞬立ち止まった。
「龍神君、明日は暇か?」
明日は、土曜日。
答えはもちろん。
「竜助です! 暇ですよ!」
気まぐれな友達は、黒縁眼鏡と口角をクイッと上げた。
この部活に入った当初は、夕立の時にだけ現れていた流貴の正体を知りたいだけだった。
だが、俺はいつの間にかこの瞬間、そしてこの言葉を待っている自分がいることに気付いた。
雨宮世津子のスイッチが入った、この時を――
「じゃ、明日の八時に『喫茶ひまわり』で」
~一話完~
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