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義母の評判は、凄まじいものだった。醜聞も醜聞。並のご婦人なら、おそらく聞いたその場で卒倒する。


「顔と身体、それからテクニックで、愛妻家だった公爵を籠絡した妖婦。しかも家に入り込んだ途端、後継の息子とも共寝している、と。これほどの醜聞が、今まで耳に入らなかったのは、わたくしの落ち度なのでしょうか…………」


「マリアは当事者の一人だ。友人だって、気を遣って耳に入れないくらいの節度はある」


兄は、その噂を聞いて面白そうに笑うばかりで、当てにできそうにない。マリアは痛みを覚えるこめかみに軽く指を押し当てて、ぐりぐりと揉み解した。このことを、リーナに伝えるべきかどうか。マリアには判断がつかなかった。


プロムナードを歩いた翌日から、マリアは友人伝てに、義母のリーナに関する噂について調べ始めた。

はじめ、友人たちはマリアに噂のことを話すのを渋った。特に仲の良い三人は、マリアのことを気遣って、そして一度会ったリーナのことを思って口を閉ざしていた。マリアの根気強い説得で重い口を開かせた結果は、予想通りの最低な噂だった。


マリアは、将来的に国外に嫁ぐことがすでに決まっている。実際の輿入れは何年も先になるが、王族と近しい血を共有する姫として、先方の社交界のことをまず把握することに、ここ一、ニ年は腐心していた。そのため、お膝元であるはずの国内の評判への感度が、少しばかりおざなりになってしまっていたことは自覚がある。

リーナは、自らの立場に関して、あまり自覚がない。思いがけず父の後添えになってしまった経緯からも、それは仕方のないことだ。しかも、家の人間に気を遣って、ずっと田舎に引きこもっていたために、発言力のある友人もおらず、助言する立場の人間が味方にもいない。本来であれば、盾になってくれるはずの父は、ほとんど隠居同然で、父亡き後に後見してくれるはずの兄は、現在の妻と離婚してリーナと再婚すると世迷い事を抜かしている。


マリアとて、リーナが義母に収まった経緯を聞いて、一応、友人や取り巻きに、もしこういう噂が広まったら否定しておいてほしいと、先んじて手を打っておいていた。マリアは、自分の影響力をきちんと知っている。だから、マリアがそれなりに手を入れれば、噂はすぐに立ち消えてしまうはずだった。そのつもりで、マリアはクロードの外出の同行に頷いたのだ。仲のいい、義理の親子としてのアピールとして最適だろうと思ったからだ。

蓋を開けてみれば噂はむしろ悪化していて、しかもリーナとクロードは堂々とプロムナードを闊歩している。リーナが愛人の義息子を引き連れ、アクセサリーか何かのように見せつける、爛れた阿婆擦れと思われたのは間違いない。マリアの予想は、父に取り入って妻になった手練れの娼婦というという程度の噂だったが、まさか兄にまで話が飛び火しているとは思わなかった。リーナは王都のタウンハウスからすぐにいなくなってしまったし、姿が見えなければ話もすぐに沈静化すると思っていた。社交界の噂など、一週間もあれば人々は忘れる。しかし、すぐさまそれを撤回しなければ、人々はそれを噂ではなく、事実として扱い始めるのだ。


マリアはそのために手を打っておいたのに、それが全く効力を発揮していないことを訝しんだ。マリアの影響力は小さくない。父の部下にあたる人間の家族、とくに女性にはかなり顔がきくし、発言力も持っている。根回しはしたのに、燎原の火のように広まった噂に、マリアは苦虫を噛み潰した顔になった。


マリアの影響力とて、大きいとはいえ、それを上回る人間はいる。王族は当然で、ライアン家と同格の公爵家、現状では三家族ほどあるが、そこに属する人間であれば、マリアよりも噂を強固に仕立て上げるのは造作もないことだ。しかし、その三家族が、隠居した公爵の妻に対して、そんな噂を流す必要があるだろうか。それに、ライアン家は今のところ、後継が子供を持っていないという程度の問題はあるものの、それに関して、わざわざ他家が口出しをするようなものでもない。まして、隠居した当主の妻になど、噂をあれこれ立てたところで、影響など高が知れている。父が隠居の楽しみに、若い女を囲ったとして、他家からしてそれがなんだというのか。この噂で損をするものと、得をするものを鑑みたとき、圧倒的に損をするのはリーナであり、あまり考えたくはないが、得をするのは兄であるクロードだ。


兄は、リーナを妻にしたいと考えている。マリアは、父が亡くなった後、リーナが身の振り方をどうするつもりなのかを知らない。悪い噂を立てられてしまえば、まともな再婚は見込めない。噂の通りの女であれば、それこそ美貌やテクニックを駆使して、寡男や、金満家の間を泳ぎ渡っていくこともできるだろう。しかし、マリアの見る限り、リーナは普通の良家のお嬢さんだ。父が亡くなれば、クロードを頼りにしていくことしかできないだろう。

いやらしいやり口だ。つまり、敵は外ではなく、身内にいたということになる。


「お兄さま、なぜこんなことを?」


確信を持ってマリアはクロードに聞いたが、クロードは薄く笑みを浮かべて「さあ」と言うばかりだった。

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