15
リーナがそばにいるからか、フィリップの回復は早かった。すっかり先日の事故のことなど忘れた頃に、何の前触れもなくイブリンがタウンハウスに戻ってきた。
そのとき、リーナとフィリップは食堂で昼食を終えて、部屋へと戻る途中だった。
廊下でばったりとイブリンに会い、リーナは硬直した。イブリンもリーナとフィリップを見るなり、みるみると顔が引き攣った。イブリンは早足でリーナに近づき、右手を大きく振り上げた。
「このっ、売女が!どうしてこんなところにいるの!」
イブリンの振り上げた右手は、リーナの左頬に当たることはなかった。イブリンの背後から手が伸びて、振り上げられた右手首を握っていたからだ。
「イブリン、なにをしている」
クロードだった。クロードはイブリンの右手を離したが、目つきは鋭くイブリンを貫いていた。
イブリンは、眉を吊り上げてクロードを見返した。
「あなたの愛人を叩こうとしたのよ。人のものに手を出すなんて、動物よりも浅ましいじゃない。動物以下の泥棒を殴ろうとして、なにが悪いのかしら」
「証拠もなしに、義母を愛人扱いするのか」
「あの息子の顔を見たら誰でもわかるわ!あなたそっくりじゃないの!」
ヒステリックにイブリンが叫ぶ。家中に響く甲高い声に、使用人たちが何事かと集まり始めた。
「人の物に手を出す、ねぇ。ならお前も泥棒なのか?」
クロードの言葉に、イブリンが一瞬怯む。しかし、すぐに気を取り直して、「なんのことかしら」と聞き返した。
「お前の従兄弟の、アイザック、だったか。あれとの間にできた子供を、僕の子供だと偽ってうちに入れようとしただろう。一滴たりともライアン家の血の入らない子供に、家督を継がせようとするのは、泥棒のすることなのではないのか」
「なにを言っているのか、よくわからないわ」
イブリンは気丈にそう答えたが、クロードの態度は変わらなかった。
「アイザックの兄が、大学の先輩だったよしみで教えてくれたよ。お前が向こうの家にいたことも、酔っ払って馬鹿騒ぎをしていたことも。酔っぱらいは声が大きいと、誰も教えてくれなかったのか?」
クロードがそういうと、イブリンは何も言わずに踵を返し、そのままタウンハウスを出て行ってしまった。クロードは後を追わなかった。
この後、イブリンが再びライアン家に戻ってくることはなかった。
次で終わりです。