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「えっ、お父さまのこどもですか?」
「ああ、僕たちの年の離れたきょうだい、ということになるな」
マリアは、父の一周忌に合わせて、タウンハウスからカントリーハウスに来たときに、兄から聞いた言葉に仰天した。
マリアは、父の葬儀以降、連絡のつかなくなってしまったリーナのことを兄に聞いたのだが、その返答がこれだ。リーナが妊娠して、子供を産んだ。マリアは予想もしなかった事態に、ただ、困惑することしかできない。
父はリーナを娘のように可愛がっていて、妻として扱う気はないと思っていたのに、まさか子供ができるとは思わなかった。
「時期的に、父上の忘形見といったところか。父上の葬儀の終わった後に判明した。もう産まれているし、リーナの床上げも終わったから、顔見せをしたいと思っているんだ」
ここのところ、兄はとても機嫌が良い。タウンハウスには寄り付かず、別荘にずっといるようになったと執事から聞いていた。
マリアは何とも言えない気持ちで、兄からの報告を聞いていた。
隣に座っているイブリンの顔つきが強張っていることに気づいていたが、マリアは無視した。
「リーナ」
クロードの声に、リーナが居間に入ってきた。
カントリーハウスに手紙を送っても梨の礫で、音沙汰がなくなってしまっていたので心配していた。そのリーナが、クロードに手招きされて、隣に並ぶ。後ろから乳母と思しき女性が、おくるみにくるまった小さな赤ん坊を連れてきた。
「ほら、マリア。僕たちの弟だ」
クロードの促されて、おくるみの中を覗き込む。小さな赤ん坊が、そこにいた。生まれたての子どもらしい丸い頬と、ふわふわの髪の毛、ほんの小さな手をぎゅっと握って、赤ん坊は眠っていた。
かわいらしい、と思うと同時に、不安が胸をよぎる。
子供の顔が、父というより、兄に似ている。もちろん、兄だって父と血が繋がっているので、似ていて当然だという気もする。しかし、兄はどちらかと言うと母に似ているのだ。王家とゆかりの深い母は美貌で知られていて、眩い金の髪と青紫色の瞳を持っていた。本当に父の血を受け継いでいるのなら、母に似ているのはおかしい。
しかしマリアは、子供の顔は成長すれば変わるものだと、自分を納得させた。
「まぁ、お父さまにそっくり」
子供の父親が誰かなど、いまは関係はない。それよりも、純粋に新しい命そのものの誕生をよろこぼう。これはとても素晴らしいことだ。
マリアの隣で、イブリンもぎこちないながら子供を覗き込み、「かわいらしいわね」と小声で褒めた。
それを受け取ったリーナは、イブリンに負けず劣らずのぎこちなさで、「ありがとうございます」と返事をした。なにか違和感のあるやりとりだった。
それに気づいているのか無視しているのか、ひとまず兄は満足そうに頷いた。
「それで、イブリンに提案だが、この子を僕たち夫婦の養子にしたいと思う」
クロードの言葉に、イブリンは面食らったようだった。咄嗟の言葉が何も出ず、ぽかんとしている。
「結婚してから、子供ができる気配はなかったし、そろそろ後継について考え直す時期としてもちょうどよかった。この子を養子として迎えて、僕の後継に据えたいと思う」
イブリンは、ほぼ断定する形で口に出された兄の言葉に、なにか言おうとしてうまくいかず、もごもごと了承した。突然の言葉に、ついていけないイブリンの気持ちはわかる。なぜこんなに急な話になったのかと、マリアは兄に疑問を覚えた。
「この子に教育を施せる歳になるまでは、リーナが育ててくれる。イブリンは何も心配しなくていい」
クロードはリーナの肩を抱いて、乳母と赤ん坊と出て行ってしまった。