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マークが出て行ってニ月ほどしてから、リーナは夕飯の終わった折に、クロードに切り出した。


「お話があるんです」


リーナの顔つきに何か察したのか、クロードはリーナの自室で話をしようと誘った。

侍女はお茶を入れて、部屋を出て行った。

クロードと二人きりになって、リーナは唇をお茶で湿らせてから話し始めた。


「クロードさまの好意に甘えて、今までここに置いてもらいましたが、そろそろ身の振り方をご相談しようと思って」


リーナの言葉に、クロードは面白そうに片眉を上げた。


「なるほど、リーナはここを出ていきたいと」


「いえ、そういうわけでは。でも、マークも寄宿学校に行ったので、私も、次の人生を考えなければいけないと思ったんです。それで……」


「それで、リーナはどうしたいんだ?」


「私は、おじさまと結婚してから、なにもライアン家に報いることをしていません。ずっと、おじさまの庇護の元にいました。本来の妻であれば、夫を支え、子供を育て、家を守ることを考えればいいのでしょうが、もうすでにライアン家はイブリンさまがいらっしゃいますし、一度義母となった人間に居座られても厄介なだけでしょう。なので、王族の侍女になるか、再婚ができればと考えています」


リーナの言葉を、クロードはじっと聞いていた。


「このどちらも、わたしにはツテがありません。王族の侍女であればマリアさまからのご紹介も有効だとは思いますが、クロードさまからもご紹介いただければ、なおのこと心強いかと思います。再婚に関しては……すみません、全面的にクロードさまを頼ることになるかと……。ですが、ご紹介されたお相手には誠心誠意尽くしたいと思います」


リーナの言葉に、クロードは堪えきれないと言わんばかりに笑い始めた。大声で笑い始めたクロードに、リーナはどう反応すればいいか分からず、固まってしまった。


「はぁ、ああ、面白い。再婚?しかも僕が紹介するのか?リーナの新しい夫を?」


自分で言いながら、クロードはまた笑いの発作に襲われていた。ひいひい笑いながら、クロードは涙を拭った。


「だめだ、リーナやめてくれ。面白すぎて息が止まる」


「冗談ではないのですが……再婚が難しいなら、王族の侍女の紹介をお願いできませんか」


「王族の侍女は審査が厳しい。外聞の悪い噂があったりしたら、はねられてしまう。清廉潔白な公爵夫人だろうと、すぐに入るのは難しいだろうな」


「そうなのですか……」


リーナはつくづく自分が世間知らずなのだと思い知った。なんとなく、公爵夫人なら、すぐに王族のそばに行けるものだと思っていた。


「そんなに、ここを出ていきたいのか?」


クロードが、じっとリーナを見据える。さっきまで柔らかかったクロードの雰囲気が、硬質なものに変わる。

青紫色の瞳が、獲物を見つめるように、リーナを貫いていた。


「いえ、その、だって、私、なにもできていません……家のためのことを……」


クロードの視線に、喉を掴まれたような気がして、リーナは息苦しさを感じた。緊張からくる口渇に、しかし、お茶を口に持っていくことはできなかった。


「ライアン家に報いたいと、貢献したいと、リーナはそう思ってくれるんだな。なら、方法が一つだけある。リーナが、一つ頷いてくれるだけでいい」


にこやかなクロードの瞳は、すこしも笑っていなかった。


「ライアン家への貢献とは、僕への貢献だ。そうだろう、リーナ」


クロードは、リーナを追い詰めるように言う。


「その通りです。……私は、クロードさまのご判断に従います」


リーナの答えに非常に満足した面持ちで、クロードが頷く。


「そうか、リーナがよく理解してくれてうれしい。なら、おいで」


クロードが立ち上がり、リーナに手を差し出す。

なぜ、手を差し出されたのかわからず、リーナは椅子に座ったまま、固まった。


「リーナ、手を取るだけでいい」


クロードが、柔らかく甘い声でリーナの名前を呼ぶ。

滴るような甘い声に、リーナは激しい危機感と違和感を覚えた。

何か言おうとして形にならず、立ち上がって後ろに後退る。


「すみません、喉が渇いたのでおかわりをもらってきます」


後ろを振り向かず、リーナは部屋から逃げ出した。




「だれか!だれかいないの!?」


屋敷の中で声を張っても、誰一人出てこない。クロードと部屋に入ったときは、侍女がお茶を入れてくれた。侍女の控室をのぞいても人一人おらず、声をあげても、探し回ってもだれも出てきてくれなかった。


「だれか、お願いだから……!だれかいないの……!?」


祈るようにリーナは屋敷の中を早足で歩き回ったが、猫の子一匹出てこなかった。

絶望的な気持ちで、リーナは食堂へと足を踏み入れて、やっと一人、執事が立っているのを見つけた。


「だれも見つからないから、探したのよ……」


だれも屋敷にいないという異常事態から、逃げ出せたような気がした。執事がいてくれれば、あのクロードと相対しても乗り切れると思った。二人きりで会う勇気がない。

ほっと胸を撫で下ろして、リーナは執事に近づいた。


「申し訳ありません、奥さま。旦那さまのご指示でしたので」


「そうだったの、わかりました。お茶のおかわりを入れてくれる?」


「いや、おかわりはいらないだろう」


リーナは背後から聞こえた声に、ぎくりと背筋を強張らせた。


「お部屋のご用意がすみました」


執事が慇懃に腰を折る。


「ご苦労」


リーナの背後から現れたのは、クロードだった。リーナの手首を掴んで、軽く引く。


「ポットの中にはたっぷりお茶も入っている。すこし冷めてしまったかもしれないが、まだ飲めるはずだ。準備も終わった。さぁ、部屋へ戻ろう」


リーナは掴まれた手首をひいたが、びくりともしなかった。

視線を執事に向けるが、リーナと目線がどうしても合わない。一緒に来て欲しいと手を伸ばすが、執事は微動だにしなかった。

そうだ、なぜなら、執事の主人はリーナではない。そのことに気づいて、リーナの心は折れた。ここに味方はいない。

どんなに怖くて逃げても、クロードに捕まえられてしまう。震えながら、リーナは執事に伸ばしていた手を下ろした。

ひたひたと、足元に不安が押し寄せてくる。優しいと思っていたクロードから、得体の知れない恐怖を感じる。不安がリーナを押しつぶして、恐慌に泣きそうだ。手をぎゅっと握りしめて泣き叫ぶのをこらえた。

足が震えそうになるが、リーナはそれを誤魔化すために歯を強く食いしばった。怯えているところを見せたくない。つまらない、リーナの意地だった。


「クロードさま、わたし、逃げませんから」


固い声でリーナがそう言うと、肩をすくめてクロードが手を離してくれた。代わりに、リーナの腰を抱いた。


「リーナ、いい子だ」





万一のために食堂に残った執事は、その後に奥の部屋から執事の名前と侍女の名前を、助けを求めるようになんども呼ぶリーナの声を聞いた。痛々しい呼び声は悲痛な静止の声に変わり、それから一晩中、啜り泣く声が聞こえていた。


啜り泣きは、明け方近くに、ようやく疲れたように止んだ。

啜り泣きが止む頃に、屋敷の外で一晩過ごしていた使用人が、音を立てずに戻ってきた。

侍女はきれいなシーツを用意して、時間を見ながら、女主人がすぐにお湯を使えるように浴室の準備を始めた。



この日から、クロードは夜の間もこの屋敷で過ごすようになった。





書き溜め分が終わったので、次の更新まで少し空きます。

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