プロローグ
異世界転生物が思いつかなかったので、ひとまずファンタジーに振り切ってみました!かわいそうな主人公ですが、最後はもうちょっとマシな境遇になる予定です。
リーナの両親は苦しんで死んだ。
ひどい熱と咳のせいで、喉奥が切れて血を吐いていた。両親の枕元は喉からの血で汚れ、部屋の中は色濃い死の匂いがいっぱいに詰まっていた。
国中が、病に侵されていた。南の国からやってきたその病は、瞬く間に貴賎問わず広がって、墓掘り人の収入を前年の十倍にした。
棺桶職人の手が間に合わず、金がない庶民は、故人が生前に使っていた寝具にくるんで埋葬した。墓場は連日満員御礼で、毎日誰かしらが埋葬され、入り口には身元のわからない死体が投げ込まれて、丸太のように転がっていた。
国中どこに行っても腐敗のにおいが常に漂い、晴れていてもどこか薄暗い。街を歩く人々はみな、神経質そうに喪服の襟をきつく詰めていた。
そんな最中の、不幸だった。リーナの両親も、ある日突然体調を崩して、あれよあれよと亡くなってしまった。長患いをせず、苦しむ時間が短かったことだけが幸福かもしれない。
使用人の手を借りて、先祖代々の墓に両親のむくろをおさめて、それから、リーナは現実を見た。
リーナの一族は、病の煽りをまともに食らって、ほとんどの人間がいなくなってしまっていた。
父の一族は壊滅的で、母の一族は力がない。
父には兄弟がいたが、そちらの一家も病で一人娘が残っただけ。高祖父の代まで遡ってやっと、高祖父の末弟の係累がわずかに残っているだけだった。かなりの遠縁だ。だが、成人している係累が、ここしか見つからなかった。
ある日、彼らは突然リーナの家に現れて、居丈高に言い放った。
「今日からお前たちの面倒を見てやる」
リーナはまだ成人していない。両親からの遺産を正当に引き継げるのは、直系男子である、まだ幼い弟だけだ。弟が成人するまで、家の資産は、後見人である彼らにしか動かせなかった。
もちろん、それにも制限はある。総資産がそれなりにあるリーナの家の収入は、平民の年収を超えるものだ。
後見人は、リーナの家の財産を一部しか動かせないことを代理人から知らされると、忌々しそうに舌打ちした。リーナが成人すれば資産の凍結は解除されるが、それはリーナにしか動かせない。
後見人は、リーナの家にやってきて、一年ほどは大人しくしていたが、ある日突然、にやにやと笑いながら言った。
「お前に縁談を持ってきてやったぞ」
とんでもない話だ。ようは厄介払いだ。
リーナが成人してしまえば、後見人はいらなくなる。しかし、それはリーナが未婚の成人として家に残る場合だ。成人する前に結婚なりで家を出てしまえば、弟一人が家に残されることになる。つまり、まだ後見人が必要になる。弟が成人するまで10年近くある。それまで、彼らに家を好き勝手荒らされるわけにはいかない。
しかし、リーナにはなすすべがなかった。
頼れるはずの親類は、みな神のみもとに旅立ってしまい、自分の同じく後見人を必要とする年頃の少女しか残っていない。
「いや!」
真っ青に青ざめてリーナは叫んだが、後見人は聞き入れなかった。リーナに用意された結婚は、鳥肌の立つようなものだった。
後見人の母方の従兄弟にあたる、50過ぎの商人が、リーナの結婚相手として用意された男だった。妻には先立たれているが、何人も愛人を囲っていて、リーナよりも年上の子供もいる。
屋敷の使用人に、相手の人となりを知っている人間がいて、曰く、どうも女に手をあげる男らしいということを聞かされた。前妻はひどく折檻されて、その怪我が元で亡くなったともっぱらの噂だった。
リーナはもう、何も考えられなかった。
頭の中が真っ白で、なにも手につかない。何もしていないのに涙が出てくる。
このままではぞっとするような婚姻を結ばされて、嫁いだ先で殴られることに怯えながら暮らさなければいけない。自分がなにをしたというのだ。ただ、暮らしていただけなのに、どうしてこんな、地獄へと連れていかなければならないのか。
リーナは毎日、泣いて暮らした。
リーナのような若い女が一人で家を出て、自活するすべはない。どこにも頼る先がない。いっそのこと、母方の祖父母の家へと逃げ込むことも考えたが、結局連れ戻されて、祖父母に迷惑をかけるだけに終わりそうだ。
叔父や叔母も、病で体を壊して、リーナの家のように縁者を多く亡くしている。リーナに頼られても、困るだけだ。
リーナは毎日訪れる不安に胸を締め付けられながら、夜を過ごした。重く暗い闇はリーナを深く飲み込んで、ひとときの安らぎを与えてくれた。眠っている時だけが、リーナに幸福をもたらした。
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