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「ユイ、今度ユイのお母さんになる人だよ」

 布団に入ったユイに、父親はスマホを出して写真を見せた。ユイがスマホを覗き込む。穏やかな微笑みを浮かべた女の人が写っていた。母親よりずっと若い。

「わあ、優しそうだね」

「ああ、優しいよ。それにお金持ちでね、ユイの欲しい物はなんでも買ってくれるよ」

「本当? うれしい!」

 ユイはふいに真面目な顔をして父親を見上げた。

「あのね、パパ。ユイはね、ユイの欲しい物を買ってくれなくてもいいの。ユイを使って人をいじめたりするひっどいママじゃなければいいの。今度のお母さんはそんなこと、しないよね?」

 必死の願いをこめてユイが父親を見つめる。父親は幼子の切実な悩みに、深い愛情を覚えた。

「ああ、しないよ。とてもいい人だよ」

「良かったー」

 ユイの顔に笑顔が広がる。ふうっと体から力が抜けたのがわかる。

「近い内に一緒に食事をしよう、さ、今日はもう寝なさい」

「うん、おやすみなさい」

 ユイは布団に潜り込んだ。お気に入りのクマさんのぬいぐるみを抱き寄せる。すぐに眠りに落ちた。

 父親は枕元の電気を消しユイを起さないようにそっと部屋を出た。別室で恋人にメールを送る。

(『明後日の金曜日、空いているかい? ユイが会いたがっているんだ。予定がなければ、三人で食事をしよう』)

 すぐに返事が来た。私もユイちゃんに会いたい、小さな子供も入れる落ち着いたレストランに予約を入れておくと。父親は恋人の写真をスマホのモニター画面の上から愛しそうに撫でた。妻がママ友達との付き合いにのめり込んで行くのを苦い思いで見ていた時、今の恋人と知り合った。後悔はしていない。

 結婚した頃、妻は家庭的な優しい女だった。それが、一体何故、こんなにも変わってしまったのだろう? それともこれが彼女の本性だったのだろうか?

 徒党を組んで人を虐めるような女に成り下がるとは。

 父親は書斎代わりにしている机の下から段ボールの箱を引き出した。蓋をあける。中から取り出したのは、人型ひとがたの人工皮膜だった。友人の会社が開発した物でまだ市販されていない試作品だ。若い女の体を特別に作って貰った。服を脱ぎ腹側の割れた部分から体を滑り込ませる。鏡の前に立ちジッパーを上げた。腹周りの贅肉がぐっと締め上げられる。若い女の体になった。服を着て人工皮膜に植えられた長い黒髪を手で梳いて整える。

『「ちょっと、あんた!」』

 女の声になっている。

(あごの先にボイスチェンジャーを入れたのは正解だったな。人相もかえられるし、何より発声が自然に出来る)

『「あんた、今、この子にあたしをママって呼ばせたわよね」』

 父親は、あの日、妻に向って言った台詞をもう一度鏡に向って言っていた。

 妻には自白させる必要があった。ユイに「ママー」と言わせてあの女性を虐めたのだと。

 鏡の中には、黒いスーツを着た尖ったアゴの女が映っていた。


(終)


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