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赤錆の雨

高校から卒業する「私」は何にも自信が持てず、将来に不安を感じていた。

大学に入ってからもそれは変わらず、新たな一歩を踏み出そうとするも失敗し打ちのめされてしまう。

そんな「私」の前に、不思議な女性が現れる……。

 三年間通った学び舎から卒業する日、空は今にも崩れ落ちそうな重苦しい雲に覆われていて、私の未来に暗雲が立ち込めていることを暗示しているかのようだった。高校生活を振り返ってみても、なにかをやりきったという自信をもてる体験が思いつかない。思えば、中学の卒業式でも同じようなことを考えていた気がする。

 物思いから意識を現実に戻してみると、紅白で彩られた体育館の壇上では、よく知らない偉い地位にいるのであろう人がありがたいのであろう言葉を授けてくれていた。どこかで聞いたような激励・エール。なにかしら変化をつけようという気遣いなのか、自分の体験談を交えて語っていた言葉は数百人いる卒業生のうち何人に響いているのだろうか。それとも、私以外の生徒はみな感動に打ち震えているのだろうか。まあ、斜め前に座る生徒指導の常連であった生徒がこっくりこっくりと夢の大海へ舟を漕いでいるのを見るに、そんなことはないのだろう。

 ふと、この光景に強いデジャブを感じた。何か近い体験をしたことがあっただろうか。普段なら気にしないような感覚だったがちょうど暇を持て余していたこともあり、スピーカーから聞こえる声を聞き流しながら記憶を探っていく。卒業生を囲うように座っている父系を見ていると、顔に深いしわの刻まれた、おそらく卒業生の祖父母と思われる人たちが目に入った。

 その顔を見た時、デジャブの原因であろう出来事を思い出した。毎年梅雨時期になると行われていた戦争体験の講話会だ。小学生のころは比較的真面目に聞いていたような気がするが、結局行きつく先は戦争がいけないことだという同じ結論だ。時がたつにつれてそのことに気づいていった私は、講話への興味を無くしていった。私は冷血で人の痛みがわからない非道な人間なのかと思うこともあったが、周りの反応が似たようなものだったので安堵した覚えがある。

 今壇上で話しているあの人も、講話会で話していたあの人も、私たちのために文章を考えて来てくれたのだろうけど、何故私の心に響かないのだろう。やはり私の感受性や共感する力がないからだろうか。

 結局のところ、彼らの話したことは経験に基づいたものだ。目で見て、肌で感じて、ダイレクトに心に刻み込まれた経験を、私は想像で補わなければならない。そこで生まれる溝が深すぎる。どうしたって私には対岸の火事のように感じられる。おそらく、この溝を埋められるだけの想像力と感受性を持っている人が、戦争体験の新たな語り部となっていくのだろう。

 気がつくと偉い人の挨拶は終わり、プログラムは卒業証書授与に移ろうとしていた。


卒業式から一カ月ほどたって、私は大学生になった。身分は変わり、制服を着ることも無くなったが、肝心の私は何も変わった気がしなかった。着なれないスーツを来て臨んだ入学式は、煩わしい校則から解放された反動からなのか髪の毛を真っ赤やら真っ青やらに染めて参加してきた人たちに圧倒されながら過ごした。入学式後、学籍番号で割り振られたゼミのオリエンテーションで講義開始日まで数日の余裕があるのがわかった。なにをしていたらいいのか悩み始めたところに教員からサークル見学をしてみてはどうかというアドバイスを頂き、翌日からいくつかサークルを覗いて見ることにした。

入学式の翌日は昨日の賑わいとは打って変わって、構内の人影はまばらだった。人混みが好きではない私は少し安心して、大学の掲示板いっぱいに貼られた勧誘ポスターを眺めながらどこから攻めようかとあれこれ考え始めた。厳しい体育会系の雰囲気は合わないことが過去に部活動から逃亡した経験から理解していたので、文化系のサークルをいくつかピックアップして見ていくことにした。趣味で楽器を触っていたので一番興味のあった音楽系のサークルは、説明を聞くと予想に反してスケジュールがガチガチに詰まっていてイメージと違ったことにがっかりした。その後所属している人たちを観察していると、彼らのやりとりから体育会系の気配を感じて早々に退散した。すぐ近くに高校では存在していなかった社会系のサークルがあったが、学生運動に熱意を注げるのかと考えると甚だ疑問であった為、見学すらしなかった。

その後、ボランティアサークルやら文芸サークルやらを見て回ったが、どこもしっくりこなかった。完成されている人間関係に入っていくのは難易度が高いし、全く会話がないようなサークルは、それはそれで入っていけない。以前から団体行動や人間関係が得意ではなかったが、大学生になっても改善されていないことに自分で自分が嫌になる。そもそも自分がサークル活動になにを求めているのかもよくわかっていないのだ。一度思考がネガティブに寄ると、延々と暗い思考のループに陥っていく。

 無意識に歩いていたらしく、気がつくと建物の出入り口まで戻っていた。結局入りたいサークルは無かったな、と諦めて帰ろうか考え始めた時、ふと入り口に設置してあるポストに目が行った。無数にあるサークル用のポスト群。その中に心霊研究会という文字を見つけた。先程確認したポスターの中には無かったが、こんなサークルもあるのかと興味を惹かれた。

私はオカルトや幽霊、妖怪が好きだった。きっかけは小学校の頃に読んだ妖怪図鑑だったと思う。幻想的だが、すぐ隣で息をひそめているかもしれない恐ろしさは幼い私を夢中にさせた。そこから発展していって黒魔術やら宇宙との交信やらにハマッていた時期もあった。今はそれほど信じていないが、それでもそういった話を聞くのは好きだ。最後にここを見学して帰ろう。そう決めて、心霊研究会の場所を確認した。


「はあ、見学……」

埃と錆で汚れたプレートに消えかけた文字で心霊研究会と書かれた扉を見つけ、ノックしてみる。数秒して中から顔を出した男性に見学したい旨を伝えると、そんな反応をされた。

歓迎されてないな、とこの時点で後悔し始める。よく考えれば、ポスターを出していないということは新入生を募集していないってことじゃないのか。自分の浅慮さに頭が痛くなる。

「とりあえず、中へどうぞ」

「あっはい」

本当はもう帰りたかったが、つい返事をしてしまった。私の返事を聞いた男性は部屋の中へ引っ込んでいき、部屋の中に入れるようになった。部屋の中は電気がついているのに薄暗く、古い市立図書館のようなカビと埃の匂いがした。

部屋の中には数人の男女がいた。いかにもそういうジャンルが好きそうだと思わせられる長髪で黒ぶち眼鏡の痩せた女性や、逆に全く縁のなさそうな筋肉質で日焼けした大柄の男性。他にもさまざまなタイプの人たちが一斉に私を見る。人に見られること人に慣れていない私は思わず固まって動けなくなる。

「どうしたの、その子」

誰が言ったかはわからないが、そんな声が聞こえた。何か言わなくてはと口を開くも、喉からは何も出てこない。

「見学だって」

何も言わない私を見かねてか、応対してくれた男性がそう説明した。それを聞いて、納得した彼らは、私を無視して話を始めた。内容は他愛もない世間話、どの講義をとるかや友人の誰かがどうだといった話。それが私には結界が張られたように感じた。一切異物を受け入れる気のない空間。それを感じ取った時、思わず吐いてしまいそうになる。

 頭のくらくらしてきた私に、最初の男性がサークルの説明を始める。虚ろな頭でそれを聞く。もちろん何も残らない。ふと天井の電灯が目に入る。縦に細長い電灯が二本嵌る筈の場所に一本しか入っていない。道理で薄暗いわけだ、なんて、限界の近い私は全く関係無いことを考えだしていた。

気がつくと自分の車の中にいた。いつの間にか、部屋を出て戻ってきていたようだ。部屋に入ってからのことが上手く思い出せない。私はどう言ってあの空間から抜け出したのだろう。

こんなにも自分の事を嫌悪するのは久しぶりだった。自分だけが疎外されていることを感じてしまうのは耐えられない。きっと応対した男性も、呼んでもいないやつがきて迷惑だったろう。いや、そんなわけない。何を根拠に彼の心理を語っているんだ。私は下種な勘繰りをする最低な奴。

 勝手に色々考えて、勝手に暗闇へ落ちていく。朝は晴れていたのに今はフロントガラスを雨粒が叩いている。雨音で外界と隔絶されていく車内で私はひざを抱えて泣いていた。


 梅雨の、しとしと雨が降り続く日の午後。大学の薄暗い構内を歩いていると不意に声をかけられた。若い女性の声。しかし聞き覚えがない声だ。振り返ると、顔だけは知っている、しかしやはり、話したことはない女性が立っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 縦書きで読んでみました、とても雰囲気のある文体で、読む人を選ぶかもしれないですがわたしは好きです 主人公の心情をじっくり書いていらっしゃるので、どこかに共感できると物語に没入しやすいだろう…
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