バカは死んでも治らない! ~死ねない俺と、死んだあいつ。そして、死ねるお前~
「ねぇ、ジーベン。君はやっぱり、死ぬべきだよ」
愛する人への復讐のために冒険者家業を続けるジーベン・ストロングウィルには、一人のストーカーがいる。
それは、屈託のない笑顔で人に死ねと言う、ろくでもない金髪美少女。言霊と呼ばれる異能力の中でも珍しい、不死の能力を持つからと、殺される快楽に目覚めてしまった被殺趣味の変態。彼女は同じく不死の能力を持つジーベンに興味を持ち、殺してくれだの死んでくれだの、うるさく付きまとうようになってしまったのだ!
「うるせぇ、俺はあいつの仇をとるまで死ねないんだよ」
「えー、そのくせ、死ぬようなことばっかりして」
不死の能力をいいことに無茶をするジーベンと、そんな死に方に文句をつけるラブリア。彼らの珍道中は、やがて彼ら自身の在り方を変えていく。
不謹慎全開で送る、ダークラブコメ!
――この世には、美しい檻も、醜い恋も、ありはしない。
死にたい人は死んでいいのだと、ラブリア・ハートフィーリングは心から思う。遺される人の悲しみ、あるいは迷惑を考えろとか、はたまたそれは人生から逃げているだけだろうとか。そういう、死にたがらない人間による迫害を真に受ける必要なんてないのだ。
死んでしまえばいい。死とはおおよそ、これ以上ない命の証明であって、人生に一度きりの、最高にキモチいいことなのだから。
「やめるんだ、君たち!」
だがそれは、死にたい人だけが死んでいいと言い換えることもできて。せっかくの臨死体験を無下にするのもまた、ラブリア・ハートフィーリングには許せない。その信念に基づいた叫びが森の中に響いた。
彼女はおよそ、森の似合わない美少女だ。肩の高さに切りそろえられたくすんだブロンドヘア。深い紅色のワンピースがその可憐さを引き立てる。磨かれた象牙のように白く輝く手足には、森の枝葉に引っかかれたのか、赤い線が目立っていた。
彼女は息を荒くして言葉をつなぐ。
「殺し合いなんて、はぁ、よくないだろう? 君らの明るい未来をっ、どうしてっ、無駄にしようとするんだい? ボクは悲しい! はぁ、悲しすぎて、涙がちょちょぎれるってものさ!」
今、まさに殺し合いを始めようとしていた数十人と一人の視線が、ラブリアという闖入者に集まる。すわ、新たな敵かという殺意をはらんだ疑念。ちりちりと肌を刺す感触に身震いをして。
「もし、それでも! どーっしてもというのなら!」
ラブリアはじゅるりと涎をすすり、血色の瞳を輝かせて求めるのだ。
「ボクを! このボクを、殺してくださいおねがいしますぅ!」
「だまれ。この被殺趣味のストーカー」
「ぷえっ」
がいん。たった一人、呆れた視線しか向けていなかった青年の大剣が、分厚い鉄板として少女の頭を打つ。頭の上を星が回って、ラブリアはパタリと倒れた。ちょっとどころじゃなく嬉しそうな表情で。そして、残される微妙な空気。
「あー、その。あれだ」
青年は頭をかきながら、自分を殺そうとしていたはずの数十人(盗賊)を見渡して。
「こいつ、実は変態なんだ」
「「「だろうな」」」
◇◆◇
俺と、この変態美少女との出会いは、およそ一ヶ月前にまで遡る。
ちょうどあれも、山賊か何かの討伐依頼をこなしている時だった。賊と言っても、物欲よりも暴力のために人を襲うような、傭兵崩れの快楽殺人者どもで。そんな奴らだからこそ、俺の求める情報を何かしら持っているかもしれないという期待があったのは覚えている。
「い゛い゛っ! だめっ、ほんとに逝っちゃう!」
でなきゃあ、あんなキチガイじみた嬌声のする洞穴になんぞ入らなかった。
握った松明の明かりを頼りに、湿度の高い土色の通路を歩くのだが、とにかくうるさい。真っ暗に口を開けた洞窟の奥というのは、本来空恐ろしくあるはずなのだが、むせ返る情事の気配に頭痛がした。
最近、山賊たちがあまり被害を出さなくなったというのは、もしや具合のいい奴隷でも見つけたからなのだろうか。
そう思うと胸の奥がざわつく。たとえ、たとえ女の子が悦んでいるように聞こえても、かよわい女の子を生贄にしているようですわりが悪い。俺は背負った大剣の肩帯を握りしめ、駆けだした。
やがて、行く手に明かりが見えた。この先の岩盤をくりぬいて広間にしているのだろう、反響した声が漏れ聞こえる。松明を投げ捨て、大剣の柄に手を添え。複数の人の気配の中に転がり込む。
「冒険者だ! 動けば殺すぞ!」
大剣を構え威嚇した。俺の身の幅ほどもある大剣は、振りかざすだけで腕の筋のちぎれる思いがする分、視覚的な圧というやつがある。
通路は何も部屋の中央につながっていたわけではないらしく、俺は楕円形の端に陣取っていた。大きさだけで言えば、ちょっとした礼拝堂にも劣らない洞内に視線を滑らせれば、敵、敵、敵。部屋の奥で行われていた何事かに熱狂していた彼らが、興醒めだとばかりにこちらへ振り向く。汗の酸っぱい臭いと、不衛生な血生臭さがぷんと鼻をついた。
「冒険者だぁ? 名を名乗れよ、坊主」
そんな人の波を割って、大男が歩み出る。酒精に顔を赤くしたその男は、何故か返り血に濡れてこそいるが、他の男どもより身なりが上等だ。おそらく、頭目なのだろう。
俺は大剣の切っ先をそいつに向けなおして答える。
「ジーベン。ジーベン・ストロングウィル」
聞くなり、頭目は顎髭をさすり、わざとらしく首をひねった。
「聞いたことねぇな。この俺が。この俺がだぜ? なぁ、野郎ども、それがどういう意味か、分かるよな」
「へへっ、わかりまさぁ」
「もちろんですよ」
彼が周囲の子分どもに同意を求めれば、誰も彼もがぎらぎらとした笑みを浮かべて応じた。手にした凶器の数々を思い思いに構え、舌なめずりしている。頭目は満足げにうなずいて。
「そうよ。こいつはなぶり殺し確定ってことだぜ」
彼の一言を皮切りに、歓声が沸いた。
「Fooooo!!!」
「うーん、気持ちよかった!」
「久々の戦闘だぁ!」
もう、誰がいつ襲い掛かってきてもおかしくない。熱狂。
「ねぇ、次はどう殺してくれるんだい」
「まちきれねぇや! 早くやっちゃいやしょうぜ!」
「まぁ待て。せっかく飛び込んできてくれた夏の虫だ」
俺も大剣を握る手に唾を吐き、臨戦態勢をとる。彼女が俺にかけてくれた言霊があっても、それでも油断は禁物だ。
「思いっきしぶっ殺さねえと失礼だ! そうだろう!」
「うおおおおお!!!」
「ねぇ、ねぇってば!」
来る。
敵は多勢。一対数十。すべてに一度に対処はできないから、まずは先頭の一人を狙え。
前に構えていた大剣を引き戻し、振りかぶり。断裂する筋肉の感触を感じながら。
まずは、機先を制す――!
「ボクを差し置いて死のうだなん――ぐぇっ」
はずだったのに。
絶妙のタイミングで俺の大剣の前に現れた金髪美少女は、そのまま叩き潰された。潰れたカエルみたいな声をあげて潰れたカエルみたいになった。
「……え? なんで?」
俺だけでなく、俺を殺そうとしていた山賊団も一時停止する。
そういえば、もともと女の子のいかがわしい声を聞きつけて駆けだしてきたのだった。
初心に帰ったうえで自分の大剣を持ち上げてみると、クソ、見間違いじゃあなかった。事故とはいえ、まさか……。
対して、山賊たちは。いたって平然とした様子で互いに目を見合わせた後。
「「「ま、いぃか」」」
「いや、軽いな?!」
きっと彼らにとって、上等のオモチャだったであろう少女の死体を踏みつけにして、殺到する野蛮人。戸惑う俺。
それがラブリアを殺した、最初の日だった。
◇◆◇
「はっ! ボクはもしかして、死んだのかい?!」
「そらぁ、戦闘の只中で気絶してたらな」
「くそぅ、せっかくの快感を、覚えてないなんて……」
「そっちかよ」
森での戦闘の途中、斬り倒された盗賊の短剣が胸に刺さって死んだラブリアが、今は元気に打ちひしがれている。もはや驚かない。
何を隠そう、これが彼女の言霊である、『宝剣を持つものは名剣を持たない』の能力だから。彼女にとって今生が至高である以上、他の生へ転じることを意味する死という概念は、彼女に存在しないのだ。
よって、彼女は死ぬたびに淡く発光しては、傷一つない身体に元通り。今や調子も元に戻って、「ジーベン、ボクもこの人みたいに真っ二つが良かったなぁ」と、指をくわえて周囲の死体を物色していたりする。彼女が死んでいる間に、俺が始末した盗賊たちだ。
「ほんと、趣味が悪いよな」
「そうかい? 君よりはマトモだと思うけど」
「言ってろ」
快楽殺人者のもとに自分から出向いて行って、毎日殺される生活をしていた被殺趣味のくせに。
辟易しつつ、よっこらせと立ち上がったところ。
「なぁんだ」
ラブリアがばっとこちらに振り返った。にまにましつつ俺のそばまですり寄ってくる。気色悪い。
「君も死ぬんじゃないか。どうする? 一緒にイってあげようか?」
「は?」
言われ、彼女にほれほれと指差され、やっと気づいた。俺の腹には大きな裂傷があって、血がぼとぼととこぼれ落ちている。致命傷。だからなんだという話なのだが、ラブリアは分かった上でふざけているから鬱陶しい。
適当にあしらっているうち、『あいつ』は来た。
ぞわりと。体内をはいずる感覚。
それは腹部の傷へと集まって、やがて傷口の中から顔をのぞかせた。影色をした赤子の手。幾本ものそれが抱きよせるように傷口の端を引き寄せて閉じていく。そして最後には、傷口に馴染み、黒い痣として塞いでくれる。彼女が最期にかけてくれた、不死の言霊。
「ぶー。またそれかい」
ラブリアはぶんむくれる。だが、知ったことじゃない。
「当たり前だ。この言霊をかけてくれたあいつの仇を取るまで、俺は死ねないんだよ」
思うに。それがきっと、彼女がこの力をくれた意味だから。勝手についてくるだけのストーカーに何を言われたくもない。
「その割に、死ぬようなことばっかして。ボクには、簡単に死ぬんじゃないって言ったくせにね」
「うるせぇ」
「……ふふ。まぁ、君はそういう人だ」
相手をするのが面倒で歩き出すと、当然のようについてくる。殺してもついてくるし、なんなら殺された方が嬉しそうについてくる、どうしようもない変態だ。
「ねぇ、ジーベン」
「なんだよ」
だから、彼女の言葉は聞く意味を持たない。
「君はやっぱり、死ぬべきだよ」
持たない、はずだ。