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カルト•スクランブル

かつてオカルトSFというジャンルで一大ブームを引き起こした作家、白井康太。しかしブームは去り、スランプに陥ってしまう。

そんな折、元担当である山坂明津から連絡があり、彼から一つの提案が持ちかけられる。それは怪奇現象を実際に体験して、このスランプを打ち破って新作を書いてくれというものだった……。

そして始まる怪奇、怪奇、怪奇!


 ぼくが作家だということに異論を挟む人間はけしていないだろうが、しかし落ちぶれ、零落した作家だと誰もが思っていることだろう。


 かつて一時代を築いたジャンルがある。それはオカルトSFというジャンルだ。ぼくはそのジャンルの先駆けであり、常に先頭を走り続けたような男だった。どんなジャンルかということを知りたければ、まず、僕、白井康太のデビュー作である「サンザカルト」から入り、そして一連のサンザシリーズをあらかた読み終えてから、後追いの作品に入っていけばいい。


「サンザシリーズ」は、科学vsオカルトを描いた作品だ。粗暴で霊的なものを信仰するが霊感は一切ない、オカルト番組の監督達が主人公で、神道や仏教などの霊能力者、物理学などを専門とする科学者達の力を借りて怪奇現象を解明していく、というシリーズだ。しかし実際に起こる怪奇現象に、霊能力者や科学者達は歯がたたない。そこで主人公である監督達が、色々な手で危機を乗り越えていく……。そんなあらすじになっている。


 とにかくぼくはこのジャンルで一時代を築きあげたわけだけど、時代の流れは速く、読者の興味の移り変わりも激しかった。今やオカルトSFはコアなファンだけが残り、復興の目指しは見えなくなってきている。当のぼくはこの状況を変えようと何作も発表したけど不発。そのうちスランプに陥ってしまった。ぼくは書こうと筆を持つも折り続け、趣味で続けていた呪術や道術などの文献を漁る日々を送っていた。その折、昔世話になった担当から連絡があり、話したいことがある、とよく打ち合わせで通っていたカフェに行くことになったのだ。


「白井先生、お久しぶりです。お元気でしたか?」


 と、先に来たくせに椅子側に座ってくれる人間が、ぼくの元担当である山坂明津だ。彼は男のくせにくくれるほど髪の毛を伸ばしており、全体的に陰気な印象がある。幸薄そうなひょろがりの体を椅子に押し込むように座っている。

 ぼくは鞄から出したパソコンを机の上に置いた。


「明津さんこそ、お元気でしたか? なんだか前やりやつれてるんじゃないですか」


 明津さんは基本陰気な人で、今日は一段とどんよりとした雰囲気を纏っていた。彼はこう見えても情熱がある人で、ぼくの担当だったときはいつも叱咤激励してくれていたほどだ。


「俺は元気です。調子が悪いということもない……」


 そこで明津さんが顔を上げた。お冷やを起きにきた店員が、一瞬びくりとする。

 郊外にあるファミレスとはいえ、お昼時のこの時間のおかげか、店内はなかなかの盛況だった。

「こちらお冷やになります」と、袖に水色のラインが入った制服から伸びる白い腕が、ぼく達の前に水を置く。明津さんはその動作を食い入るように見つめている。店員が少し居心地悪そうに「ごゆっくりどうぞ」と言って去っていってから、明津さんはぽつりと呟いた。


「白井先生、今の人の腕見ましたか?」

「え? あまりよく見てませんでした。綺麗な腕だな、とは思いましたけど」

「手首に肌色の絆創膏が貼ってありました。あと首の下あたりに黒い痣も」


 ぼくは彼女の顔を思い出す。白い肌に、バランス良い配置の顔。少し鼻が低かったけれど、それがむしろ愛嬌を生み出している。ぼくは彼氏くらいいるだろう、と適当なあたりをつけて、


「キスマですかね、今時は普通ですよ。リスカだって、もはや流行りのようなものじゃないですか」

「違いますね」

「じゃあ、なんなんですか?」

「知りません」


 ぼくの頭ががくり、と項垂れる。彼はとにかく気付いた点をあげ、それで? となった瞬間に話を切る悪癖がある。


 注文を終えたあと、ぼくは明津さんに話を切り出した。ぼくは「話がある」と呼び出されただけで、内容までは聞かされていなかったのだ。明津さんはうん、と一言呟くと、


「白井先生、あなた、最近小説書いてますか?」


 う、と言葉に詰まる。


「聞いてます、最近、スランプらしいじゃないですか」

「そうなんですよ、上手く書けないんです」

「白井先生が悩んでいる理由、それはあからさまなフィクションに取り組むことの葛藤です。作者本人が、それは真実だと信じ込んで書かなければ、読者を騙せるはずもありません。それを治すためには、白井先生。経験が必要なんです」

「確かに、そうだとぼくも思いますけど、経験っていったって……」

「そんな白井先生に、とある案件を持ってきました」


 明津さんは黒のレザートートバッグから不透明な緑色のクリアファイルを取り出した。そこからクリップ留めされたいくつかの書類を取り出して机に置いた。ぼくは怪奇現象による除霊の依頼、という見出しのA4サイズのコピー紙を発見して、顔をあげて聞いた。


「これはなんです」

「これは、俺の知り合いのところに御祓を頼みに来た人達の書類です。それは大抵、思い込みや精神的な病気の場合もありますが、稀に本・物・が混じってるときもあります」


 机に並べられた紙達の上には、情報を補足するようにどこかで撮られた集合写真が貼られてあったり、ノートを切り取って直接書いたような手紙が留められてあった。明津さんはそういった書類から一つを取り出して、ぼくに見えるように掲げる。それは依頼主の詳細な情報だった。履歴書のようなそれに貼られてある顔写真に、ぼくは見覚えがあった。


「これ、今さっきの店員さんですか?」

「そうです。奈良坂さんといって、彼女は呪いを受けている」


 ぼくは店内をせかせかと歩き回る彼女を見た。これといった変な様子は見受けられない。


「というか、お祓いってなんですか? なんでそんなのに関わってるんです」


 一番の疑問だ。確か明津さんは神社の息子、とかいうわけではなく、至って普通の家庭の出だったはずだ。

 明津さんは目を細めて、


「俺の昔の友達が、そういったことをやってるんです。仮にもオカルト系の作品の担当ですからね、そういうコネもあるんですよ。実際に体験したり。白井先生も、調査とかで伺ったことがあるでしょう」

「まあ、はい」

「でもインタビューだけで、実際の怪異に出会ったことはない、そうでしょう?」


 確かにそうだ、とはいうものの、実際ぼくは怪奇現象というものを信じてるわけではなかった。あったら面白い、という考えのもとにこういったフィクションを書いてきたのだ。

 そして、明津さんはさらに続ける。


「白井先生に必要な経験です。俺と一緒に彼女の霊現象を聞いて、解決の道を探ります。もしかしたら怪異が現れるかも……そうすれば、白井先生はフィクションをリアルとして書くことができる。自信を持って完成することができるのです」

「明津さん……」


 彼は本当にぼくのことを思ってくれているのだ。そう思うと、ぼくはこの案件というものに、真摯に取り組み返さなければならない気がしてきた。なにより、小説家とは体験することが第一だ。例えなにも起きなかったとしても、お祓いに参加したという経験は、ぼくの資産になるはずだ。


「わかりました、一緒にやり遂げましょう。それで、お祓いとはどうやって……」

「奈良坂さんとは話をつけてありますので、この後話を聞きながら場所を移動します」


 ぼく達が店の外で待っていると、奈良坂さんがやってきた。彼女はクマの刺繍が縫い付けられた白のトートバッグを肩にかけ、バイト時にはしていなかった眼鏡を掛けていた。


「初めまして。そのう、神茨さんは」

「あいつは忙しいので俺が代わりに。まずは歩きながら、お話を聞かせてもらっても?」

「……わかりました」


 奈良坂さんは自分にかけられた呪いと、それに及ぼす実害などを語った。明津さんは興味深くうなずきながら聴いていたが、ぼくはそれはどうも思い込みの類だとしか思えなかった。

 彼女の語りで特に印象に残ったのは不意に手を引っ張られることがある、というようなものだった。怪談話によくある、見えざる手招きなどと同じような怪奇現象だ。ぼくはしょせんそんなものか、と落胆した。

 話を聞き終わったあと、明津さんがとりあえず今回の件は一度持ち帰って検討します、と言いその場は解散することとなった。

 その時だった。ぼくたちは交差点で信号を待っていた。ぼくは明津さんと奈良坂さんがお喋りで盛り上がっているのを後ろから聞いていた。一人暮らしのしんどさについての話題だった。

 そしてぼくは、間違いなく見たのだ。彼女の手が、不意に引っ張られたように手を引かれ、上体が不自然に道路側へと前のめりになったのを。

 そしてグシャリ、という音が聞こえた。トラックが勢いあまって防護柵へと突っ込んだ衝撃で地面に手をついたぼくは、その状況を理解するのに数瞬かかる。目の前にいたはずの奈良坂さんは消えていた。明津さんはその場に立ち尽くし、不自然な方向へ曲がっている人体へと目を向けている。


「白井先生!」


 明津さんがそう叫び、ぼくの体は硬直が溶けたかのようにびくりと動く。叫び声と集まりだす人々とは対照的に、彼の横顔は引きつったような笑みを浮かべていた。


「見ましたか見ましたよね? 誰もいないはずのところから手が引っ張られ、体が傾き、そして轢かれたのを! 白井先生、これはチャンスです、怪奇現象なんです、さあ現場検証の時間です。周りに不自然な動きをしている人は? 彼女がさっきまで持っていなかったはずの物は持っているか? さぁ!」


 ぼくは慌てて奈良坂さんの死体へと向かう。明津さんの興奮ぶりに感化されたのかは知らないけど、ぼくはこれから起きるであろうことに確かな高揚を感じていた。

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