『ラックポイントバッファー』 超不運の姫をスキル【幸運値付与】でコッソリ助けます
とんでもない不運の星の下に生まれた俺は二浪の末、最後の大学受験日に事故に遭い死んでしまう。
死んだ俺の前にオッサン神が現れ言うには、現世での運の悪さは運の女神のポカミスのせいらしい。
お詫びとして自分の幸運値を増やせるというスキルを授けられることになり、不運まみれだった俺は異世界で心機一転エンジョイする予定だった……が。
またもやポンコツ女神のミスで、『自分の幸運値を自分以外に付与する』というスキルに。
スキルを悪用しようとする国から逃げ出した俺は、ある町で気弱な少女と気丈な女騎士と出逢う。
彼女たちはある王国の姫君とお付きの騎士だった。
陰謀で国を追われた彼女は前世の俺を彷彿とする不運の塊だった。命を狙われ続けている彼女たちを前に俺は決意した。
不運と不幸はイコールじゃない!
必ず元の姫様に戻してやるからな!
風に乗って喧噪がここまで聞こえてくる。
俺たちは城塞都市フェルケンの門壁の上に立っていた。
空は暗い。この向きの風が吹く時は雨になるらしい。
眼下、大門から広がる草原は見渡す限りに兵で埋め尽くされていた。
無数のガシャガシャという甲冑の音が重なり合い、あちこちからカンカンと武器を調整する音が響き、魔法陣を錬成する呪文唱和の声も聞こえてくる。
あと数刻もすれば部隊が編制され、移動が開始されるだろう。
集結した我が軍の兵数は約8万。加えて複数ルートから12万の兵力が移動中だ。
目指すはラス平原。そしてその先の壮麗王都シルディン。
10年前、国王が突然皆の前に姿を見せなくなった。そしてその頃から犬猿の仲だった『帝国』の人間が王都を闊歩し始め、異形の者どもを見かけるようになったという。
◆◆
「ついにここまで来たんですね……」
門壁からの景色を見て、セレンがつぶやいた。
毅然とした立ち姿。年の頃は20になったばかり。金髪を結い上げ魔装具のティアラをかぶっている。
明るい青の魔法布で織り上げた戦闘衣に、輝く白銀の魔法軽装甲冑をまとった彼女は、小柄ながらまさしく凛と美しい姫騎士だった。
名は、セレンディアナ・エル・レイメント・ノエ・シルディアナ。
聖シルディアナ王国の第一継承権を持つ姫君は突然追われる身となり、10年の時を経てここまで帰ってきた。
「うぅ……姫様……よくぞここまで……」
姫と俺の背後から感極まった女声が聞こえてきた。
背丈は俺と同じくらい、立派な魔法鋼でできた重装甲冑を全身に着込んだ女騎士が声を潤ませ、大仰に籠手をガシャガシャ鳴らして涙をぬぐっている。
名はロザリーン。セレンディアナ姫が6歳の時、14歳にして姫を護ると忠誠を誓った正騎士だった。今はゆえあって騎士の号を自ら捨て、甲冑の紋章は削り取られている。
クソが付くほどの真面目で、黙って立っていると皆が振り返るほどの端正な美人だが、今は涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。
せっかくの美人が台無しだが本人はそんなことは気にもしていない。
「ローズ……ありがとう……」
同様にこちらも元騎士の顔を気にもしていない。
美しい姫騎士と護衛騎士という絵になるはずが今一つ締まらない。過保護の塊、ローズがすべてを台無しにしている。
「セレン、ローズ。まだ始まってもないんだぞ」
俺はいつもの茶番劇を終わらせるべく声をかけた。
「……そうでした」
顔を真っ赤にするセレン。
「おお、リュウタ殿! 貴殿は少々冷淡ではないだろうか。そもそも――」
「まあまあ、ローズ殿。気がはやるのもごもっとも。うっかり殿……失礼、リュウタ殿も血気高ぶっておられますな。まずは穏便に穏便に! ヌワハハハ!!」
3メル近い身の丈の熊人族、ゴードが雷のような声で割り込んできた。俺とローズの肩をバシバシ叩きまくる。
「リュウタ様。番隊すべて、万事ぬかりございませぬ」
いつのまにか俺の足元にクノイチ「夜霧」が控えている。ある事件から俺を護衛してくれるようになったのだ。
セレンが俺に向き直った。
「リュウタ様。ここまで本当に感謝しております」
「急にどうしたんだよ。いつも通りでいいんだぞ。荷物持ちで姫さんのおしゃべり相手の『うっかり男』なんだから」
中古の皮鎧を着た地味な荷物持ち。それが俺、うっかり殿ことリュウタ・ハチノヘだ。
姫にタメ口をきく荷物持ち。最初は誰もが驚く。
武術も魔法も秀でるところもなく、知識もないこの俺がこの場に居られるのは、どん底だった姫と出逢い苦楽を共にしたから……ということになっている。
しかし、真実は違う。
俺は異世界転移者だ。スキル「幸運値付与」を密かに使ってこっそり手助けをしてきた。
このことはセレンは知らない。偶然知られてしまった何人かはいるが皆、固く口を閉ざしてくれている。ローズもその一人だ。
「いえ、あなたと出逢ってから私は変わることができました。そしていつの間にかこんなにも……」
セレンは門前の草原に集結した兵たちを見た。
「でも……今更なのですが、これだけの人々を戦いの場に向かわせることが正しいことなのかと……」
表情に苦悩の色が浮かぶ。何度も自問自答してきたはずだが……。
「あ。姫様! 申し訳ございません! 今すぐどうしてもリュウタ殿とお話がございます! すぐ戻りますゆえ!!」
ローズが突然大声を上げ、あたふたと俺の腕を引っ張ってこの場から連れ出した。
周囲に誰も居ない場所まで来ると、ローズは真剣な面持ちで頭を下げた。
「勝手なことを申すが、私の幸運を増やしてくれまいか」
ローズははっきり言って脳筋だ。しかし、どこまでも愚直にセレンのためを思っている。
「姫様を励ましたいのだ。しかし、私は馬鹿だ。上手く伝えられる自信を持てぬ。だが、どうしても力づけたい」
俺は黙って頷いた。
「感謝する」
こういう時のローズは言葉が少ない。だが万感がこもっていた。
「貴殿の幸運を付与するのであったな。幸運を減らしてしまうことになる。すまぬ」
ローズは瞳を潤ませ、端正な顔を近づけ改めて頭を下げた。
無骨な甲冑を着ているにも関わらず、出逢った頃より艶やかさを増した大人の女性の美しさに動揺してしまった。見慣れているはずなんだが。
「し、辛気くさいぞ。いつもの大げさな騎士道オタクっぷりはどうした」
「しかし……」
「アラサー女がそんな顔してお願いしてきたら断れないだろ。気にすんな」
「そ、そうか」
照れくさそうな表情に変わる。本当に喜怒哀楽のわかりやすいヤツだ。
「と、ところで、貴殿は時折私の事をアラサー女と呼ぶがどういう意味かまだ教えてくれぬのか」
「さあ、早く姫さんの所へ戻るぞ」
「騎士道オタクとやらもわからぬ。なんとなく、良くない言葉のように思えるのだが――」
◆◆
戻ると兵の移動開始の時が迫っていた。
曇っていた空からパラパラと雨が降り始めた。
俺は左手を顔の前に広げ、指の隙間からローズを見る。我ながら中二病のようなポーズで恥ずかしい。
『ラックポイント:22』
ローズの姿にステータスポイントが重なって見える。一般人なら15程度を上下するのだが今のローズは多少運が良い状態だ。
何ポイント付与するか……多いほど幸運チェックが成功しやすい。付与された者がその瞬間に願った結果に近づくのだ。だが俺の幸運値が減る。
運命とは幸運判定の繰り返し。この世界の隠れた仕組みだった。
◆◆
セレンは兵たちに言葉をかけることになっていた。
「セレン様、拡声と映像魔晶石の連携が整いましたわ」
魔導士のエイレーンが声をかけた。
緊張した面持ちのセレン。
あちこちに設置した魔晶石で声と姿は中継されている。
沈黙が続く。
だめだ、自信を持て。
雨が強くなってきた。
戦いにおいて兵たちの士気は最重要だ。
旗印によって兵力は全く変わってしまう。
既に引っ込み思案で人の事を思うがために遠慮してしまうかつてのセレンになっていた。
兵たちがざわつき始めた。
その時、セレンの横にローズが現れた。
俺は左手の中指を額に当てローズを見る。
「運命の女神『フォル』よ。俺の幸運値をローズに付与してくれ。80ポイント」
ナニカのスイッチが切り替わった感覚。これだけだ。俺にはここから先の事はわからない。
次にセレンだ。
『ラックポイント:ー89』
相変わらずの運の無さ。
「続けてセレンに幸運値を付与――」
これからを考えるとあまり多くは……。
「――500ポイント」
ローズがセレンの前に立った。
「私の名は、ロザリーン・エル・ゲフェンベルト!」
大音声が響いた。
「ここにおわす第一王女、セレンディアナ・エル・レイメント・ノエ・シルディアナ姫の盾である!」
兵たちのざわめきが止まった。
「この盾は決して倒れない。壊れない。しかし――」
甲冑の上を雨が流れる。
「この姫はお優しい。何度もこの盾を守ろうと御身を考えず庇おうとされるのだ!」
声をからし叫ぶローザ。
「皆に伏してお願いがある」
いつの間にか雨が止んでいた。
「先ほども皆を戦地へ向かわせることを悩んでおられた。この姫は皆を守ろうとすぐに無茶をするだろう。だからどうか……」
ずぶ濡れの兵たちはローザを見つめている。
「――そんな姫を守ってほしい」
そして、厳めしい甲冑をまとった女騎士は兜を脱ぎ一兵卒たちに深く頭を下げたのだ。
ナニカのスイッチが切り替わったようだった。
「姫、皆に祝福を」
ローザが脇へ避ける。
セレンは決然とした表情で立っていた。
ティアラを外す。そして、濡れそぼった髪を左右に振った。
その時、偶然にも雲間から光が差しこんだ。
霧の空に光が拡散し、七色の光が現れる。
セレンの長く輝く金色の髪がキラキラと雨粒を払って広がっていく。
圧倒される光景だった。
8万の兵たちが皆、息を飲み、セレンを見つめていた。
「皆さん――」
セレンの声に迷いはなかった。
俺はその横顔を見つめていた。
10年前に汚れた街の路地裏で出逢った、虚ろな瞳をした少女の横顔が重なる。
俺は、思い返していた。
傷ついたローザの血と、泥がこびりついたグシャグシャの髪をした少女に初めて幸運値を付与した、あの時の事を。
時は10年前。俺が『帝国』から逃げ出し、街道都市スタルトに身を潜めた時のことだ――。





