七代先まで続く呪いを一身に引き受けたら、悪魔たちに呪術王として崇められてしまった
「聖騎士ラウルと言ったか、よくぞこの大悪魔ミュイ様を打倒したにゃ! 悔しいが褒めてやるにゃ!」
黒装束の少女が忌々しげに言い捨てた。
黒猫の悪魔たる彼女――その体についた傷からは、青い炎が噴霧のようにばらまかれている。
永い刻を生き、力のまま、自由気ままに力を振るってきた猫の悪魔は、今たった1人の人間によって滅ぼされようとしていた。
「言い残すことはないかミュイ」
ひざまずいた悪魔の首に白刃を突きつける青年は、王国所属の聖騎士・ラウルだ。
彼の身を守る白銀の甲冑は、激戦のためにひび割れ、煤けているが、ラウル自身はいまだ健在。崩壊寸前の悪魔を相手にして油断なく、全身からは裂帛の闘気を放っている。
「見事にゃ。しかし、接近したのはそなたの油断にゃ」
「なっ!?」
瞬間、吹きすさぶ青炎の嵐。炎はラウルに纏わりつき、鎧を物ともせずに彼の身を灼いた。だが、
「熱く、ない?」
咄嗟に防壁の魔術は展開していたが、それ以前にこの炎は殺傷能力などまったくないようだった。
「それは呪いの炎、いくらそなたでも防ぎきれないにゃ!」
特殊な語尾の悪魔はふんぞり返って笑いながら、
「この恨み晴らさでおくべきか、そなたのことを七代先まで祟ってやるにゃ! ありとあらゆる呪いで、そなたも、その子孫も不幸のどん底に叩き落としてしてやるにゃ」
「なっ、ま、待ってくれ!」
「いい慌て顔だにゃ、その顔が見られて満足にゃ……でも今さら謝ってももう遅い。その呪いは決して消えることはないのにゃ!」
「それは分かった。それは仕方ない」
「にゃはは……、にゃ??」
あっさり引き下がるラウルに、ミュイは怪訝な顔を向ける。もともとツリ目気味の彼女だが、眉をひそめるとその鋭さが一層と際立つ。
「仕方がにゃいとは?」
「今の炎を浴びて分かった。さすがは大悪魔ミュイ。振り払いようのない呪いであることは、身に沁みて理解した。だが」
「だが?」
首をかしげる猫耳悪魔に、聖騎士は淡々と告げる。
「聖騎士になったのも、すべての悪魔を殺すと誓ったのも、どちらも俺自身の決断によるものだ。そのせいで、子孫にまで迷惑を掛けるのは申し訳ない。だから七代先までというのは勘弁してもらえないだろうか」
「……バカにゃのか? だから、そういう目的ぞ? 子孫が迷惑を被り、そなたのことを恨むという」
「お願いだ。大悪魔ミュイよ」
「おま、ちょ、さっきから、大悪魔大悪魔って……にゃ、にゃんだよ。そなたほどの聖騎士に褒められると、満更でもなくなっちゃうにゃよ……にゃんにゃんだよ……」
それはラウルが意図したものではなかったが、ミュイの声ががフニャフニャのゆるゆるになったそのタイミングで、彼はとある提案を持ちかけた。
「大悪魔ミュイよ。どうか、七代先まで続くというその呪い……俺ひとりで引き受けさせてはもらえないだろうか!」
「!?」
ミュイは困惑した。
(にゃにを言っているのか、この人間は? 七代先までの呪いって、ハンパじゃにゃいんにゃよ? バカにゃにょか、死ぬにょか?……いや死ぬのは私か)
などと、ひとりボケツッコミまでしてしまった。その混乱っぷりをどう見たのか、ラウルは、
「そうか。いやすまない、無理を言ってしまって。いくら大悪魔でもそんなことは……未来に降りかかるはずの呪いを1点に集めるなど、出来るはずがないな。本当に申し訳なかった。能力を超えた願いを突きつけて……次からは気をつける」
「にゃ!? で、できるにゃ! そんなことくらい猫まんま前にゃ!」
「?」
「朝飯前ってことにゃ! み、見ておれにゃ~……後悔するにゃよ!!」
ほぼ幽体になりかけている体で、ありったけの残留魔力をかき集め、
「ニャァア!!!!」
断末魔のような掛け声とともに、両腕を振りあげた。途端、先ほどの嵐とは比べものにならないほどの風の渦が巻き起こり、ラウルの身に向けて収束した。
「う、ぐぁあっ!」
青い竜巻が晴れる。
ラウルはどっと汗を流し、地下迷宮の石畳に膝をついた。
「そなたの体には今、七代先の子孫が受けるはずだった呪い、そしてそなた自身への呪い! 併せて8つの呪いが宿ったのにゃ!」
「8つ……一体どんな」
「ふふ、呪いの内容も知らずに引き受けるとは迂闊にゃヤツ! いや、その心意気は聖騎士の鑑と言うべきかにゃ。ムカツクけどにゃ」
今の魔力操作により完全に幽体と化して弱体化してしまった黒猫悪魔は、ラウルの周りをふわふわ飛んで煽り立てる。
「まず1つ!【追放】の呪い! 2つ目は【冤罪】!」
仲間たちから裏切られ、捨てられる呪い。犯してもいない罪を被せられる呪い。
そうして、恐るべき呪いを次々に告げていく。
――【虚弱】【悪顔】【不作】【酩酊】【借金】。
「これが、そなたの子孫が受けるはずだった呪いにゃ!」
「……いくつか不可解なものがあるが。【悪顔】? 顔が醜くなるのか?」
「ふっふっふ、それはどうかにゃ~?」
思わせぶりに笑うミュイに、ラウルは立て続けに問うた。
「【不作】は?」
「ずっと後の世に『大農業時代』がやって来るのにゃ! 王族や貴族までもが自分で作物を育て、その腕で待遇が変わる時代……そこで、どんな種を蒔こうとも、どんなに真心を込めようともまったく芽を出すことができない……そんな呪いにゃ!」
「では【酩酊】は? 酔っ払うのか?」
「いずれ来る『大酒豪時代』! たとえ酒嫌いでも、新入りは無理やり一気をさせられ、面倒くさい宴会の段取りを任され、あげくは出し物まで強要される時代! そして更には、酒に飲まれる者は劣等扱いされる時代なのにゃ。その中で【酩酊】持ちは……酒のにおいを嗅いだだけで酔っ払ってしまう劣等者なのにゃ!」
実に恐ろしい呪いと時代であった。
「……そうか」
ラウルは顔を伏せ、小刻みに震えた。
「どうした? 呪いの恐ろしさに、今さらながらに後悔かにゃ?」
「……良かった」
「にゃ?」
「俺の子孫をそんな目に遭わずに済んで良かった! ありがとう、ミュイ!」
「な!? や、やめ、手を握るにゃ! というかナチュラルに幽体に触れるにゃ! この有能聖騎士めがー!」
ジタバタする悪魔(の幽霊)だが、聖騎士の握力は強い。
「きょ、【虚弱】の呪いを受けているはずにゃのに」
「そうだな、実力の十分の一も出せていない」
「……この聖騎士、天然でドヤってくるにゃぁ」
ミュイは段々疲れてきた。幽霊なのに疲れるんだ、と思った。
「今ので7つか。8つ目は?」
「ふっふっふ。これは、私がそなたのために厳選した、もっとも恐ろしい呪い……」
ミュイは邪悪な顔で笑った。
「それは【女難】の呪い! そなたに近寄る女は漏れなく厄介者! しかも、うまいこと番いになれそうになっても、ことごとく運命が邪魔をする! そんな不幸な呪いにゃ!」
「待て、それじゃあ」
そう、この呪いの真の恐ろしさは――
「つまり! そもそもそなたは、子孫を作れるかすら危ういのにゃ! 出来るか分からぬ子孫のために呪いを受けおって! 愚か者なのにゃ! にゃっはっは!」
ここは悪魔の面目躍如。
ラウルの清々しい決断を台無しにする、とっておきの呪いだった。
「そしてその【女難】の第一弾として、私がそなたに取り憑いてやる!」
「なっ?」
「騎士団のデスクワーク中に羊皮紙の上にどっかり座ってやったり、夜明け前に顔を撫でて朝飯をねだってやるのにゃ! 恐れおにょにょけ!」
幽体悪魔による、死の宣告にも等しい呪詛。
しかしラウルは、
「それは本当に【女難】と呼んでいいのか?」
「なんにゃ、私はれっきとした牝にゃよ」
「いやだから……君がそばに居てくれるのなら、俺としては嬉しいのだが」
「!!??」
「君は可憐だし。声も可愛いし。ずばりタイプだ」
「にゃ、にゃ、ニャ!!??」
「まあ、語尾は気持ち悪いが」
「気持ち悪い!!?? 私のチャームポイントが!?」
「なんというか、古い」
「と、年の差があるからにゃ!」
混乱しきりの幽霊へ、ラウルはなおも真顔で言い放つ。
「とにかく。そんな君と一緒に居られるのなら、それを【女難】とは思えない。望外の幸せだ」
「……け、見解の相違にゃ」
いくら恐ろしい呪いであっても、捉え方ひとつで幸とも不幸とも感じられる――
そう考えると、この天然ポジティブ聖騎士は、もしかしたら呪いへの耐性が誰よりも強く備わっているのかもしれない。
――それどころか。彼の異常なまでの魔力の高さ。肉体の頑強さ。魂の強靱さ。ラウルならば、数々の【呪い】を克服し、支配すらしてしまえるのでは?
それではまるで、伝説にある【呪術王】ではないか。人も悪魔もひれ伏し畏れる、恐怖の魔王。
(いや、そんにゃまさか!)
不安を打ち消すように首を振り、ミュイは、
「まあ、絶世の美少女たる私に惚れるのは仕方にゃいとして……だったらにゃんで、私を滅ぼしたのにゃ?」
「悪魔だからだ。悪魔は殺す」
「ひっ!?」
「でも君はもう死んでいる。だから平気だ。もう殺さない」
「そ、そうにゃのか~、ふ、ふ~ん……も、もし私が生き返ったりしたら」
「殺す。まっさらに殺す」
「ミギャッ!!」
かつてない恐怖に見舞われたのはミュイのほうだった。彼から離れようにも、もうしっかりと取り憑いてしまっているのだ。ピンチ。
「まずは王都に帰って報告だな。行こう、ミュイ」
「は、はいにゃ……」
かつての大悪魔は、色んなことを後悔しながら聖騎士の背中に憑いていった。





