異世界トリックスターの苦悩
空き巣で生計を立てていた秋洲節斗は、ある家へ空き巣に入った時に警察に捕まってしまった。監獄で後悔していると、看守から「国王の宝を盗んでほしい」と依頼をされる。今後の人生に絶望していた節斗が承諾すると、クレプトクラートという異世界に飛ばされてしまった。魔法も使えるこの世界で、節斗にしか出来ない盗みとは一体何なのだろうか。
曇り空が月を隠し、街灯だけが道路を照らす。多くの家では寝る時間、電気が付いている建物はまばらだ。盗みには最適な時間が訪れた。
産まれて28年、スリルを追い求めてもう3年。時には何をしているのかと思ったこともあるが、他ではなかなか味わえないこの時間を手放すことは、もはや麻薬を止めるくらいに難しくなった。
ターゲットの家に入ると、すぐさまお宝がありそうな場所を物色する。まったく、いつも隠し場所は同じだな。空き巣が続いているというニュースが出ているのに、学習能力がない。
この日の戦利品は通帳と現金三十万円、高級そうな腕時計にその他金目の物を数点。適当にポケットに詰め込み、二階の窓から出ようとする、その時だった。
「……!?」
突然周囲が、ライトに照らされて明るくなった。一体何が起こったのかわからない。まぶしさに目がくらみ、思わず両手で視界を遮る。
「秋洲節斗、お前は包囲されている。大人しく降りてきなさい!」
くっ、しまった。どうやら罠にはめられたようだ。どうしてこの家を狙っていたのがわかったかは知らないが、俺がここに来ることを想定してどこかで待ち伏せをしていたらしい。
「くそっ、何でこんなことに……」
抵抗しようにも武器なんて持っていない。包囲されていて、逃げ場所はどこにもない。
下から足音が聞こえてくる。もうだめだ、後は捕まるのを待つのみ。
こうして三年間の空き巣生活は、あっけなく幕を下ろすこととなった。
「はぁ……俺の人生、ここまでか……」
独房の中で、俺は想いが頭を巡った。せめてちゃんとした仕事をしておけばよかったとか、彼女の一人くらい欲しかったとか、今となってはどうでもいいことだ。考えるだけで、なんだか悲しくなってきた。
「……見つけた」
汚れたベッドでうなだれていると、鉄格子の向こうから声が聞こえた。
「……?」
鉄格子の向こうには、一人の看守が立っていた。見回りにでも来たのだろう。
しかし、何か様子がおかしい。
「君のような人を、待っていたよ」
「……? 俺のような人?」
独房にいると、時々囚人の叫ぶ声が聞こえることがある。俺はずっとおとなしくしていただけなのだが、大人しい囚人でも探していたのだろうか?
「そう、君のような泥棒を、さ」
「泥棒なんか探してどうするんだ? 何か盗んでもらいたいとでも?」
「その通り、盗んでもらいたいものがあるんだけど、なかなか適役がいなくてね」
他人に何かを盗ませるって、ドラマや映画の見すぎじゃないのか?
「ちょうど腕の立つ泥棒を探していたんだ。ただ腕が立つだけでなく、すぐには捕まらず、他の人間と接点が薄いような人間を、ね」
なるほど、そこまで絞るとなかなか適役とやらはいなさそうだ。しかし……
「……俺に何をしろと?」
「僕たちの世界に来て、国王の宝を盗んでもらいたい。あるいは、その手伝いをしてもらいたい」
「へ? 世界?」
なんだ、外国に飛ばされるのか? 国王、ということは王政の国か。今だとどこになるのだ……?
「いや待て、俺は日本語しか話せないぞ?」
「あー、言語などについては心配しなくてもいいよ。とりあえず、君がやってくれるかどうかが問題だし」
「そうは言っても、内容が分からないことには……」
「あー、内容は、さっき言った通り。どちらにしろ、選択肢はないと思うけど?」
「……? どういう意味だ?」
「ちょっと他の看守や警官の話を聞いたんだけど、君、罪が多すぎてどうやら終身刑になりそうだ、ってことだよ? ここにいても、辛い刑務所暮らしが延々続く生活になると思うよ?」
「……」
「それに、囚人たちの付き合いは大変らしいねぇ。看守やってると、いろいろ分かるんだけど、結構大変そうだよ?」
看守がにやけながら、楽しそうに言ってくる。そんなに俺の顔がおかしいのか?
「……で、どうする? やるの? やらないの?」
先ほどよりやや低い声で問いかけてくる。不安をあおって無理やり契約にこぎつける詐欺師とか似合いそうだな。
「……わかったよ、行くよ」
「お、話が分かる相手でよかった。それじゃ早速……」
「え、ちょ、ちょっと待て、俺にも準備が……」
「あー、そんなのいいからいいから、必要なものはこちらで準備するし、詳しい話はあっちでするから。それじゃ、行くよ?」
「え、ちょっと、おい!」
鉄格子にしがみつきながら叫ぶが、徐々に力が抜けていく。ふわふわと、まるで眠りに着くかのように、俺は意識を失った。
気が付くと、俺はどこかのベッドにいた。白いシーツの手触りに、真っ先に木造の天井が見える。
「あ、起きた。ジェイラー、さっきの彼、起きたよ?」
女の子の声がする。起き上がると、水色のショートボブの女性が、キッチンで何かしている男性に声尾かけていた。
「気が付いたね。ようこそ、クレプトクラート王国へ」
そう言って、男性はこちらにマグカップをもってやってきた。さっきの看守に似ているな。
マグカップの中身はホットコーヒーのようだ。マグカップを手に取ると、コーヒーのいい香りが鼻をくすぶった。
「あー、紹介が遅れたね。僕は君を連れてきた……看守、って言えば分かるかな。ここではジェイラーって呼ばれてるけど」
この世界でも看守かよ。しかし、看守の制服とは違い、白いローブのようなものを着ている。身長は160センチほどか。俺よりも少し小さい。
「で、こっちの女の子はルージー。ルージー・リバーフィールド。僕の助手ってところかな」
「助手って何よ、別に何も手伝うようなことしてないでしょ?」
助手、ね。俺にはいちゃついてるカップルか兄妹に見えるのだが。身長もあんまり変わらないし。
とりあえず、自己紹介でもしておこう。
「えっと、俺は……」
「ああ、一応ルージーには紹介しておいたよ、アキスセツト君」
「あ、そうなんだ。改めて、秋洲節斗だ。よろしく」
ジェイラーは「こちらこそ」と俺の手を握った。
「えーっと、とりあえず移動しようか。メンバーに君のことを紹介したいし」
「メンバー?」
「向こうで説明したでしょ? 国王の宝を盗むためのメンバーだよ。ま、他のことは移動中にでも説明するよ」
そう言うと、看守……ジェイラーは、荷物の準備を始めた。
「街に行くの? じゃあ、ご飯、ご飯!」
「はいはい、ついでに昼食も済ませるよ」
ルージーは目を輝かせながら支度を始めた。よく分からないが、ここは二人についていった方がよさそうだ。
俺たちがいたのは、森の中のロッジだった。ここが、ジェイラーたちの拠点らしい。
森を切り開いて作られたと思われる人工の道は、しかしながら舗装などはされていない。天然の道ともいえるだろう。
道中で、ジェイラーからいろいろな説明を受けた。ここは地球とは別の世界に当たる場所にあるらしい。いわゆる「異世界」というやつか。そして、この場所に来るために、物資転送という魔法を使ったのだとか。やっぱり異世界には魔法ってあるんだな。
異世界にしては日本語が通じるようだが、それは国内適応という、この世界で暮らせるための魔法のおかげらしい。もともとは他国の言語を覚えるのが面倒だからという理由で作られたそうだ。便利すぎるぞ、魔法。
「あー、でも君は今は魔法は使えないからね。修行すれば分からないけど」
「え、じゃあ一体何のために……」
「魔法では出来ないことなんて、この世界にはたくさんあるからね。それに、盗みの知識に関しては、恐らくこの世界で君が一番だ」
世界で一番、などと言われると大げさに聞こえる。確かに盗みでは他に負ける気はしないが、かといって世界一ではないだろう。
「まったく、ジェイラーはおだてるのが上手よねぇ。まあ、魔法も使えないあんたがどれくらい使い物になるのか……いや、どのくらい生き残れるか、楽しみね」
うるせえな、この貧乳娘が。
「まあまあ、せっかくだから、あれでルージーの力でも見せてあげたら?」
ふと森の奥を見ると、イノシシのような生き物が見えた。とはいっても、大きさはイノシシの倍はある。
「ふーん、メガロボアーか。ま、昼食前の運動にはいいかもね」
そう言うと、ルージーは腰にぶら下げたホルスターから拳銃のような武器を取り出した。あれ、あの子そんなもの持ってたっけ?
同時に、でかいイノシシ……メガロボアーがこちらに気が付いたようで、鼻息を荒くしている。このままじゃヤバいのでは?
そう思っていると、ルージーが持った拳銃の銃口が光りだした。
「丸焼きになりなさい! ファイア!」
次の瞬間、銃口から拳ほどの炎の弾がはじき出され、メガロボアーに向かって走る。見事命中すると、メガロボアーは炎に包まれた。
「あー、またやっちゃった。ルージー、森で火を使うのは危ないとあれほど言ったのに」
ジェイラーはまだ息のあるメガロボアーに向かい、右手を向ける。燃えているとはいえ、こちらに向かってきそうな勢いだ。
「あー、とりあえずおとなしくしてもらおう。プリズンフリーズ!」
ジェイラーが叫ぶと、燃えるメガロボアーを取り囲むように氷の柱が出来上がった。もう息をしていないだろう。
「ごめーん、ちょっと本気を出しちゃっ……いてっ!」
舌を出すルージーを、ジェイラーは軽く小突く。
「……いいなぁ、俺もああいうのができたら……」
「大丈夫、君には君にしかできないことをやってもらうから。
ジェイラーはそう言いながら、凍ったメガロボアーを氷から取り出す。ジェイラーは一体、俺の何の才能に期待しているのだろう? そんなことを考えながら、街に向かう道を歩いた。





