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レディ・ヴィランのたわわごと

 時は遠くない現代。アヴァガロス十二星体と名乗る宇宙人集団が地球に襲来し、「我々は地球を征服する」と世界に通告した。 

 そしてほぼ同時に現れたのが太陽系連合。惑星侵略を取り締まる宇宙人集団は、「我々が地球を守る」と世界に通告した。

 連日繰り広げられる宇宙人同士のバトル。スマホから鳴り響く怪獣警報。倒壊するビル群。割れる道路。高威力兵器による大爆発に巻き込まれ吹き飛ぶ人々。だがそれでも地球人の生活にたいした影響はない。平和な日常の中に、時々戦争が混じっているだけなのだ。

 ──しがない高校教師である西東智哉も平和な日常を送っていたが、アヴァガロス十二星体の地球侵食プログラムに巻き込まれ、見知らぬ女を好いて娶ったというまやかしの愛情を埋め込まれた。

 西東が"愛する妻"と認識する彼女の正体はレディ・ヴィラン。アヴァガロス十二星体の女幹部だ。

 ブラック労働に勤しむ教師の休日は、だいたい安寧ではない。簡単な買い物に出て帰路についた矢先のことだ。俺のスマートフォンがびゅーびゅーとけたたましいサイレンを鳴らした。

『怪獣警報発令。怪獣警報発令。指定のシェルターに避難してください──』

 アヴァガロス十二星体と名乗る宇宙人集団が地球に襲来したのは三年ほど前。彼らは「我々は地球を征服する」と世界に通告した。

 そしてほぼ同時に現れたのが、太陽系連合という惑星侵略を取り締まる宇宙人集団。彼らは「我々が地球を守る」と世界に通告した。

 怪獣警報があれば、住民はシェルターへ避難することが推奨されている。だが地球で繰り広げられる宇宙人のバトルは生活にほとんど影響しない。いくつもの星を守ってきたという太陽系連合の力で、人命を含めた迅速な再興が約束されているからだ。

 ……それを悟るや否や、最近はシェルターに向かわず日常を優先する人も増えてきた。テレビ局はアヴァガロス十二星体と太陽系連合の戦いを間近で中継し、それぞれのファンが現場に出向いてドンパチを鑑賞することもあるそうだ。

 もはやリアルすぎる特撮ショー。宇宙人同時の戦争は、危険度の低い災害として認知されるようになってしまった。

 シェルターに向かいながらテレビアプリを起動。ワイヤレスイヤホンを装着して、流れてきた女性アナウンサーの声に耳を傾ける。

『こちらは怪獣警報が発令された茄子久慈(なすくじ)町です。ご覧ください、体長十五メートルほどと推測されるゴーレムがマンション群を破壊しています!』

「……いや何で壊した」

 ヘルメットを被ったアナウンサーが示すのは、俺の住むマンションだった。コンクリートの巨人が腕を振り回している。

 だが顔を上げても目の前の空は素直に青く、何かが崩れる音や土煙は見当たらない。戦闘地域にマガナス・フィールドが張られているせいだろう。外の人間からは何事もないように見える。

 マガナス・フィールドは太陽系連合の言う"迅速な再興"の鍵だ。時空から空間を分離させたあの場所は過去が保存させており、それを元に再構成化をすることで戦闘前の状況に戻すことができるという。

『このゴーレムを操作するのは……いました、あそこです! アヴァガロス十二星体の幹部、レディ・ヴィランです!』

『あ〜はっはっはっは〜!』

 テレビ局がドローンを飛ばしているのだろう。悪の女幹部と言わんばかりの高笑いが拾われ、その正体を捉えた。

 漆黒のライダースーツを関節のある部分だけ切り取ったようなコスチーム。その胸元は大きく開かれ、カラスの濡れ羽のようなマントと長い髪が風ではためいている。ヴェネチアの仮面舞踏会(マスカレード)のような赤いアイマスクが目立つ。まるでイタいSM嬢のようだが、耳より上から生えた青い角が、彼女を悪魔か何かのような、地球上の存在ではないことを示していた。

『こんにちはぁ地球の皆さん。突然だけど茄子久慈町はアヴァガロス十二星体が占領させてもらうわ!』

「小規模な占領だな」思わずツッコミを入れた。既に支配された地域も実際にあるが、それも地球人の生活に影響はない。太陽系連合が「目に見えない侵略だ」と警告しているとはいえ。

 最近では、アヴァガロス十二星体と太陽系連合の喧嘩自体が茶番じゃないかという説まで出ているほどだ。政府も地球侵略問題はほとんどノータッチだとか。

『対して、茄子久慈町を守る太陽系連合のヒーローはあちらです!』

 画面が切り替わり、まだ倒壊していないマンションの屋上に女子高生と見受けられる少女の姿が映った。髪をぽつんと小さく後ろにまとめ、服は鎖帷子を含んだ和装とパニエのスカート。和洋折衷のくノ一という印象だ。半透明の鉢巻で目元を覆っているが、見覚えのある顔立ちのような気がして俺は眉を潜めた。

「……伊土(いづち)か?」

 伊土真冬。俺が担当しているクラスの生徒だ。

『"ギギギギ! 狙った場所が悪かったなぁレディ・ヴィラン! 茄子久慈町のスーパーヒロインAKINAが、月に代わっててめぇをぶち殺すぜ!!"』

 伊土の肩にひょいと青いものが乗った。二本のネジが目のようにギョロついた、プラスチックブロックで組み立てたようなカエルだ。

『ギムぶち殺すはやめて。私に悪い印象つくから』

 忍者コスプレの少女はアキナと言うらしいが、凛とした口調は伊土のものに違いない。だが彼女はれっきとした地球人のはずだ。カエルはどう見ても宇宙人だが。

 てかやばいだろこれ。同じ中継を見て伊土だと気づいている人もいるだろうし、うちの学生が宇宙人の戦争に参加していることが噂になったら、学校に報道陣が殺到する。

 しかもよりによって相手はレディ・ヴィラン。俺は進めていた足を止め、マガナス・フィールドが張られているエリアへと向きを変えて駆け出した。音声だけがイヤホンを通して頭の中に響く。

『太陽系連合は余程の人手不足なのかしら?』

 レディ・ヴィランがからからと愉快そうに笑った。

『"オレたちゃタダ地球人のために動いてるわけじゃねぇぜ? 同じ太陽系の生物として、太陽系連合に協力してもらわにゃ割りに合わねぇからなぁ!"』

『まあそうね。地球人たちはこの戦いを見ても、自分たちには関係ないという顔をしているもの。太陽系連合がマガナス・フィールドを乱用しすぎて、頭の次元までおかしくなったのかしらねぇ?』

 歓声が聞こえた。どうやらレディ・ヴィランのファンが集まっているらしい。サービスと言わんばかりに、レディ・ヴィランがギャラリーに向かって投げキッスを放った。そうアナウンサーが説明してくれた。

『"ギッ、アイドル気取りしやがって。テメェらが派手に暴れるからこっちが直してんだろぅが。アヴァガロス十二星体が地球から手を引けば済むことだ!"』

『アヴァガロス十二星体の侵略は地球人の暮らしにダメージを与えてはいないわ。むしろ楽しませているくらいよ』

『"ギギ……"』

『あたしたちは共生の努力をしているのに、星のあるべき姿を守れと勝手に騒いでるのはそっちじゃなぁい? あなたたちは地球を失った地球人にも、他の星に棲むなと言うわけかしら?』

『"口上は結構だ! テメェらみたいに好き勝手に星を乗っ取る奴らを許したら、銀河の秩序は保たれねぇんだよ!"』

 俺はマガナス・フィールドの張られたエリアに踏み込んだ。風景画のように大人しかった景色が、ぐんと荒れ果てた場所へと一変する。道路にコンクリート片が散乱していて、地割れしたアスファルトはガタガタだ。俺のマンションがあった方角に、テレビで中継されていたゴーレムの頭と肩が見える。

 カエルのような宇宙人が『"やっちまえー!"』と叫ぶと、

『はぁ。ようやく攻撃許可が降りた』

 待ちくたびれたように伊土が呟く。  

 直後、ちかちかっと空に赤い花火のような光が広がった。ごすんと岩を抉る音を立てて、ゴーレムに何かが突き刺さる。

『これ何かしら。手裏剣?』

 涼しそうなレディ・ヴィランの声。

『"ぬるいぜAKINA! 町ひとつ吹っ飛ばすくらいでけぇの撃てよ!"』

『ギム言い方。どっちが悪人(ヴィラン)なんだかわかんないんだけど』

『"ギッ!? テメェ、太陽系連合の正義を侮辱するのか!?"』

『あらあら仲間割れ? 地球人を参加させても、連携が取れていなければ意味がないわねぇ』

『"ギギギギ……!"』

 テレビ局のロゴがはいった車を見つけた。避難をしない野次馬たちでごった返している。そこから相対するレディ・ヴィランと伊土を見上げると、伊土の肩がぱあっと輝いて、空中分解したカエルのブロックがガチャガチャとライフルの形を作り上げた。

『"AKINA、さっさとあの石でっかちを打ち砕け!!"』

 伊土はその銃を手に取るが。

『……これどう使うんだっけ?』

『"おまっ"』

『確かこの出っ張ったところをトントン叩いて』

『"馬鹿トリガーに指かけんな、銃口を下に向けたら、アッッ!?"』

 ぱんと小さな隕石のようなものが発射され地面に落ちた。どおんと音がした後、衝撃波の前触れのような風が俺たちを襲う。

 体が吹っ飛ばされて肌が焼き切れた感覚がした。が、目を開けると何も起きていないかのように元の場所に立っていた。「今、確かに爆発したよな?」「不発?」と、野次馬たちも俺と同じ感覚を味わったようで不思議がっている。

『危うく事故るところだった。ギムナイスフォロー』

『"ナイスフォローじゃねぇよポンコツが! それに今の再構成化はオレの技じゃねぇ!!"』

 アナウンサーが「これはどういうことでしょう!」なんて盛り上げているが、どう考えても、

『守るべき地球人を撃つなんてお馬鹿さんたちね』

 しかも、鉄骨が剥き出していた建造物まで全て元通り。レディ・ヴィランが乗っていたはずのゴーレムも普通のビルに戻っている。アヴァガロス十二星体がマガナス・フィールドを使うことも珍しくないが、人を助けるために使うことはない。

『太陽系連合は普遍を好むけど、アヴァガロス十二星体が望むのは進歩よ。平常にすがってお互いに歩み寄ろうともしなかった人たちが共闘なんて、ごっこ遊びもいいところね』

『"うるせぇ太陽系連合は連合だぞ! テメェらよりは団結してらぁ!"』

『あらそう』

 ばっとビルから飛び降りたレディ・ヴィランがギャラリーの隙間に着地する。宇宙人を間近に見て驚いた人たちがさあっと距離を取った。俺を除いて。

「それなら、わざわざあたしの仕事を見に来てくれるようなパートナーを作るべきよねぇ? 旦那様❤︎」

「見たくて来たわけじゃない」

 俺の職場の問題児と異星人の妻が殴り合いをするとなれば、来ざるをえないだろう。

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