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第8話 注意喚起

 ハグ事件から数日後。私は自室でコロティウムを触っていた。


「えーっと……ここでこの花弁を引っ張ると……」


 何をしているのかというと、コロティウムの通信機能を使おうとしているのである。花束には三輪のコロティウムが包まれていた。おそらく、王子がコロティウムという珍しい花を研究できるよう、私に気を利かせてくれたのだろう。

 ほとんど流通していない花だから、参考資料を集めるのに時間がかかってしまったけど、花はまだまだ元気だし、いける! 今夜はコロティウムの通信魔法の謎を暴いてやるわ!

 私は意気揚々と手順を進める。うん、これでこの二つの花は繋がった……はず。


「あー。あー。テステス。聞こえますか……?」


 一人で花に話しかけるの、恥ずかしいな。大体通じてるのか分からないし。マリーを起こしてしまおうか……いや、迷惑だし、やっぱり一人で話すとしよう。


「えーと、本日は晴天なり。あっ、月が綺麗ですね。あとは……あれ? これ、聴こえてない……?」


 耳を澄ませるも、やはり音は聴こえてこない。失敗したのか……手順通りにやったはずなんだけどな。


「実験に失敗はつきもの、かあ。うう、せっかくのコロティウムだったのに……」


 嘆きつつもコロティウムを花瓶に挿す。まあこうして飾っているだけでも華やかだし、枯れる前にまた情報を集め直そう。

 そう気持ちを切り替え、資料をパラパラとめくっていると、


「あの……聞こえてます……」


 と、花から声が響いてきた。


「ひぁっ!?」

 びっくりして椅子から飛び上がる私。え、え!? どうして何も喋ってないのに声が!? というかこの声って、


「し、シリウス様!?」

「そうです……」


 申し訳なさそうな王子の声。え、えー。もしかしてずっと聞いてたんですかー。


「ど、どうしてシリウス様と繋がって……!? はっ、これが盗聴……やっぱりストーカー……!?」

「ち、違います! そちらの花からの通信を受けて私の花が反応したんです! ……さっきは少し盗み聞きしましたけど……」


 正直だな王子。そうか。たしかに初めて花をペアリング(これしか言い方が思いつかない)するのと通信するのはやり方が同じみたいだから、私が王子に発信してしまったっぽい。


「す、すみません! あの、私てっきりフリーの花だと思って、つい」

「分かってます。指摘しようと思ったのですが、ひとり言が可愛くて言い出し辛く」

「わああっ!? わ、忘れてください!」


 一人で花に話しかけるのを聞かれていたなんて! 恥ずか死ぬ! 穴があったら入りたい!


「いえ。一生忘れません」

「鬼ですか!?」


 こんなに必死に頼んでいるのに、真反対のこと宣言する!? もう黒歴史確定だわ! しかも私、連絡手段ないと思って手紙送っちゃったよ! 返して私の手紙!


「予めペアの片割れだと伝えられれば良かったのですが……この前は時間がなかったので言えずじまいで」


 ああ、そういえば何か言いたげだったな。あれはコロティウムについての話だったのか。


「いえ。あの時は私が動揺していたせいで気を遣わせてしまって、申し訳ありません」

「とんでもない。急いでいたのは事実ですから」


 それって裏を返せば、私が落ち着いてたら時間を作る余裕はあった、ってことだよね。うっ、罪悪感が……。


「セレナ様、今時間はおありですか?」

「あ、はい。コロティウムの観察をしようとしていたところなので」

「……すみません。残り二つの花はフリーなので、研究に使ってくださいね」

「えっ? そうなんですか?」

「はい。この花を提供してくれた方が、その方が喜ぶと」


 分かってるな、見知らぬ花売りの人。私は確率三分の一の花で通信してしまったってことか。ついてないな。


「それで、あの。よければ、少しお話ししませんか?」


 緊張した様子で切り出す王子。


「私でよければ、もちろん」


 コロティウムの研究はまだ猶予があるし、断る理由もない。快諾すると、王子はおずおずと話し始めた。


「……ダイアナ様との婚約破棄のことなんですが」


 なぜか話題は前に話していたばかりの婚約破棄について。やたらあっさり流すなとは思っていたけど、あれが何か?


「? はい、先日に話されていましたよね」

「えっと、それ……嘘なんです」

「え?」


 う、嘘ですと? えっと、確か内容は「看過できない程の問題行為」だったはず。言われてみれば、ぼかした発言だったな。


「いえ、嘘というか、真相を隠しているといいますか……。今から話すことは、オフレコでお願いします」

「……わ、分かりました」


 公の理由は暴力行為。それが嘘ということは、もっと言い難い何かがあったのだろう。私はこくりと生唾を飲み、心して続きを待つ。


「去年の夏。私は士官学校の合宿で飲料水に毒を混ぜられそうになったんです。致死性の高い、猛毒でした」


 え、それって――


「幸い寸前のところで側近が気付き、未遂に終わりましたが……」


 ――暗殺!?


「実行犯はすぐに拘束されて取り調べを受けました。その時に黒幕として浮かび上がったのが、ダイアナ様です」

「そ、そんな……」


 ダイアナ様は、美人で少しプライドの高いきらいはあるが、優れた黒魔道士で国民の支持も厚い。私も話したことがあるが、暗殺を企てるような女性ではない様に見えた。


「その頃、私とダイアナ様は痴情のもつれで喧嘩をしていまして。殺してやると叫んでいたことも疑うきっかけとなりました。それで話し合いをしたところ、平手打ちですよ。はは」


 笑い事じゃない。イリオスの王太子によくそんな物騒なことを言えたものだ。平民だったら速攻で打ち首だわ。


 ……でも、少し気持ちは分かる。

 プライドが高いから、喧嘩の勢いに任せて乱暴な言葉を使ってしまうことだってあるだろうし、暗殺未遂を自分のせいにされたら殴りたくなる気持ちも……まあ、ちょっとは分かる。

 それだけで決めつけてしまうのは、早計なのでは? 私の知らない証拠があるのかもしれないけど……。


「結局その平手打ちを理由に婚約破棄したんです。ですからまるっきり嘘というわけではないのですが、暗殺の件は証拠不十分でうやむやになっています」

「そう……だったんですね。寝耳に水でした。でも、そんな重大な秘密を私に教えてもいいんですか?」


 もしダイアナ様が暗殺未遂を計画していたとしたら、最悪処刑もありえる。私がこのことを周囲に言いふらせば、民衆の不安を煽り、犯人でなくともダイアナ様が被害を受けることがあるかもしれない。


「ええ、まあ。セレナ様なら誰にも言わないと信じていますから」


 何その信頼!? 私あなたとまともに会話するの、これでまだ三回目なんですけど!?


「それに、セレナ様には知っていてほしかったんです」

「……どうしてですか?」

「ですから、その…………ダイアナ様が敵意を持つと暗殺を計画するかもしれないということ。そして、ダイアナ様の信奉者も同じくセレナ様を快く思っていないということです」


 ……王子、まさか、ダイアナ様が信奉者を使って私を暗殺するかもって言いたいの?


「……本気で言ってるんですか?」

「……はい。正直に言って、彼女は感情的になると何をするか分からない人間です」


 そ、そこまで言っちゃいます!? イリオスほどの大国じゃないにしろ、一国の王女ですよ!?

 でも、私より王子の方がダイアナ様とは親しかっただろうし……無下にはできないな。


「分かりました。気をつけます」

「はい。既に何か不審なことは起こっていませんか?」

「いえ、特には」


 むしろハグ事件以来、嫌がらせはピタッと止まった。おそらく正式に婚約発表もしたし、なにより王子の私への寵愛を見て諦めがついたのだろう。って、自分で言ってて恥ずかしいわ。


「そうですか。なら良かったです。何かあったら呼んでください。すぐ駆けつけるので」

「ふふ、ありがとうございます」


 本当に来そうだけど、まずコロティウムを持ち歩かないから連絡しようがない。でもこの前は何も言ってないのに助けに来てくれたし……あ。


「あ、一ついいですか?」

「は、はい。何でしょう?」


 私はふと忘れないうちに伝える。


「爆発から守っていただいて、ありがとうございました。シリウス様がいなかったら、今頃どうなっていたか……感謝してもしきれません」


 見えないだろうけど頭を下げ、お礼を言う。危ない危ない。言い忘れるところだったわ。


「……いえ、礼には及びません。婚約者を守るのは当然のことです」

「そうですか? では、いつかシリウス様に危機が迫った時には私も体を張ってお守りしますね」

「え!? いや、そういうのは男の務めといいますか……」


 ごにょごにょと口ごもる王子。くうっ、ちょっとかわいいな。

 ほのぼのとしていると、王子がゴホンと咳払いをして、新たな話題を振ってきた。


「……それより、セレナ様は怒ってないのですか?」

「怒る? 何をですか?」

「ですから、その……私がいきなり、抱きしめたことを……」

「あ、ああ……」


 やっと記憶の隅に追いやったのに、思い出させないでくださいよ!

 その日の晩までは怒っていたけど、今はただ恥ずかしさしか感じません。


「怒ってなんかいませんよ。あれは私と婚約したことを分かりやすく伝えるためにやったのでしょう?」

「そ、そうです! ……が、困った顔をされていましたし、ご迷惑だったかと」

「迷惑なんかじゃありません! ただ、初めてだったので……びっくりして……」


 困った顔なんてしてたのか、私。結婚したら子供作んなきゃいけないんだし、ハグ程度で動揺してちゃダメだよね。


「そうですか?」

「そうです!」

「怒っていません?」

「怒ってません!」

「じゃあ、毎日通信してくれますか?」

「はい、毎日通信します……っ!?」


 ん? おかしくない?


「あっ、い、今のは」

「そうですか! 良かったです! てっきり嫌われてしまったと不安で」


 そんな嬉しそうな声されたら、断りにくいです!


「……そんな、嫌いになるわけないじゃないですか……あはは……」


 弁明するのを諦め、愛想笑いをする私。コミュ障だから電話とか超苦手なんだけど……仕方ないか。


「……よし。私からの話は、これくらいです。セレナ様は、何か言いたいこととかありますか?」


 よしって……まさか、これも王子の策略だったの!?

 なんか、手のひらで踊らされてるみたいで気にくわない。意地悪してやろう。


「……さっき、話を聞いて思ったんですけど」

「はい?」

「ダイアナ様に暗殺されかけたのに、それでもフェガリの貴族である私を結婚相手に選ぶだなんて、シリウス様はとても――」

「え……!? あ、いや、実は……!」


 焦った様子の王子。予想通りの反応! 私はたっぷりと溜めてから言葉を紡ぐ。


「――魔術がお好きなんですね」

「……え?」


 花越しでも王子がポカンとしているのが伝わる。分かりやすい人だなあ。


「だって、私だったら自分のことを殺そうとしたかもしれない王族がいる国に嫁ごうとは思えませんもの。それなのに魔術の発展の為にその国から嫁をもらうなんて、よっぽど魔術がお好きなんだなあ、と」


 白々しく感心した様子でそう言うと、王子は戸惑ったように「あ」とか「う」とか声を漏らしたのち、


「……じ、実はそうなんですよ……はは……」


 と同意した。

 それから王子は落胆した様子で通信を切った。ふふ、自分が言い出したことだし、いい気味ね。

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