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第7話 嫌な夢 後編

「おかしい……とは?」


 楯突く女学生に落ち着いて問いかける王子。全く心当たりがないといった王子の様子に、女学生は顔を赤くして叫ぶ。


「っ、ですから! ダイアナ様との婚約を解消してまだ一年も経っていないじゃないですか! それなのにもうセレナ様と婚約だなんて、おかしいです!」


 女学生の言い分は分かる、よく分かるが――それを言ってはいけない相手だと分からないのだろうか。


「……そうですか?」


 温和であろう王子も、これには流石に顔をしかめていた。

 ど、どうしよう。なんとか怒りを鎮めてもらわないと、イリオスとフェガリの国交に関わっちゃう。


「し、シリウス様はやがてイリオスの王となるお方です。短期間でも婚約者がいないという方が問題だったんですよ、ね? それより、せっかくこちらにいらしてくださったんですから、お茶でもどうですか?」


 フォローを入れ、すかさず話を変える。一刻も早くこの場を離れたい。


「……いえ、そう……そうですね……納得できないですか……」


 しかし王子は何かをボソボソ呟いていて、動く気配はない。


「あ、あの……?」

「セレナ様も、私がなぜダイアナ様との婚約を解消したのか気になりますよね」

「え……」


 いや、別に……。そりゃ野次馬的な興味はあるけど……。


「彼女と別れたことに、セレナ様は本当に関係ありません。……少し、看過できない程の問題行為が見られたので、婚約を解消せざるを得なかった。それだけです。セレナ様との婚約はそれが終わってからのものですし、ね?」

「は、はい。急なお話で、驚きました」


 見過ごせない問題行為ってなんだ。暴力って聞いてたけど違うの? まー、いくら温厚そうな王子でも、頰にビンタされたとかなら婚約破棄も当然だろうけど。

 しかしそんな話を聞き入れる女学生ではない。


「嘘です! シリウス様とセレナ様は二年前の国王陛下のパーティー以降会ってないはずですよね!?」


 よくそんなことまで知ってるな、この子。私ですら覚えてなかったのに。最後に王子に会ったのってそんな前だったっけ? うーん、でも婚約解消した後だったら件の人だなって覚えているだろうし……。


「シリウス様は婚約解消してから何度も社交界に顔を出されていますけど、セレナ様は一度も参加していません! たしかにセレナ様は大陸一の美女と評されていますが、夜会に参加すらしていない人を結婚相手に選ぶだなんておかしいですよね!?」


 いや、私まだ十六になったばっかりだし、正式には社交界デビューしてないんですが?? 何で文句言われなきゃいけないの?

 シリウス様はふうっとため息をついて、


「……別に、改めて会う必要がなかっただけです。既に挨拶は済ませていますし、セレナ様の評判はイリオスまで届いていましたから」


 その言い方だと、やっぱり私のことを顔で選んだように聞こえるんですが。……いやいや、いいんだけどさ。


「……そんな! あれだけ夜会を開催していたのに……!」


 冷ややかな顔の王子と対照的に、真っ赤な顔をして硬直する女学生。そして置いてけぼりの私と野次馬。何このカオスな空間。


「あ、あの! 充分分かったので、行きましょう?」


 とにかく、早くこの場から離れたい。私は大きめの声で王子に微笑みかける。


「……分かってない」

 だが、王子は動かない。


「シリウス様?」

「……すみません」


 え? なんで謝ったの?

 そう思ったのもつかの間、目の前が真っ白になる。


 なに?


 なんだか、すごいあったかいような……。


「キャーッ!」


 女の子が悲鳴を上げてるのが聞こえる。


 いったい、なにが起こったの?


「……この通り、セレナ様は私の婚約者ですので。誰も手を出さないでくださいね」


 ギュッ、と。背中に回る腕の力が強くなる。


「――っ!?」


 うそ、うそ。私、抱きしめられてる。

 びっくりして顔を上げると、そこには王子の整った顔が。って、近い、近い! 男に耐性ないから心臓が爆発する!


「ッ、セレナ様……そんな顔しないでください……」


 そんな顔って、どんな顔よ? 露骨に嫌そうな顔してる? それとも前世のブスが出てる?


「あ……」


 と、とにかく恥ずかしすぎるから、離れないと……。そう思って王子の胸を押すけど、わあ、全然動かない。鍛えてるんだなあ。なんていうか、大木みたいな安心感? やばい、例えもおかしくなってる。


 ていうかこんな公衆の面前でハグとか意味わかんないよ王子、そんなんだから背は高いし体引き締まってるしイケメンなんだ(混乱)。


「も、もういいですよねっ!? さ、セレナ様、帰りましょう!」


 何秒間か何分間か、混乱する私にマリーが手を差し伸べてくれた。


「ええ……。あ、いや、おうじにお茶を……」


 う。やば。なんかクラクラする。でもお茶入れるって言っちゃったしな……。


「……大丈夫です。予定が押してるので、帰らなければ」

 ふらふらの私を見て遠慮してくれたのか、ルイスさんがそう言った。


「ほら。帰りますよ、シリウス様」

「……え? ああ、待って、まだセレナ様に話が……。送ります」

「日を改めましょう。セレナ様は話ができる様子じゃなさそうですし」

「そうですよ! 詳しい話は後日ゆっくり聞かせてもらいますからっ!」


 無礼な口を利くマリーの腕を軽くつねり、恥ずかしさを堪えて王子の目を見る。


「シリウス様、本日はありがとうございました。また改めてお礼をさせていただきますね」

「い、いえ……。さっきはその、いきなりすみませんでした」

「……気にしないでください」


 私は抱きしめられた衝撃で落としてしまった花束を拾い上げ、状態を確認する。あぁ、ちょっと花びらが散っちゃった……。


「……では、御機嫌よう」


 別れを告げ、背を向ける。まるで体が宙に浮いているようで、真っ直ぐ歩けているかどうかも疑わしい。


「……れ、連絡しますから!」


 その王子の言葉に振り返って軽く会釈して、私はその場を後にした。



 まさかハグされるなんて思わなかったわ……しかも、あ、あんなに力強く……。


「……レナ様」


 公衆の面前であんなことするなんて普通じゃ考えられない。ということは、やはり私と王子が婚約したことを知らしめるためにやったんだろうけど、それにしたっていきなりすぎる。せめて一言なかったわけ? なによすみませんって、謝って済むなら警察はいらないのよ!


「……セレナ様……」


 ああっ、もう! なんだかイライラしてきた! 大体優れた魔道士を迎えたいとか言ってたくせに、何よ今日の態度は! あれじゃまるで私にべ、べべべた惚れみたいじゃない!


「セレナ様っ!」


 揺れる馬車の中。ぐるぐると脳内を回転させていた私は、マリーが突如目の前に現れたことで思考を中断する。


「……あっ、な、何かしら?」

「何かしらじゃないですよ……さっきから何度も声をおかけしていたのに、全然反応がないんですもん。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ」

「でもショックを受けるのも仕方ないですよね。今日は突然壁が降ってきたり帰国したはずのシリウス王子が来たりと大変でしたから。何よりセレナ様の意思も無視してハグを」

「あああっ! 見てあそこ、十一月なのにスイセンが咲いてるわ! 早いわねー!」

「……そうですね」


 脈絡のない話題で発言を遮った私にジト目をするマリー。わ、分かってるからそんな目しないで……。


「そんなに嫌だったんですか? 旦那様や坊っちゃまとは普通にされていらっしゃるのに」

「い、嫌っていうか……その……お父様やロキは家族だもの。でも、同年代の男性と、あ、あんなに熱い抱擁を交わすなんて初めてだったから……」

「ドキドキが止まらないと!」

「マリー!」


 別にドキドキなんてしてないし! ってなんかツンデレみたいになっちゃったけど、本当に違うから!


「気が動転しているだけです。……変な邪推はやめて」

「はあい」


 ニコニコ顔で明るい返事。絶対妙な想像してるな、これ。大体あなた結婚反対派だったじゃない。いつのまに寝返ったの?

 疑う私を尻目に、マリーはキラキラと目を輝かせる。


「でもときめいちゃうのも分かります。シリウス王子がレンガを斬り倒してセレナ様を守った時はもう、私までキュンとしちゃいましたし!」


 ああ、そういえばそんなこともあったなあ。王子の登場が衝撃すぎて印象薄いけど。もし王子が助けてくれなかったら、今頃私は瓦礫の下敷きだっただろうし――


「――あっ!」


 そういえば私、助けてもらったお礼を言ってない!

 あの時は呆然としててお礼を言うどころじゃなかったけど……うわあ、やらかした。ハグもあの女の子を黙らせるためにやったんだろうし、助けられてばかりじゃん。今度お礼の手紙と一緒に、何かプレゼントしなきゃ。……王子の趣味なんか知らないけど。


「はあ……」

「熱っぽいため息……もしや、恋煩いですか!?」

「違います。どうしてそうなるのよ」

「だって、恋人がわざわざ帰国する前に自分を一目見ようと駆けつけてくれたんですよ!? 私だったら、好きすぎて爆発しちゃいます!」


 爆発って何よ。というか恋人じゃないし。でも王子の様子を見たら、ただの政略結婚だと思う人はいないか。あれ? これも王子の策略?


「あー……マリー? 何か勘違いしてるようだけれど、結婚は突然言い渡されたことで、それまで私とシリウス様は特に交流なんてなかったのよ」

「え!? そうなんですか? ……うーん、なら旦那様グッジョブですね! 歳もたったの五歳差ですし、身分もセレナ様への愛も人一倍強いですもん!」

「あ、愛って……」


 ダメだ、この子。話が通じない。

 というかたったの五歳差って言うけど、前世で言ったら高一と大三でしょ? 犯罪臭がするんだけど。まあ、この世界じゃ一回り差も珍しくないし、私は幸運な方か。


「じゃあ何のため息だったんですか〜?」


 ニヤついた表情でマリーが問いかけてくる。腹立つわあ。


「だ、だから…………お返しは……何にしようかと……」


 あ。この言い方だと、やっぱり私が王子を意識してるみたいだ。


「きゃ〜!」

「違いますからね!?」


 結局この日は、マリーの誤解を解くために費やすことになったのだった。



 セレナらが帰路へついた後、シリウスとルイスも馬車へと乗り込んだ。


「セレナ様、あんなに華奢なのにすごい柔らかかった……しかも動揺した顔もお可愛かった……」

「まったく、今日は驚いてばかりですよ。シリウス様が人前であんなことするなんて」

「しょうがないだろ。体が勝手に動いたんだから」

「帰国を遅らせたことも含めて、帰ったらこっぴどく叱られるでしょうね」

「いいんだよ。セレナ様の貴重な顔が見られるなら罰なんていくらでも受けるさ」

「私も叱られるんですけどね……。そういえば、あの爆発を起こした女学生は本当にお咎めなしでいいんですか?」

「……ああ。直接はな。被害者であるセレナ様本人が事故だと言っていたんだから、あれは事故だったんだ」

「自分を殺そうとした人間を庇うだなんて、酔狂なお方ですね」

「優しい人なんだよ。お前と違って」

「時には厳しくするのも優しさです。セレナ様は甘いんですよ、いつか身を滅ぼします」

「そうならないように、俺がセレナ様を守るんだ」

「でも、今回の件は我々にも責任がありますよ。セレナ様の卒業を待ってイリオスに招いて、パーティーにいらしたところを口説けば、周囲の反対も抑えられたでしょうに」

「そんな手順を踏んでいたら、他の奴に奪われるだろ! 大体、魔法が盛んでないイリオスには来てくれないかもしれないし……」

「研究費をたっぷり出せば間違いなく来ると思いますけど。というかそんなにベタ惚れなら、もっと情熱的にアピールすればいいじゃないですか。どうしてわざわざ魔道士がーとかバレバレな嘘をつくんです?」

「嘘じゃない」

「すみません。建前でしたね」

「……だって、一目惚れですなんて言ったら、他の男と同じだと思われるだろ?」

「同じじゃないですか。あれは絶対勘付いてますよ、シリウス様分かりやすいんで」

「い、いいんだよ! とにかく、婚約までこぎ着けたんだから、あとは好きになってもらうだけだ」

「どうですかね。今まで誰にも靡いたことのない鉄壁の女性ですから。花と魔法しか眼中にない、なんてこともあり得ますよ」

「それでも……惚れさせてみせる」


 決意を表明するシリウスに、ルイスはやれやれ、と肩をすくめたのだった。

区切りが良かったので第一節終了とさせていただきます。

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