表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

第6話 嫌な夢 中編

「もうっ、もうっ! 何が『手が滑って〜』ですか! どう考えてもわざとですよね!? あー思い出しただけで腹が立ちます!」


 激怒するマリーを宥める気力も無く、私はぐったりと机にもたれかかった。


「あっ、すみません……。一番怒っているのはセレナ様ですよね……」

「怒ってなんかいませんよ……彼女も事故だと言っていたのですから」

「犯人が容疑を否認するのは当然ですっ!」


 ちなみに、何があったのかを簡単に説明すると、


「だって、"偶然"花瓶の水を取り替えようとした時に、"偶然"手が滑って、"偶然"開いていた窓から、"偶然"セレナ様の頭上にピンポイントで花瓶が落ちるなんてそんなことありますっ!? いいやあるはずがありません!」


 そういうことだ。

 しかもこんなことが今日はもう三回目。偶然のはずがない。


「セレナ様がバシーンって華麗に花瓶を受け止めたから良かったけど! ああ、でもあの時のセレナ様はカッコよかったなあ……」


 怒ったりうっとりしたり忙しい子なんだから、まったく。

 それにしても、流石にこれはやりすぎだ。

 この学院の学生は、大なり小なり貴族の子供。だからこそ、陰口こそすれ直接攻撃に出てくるとは思ってもみなかった。もし私が被害を訴えたりしたら、家名に傷をつけることになるのだから。


「でもセレナ様もいけないんですよ、一言注意するだけで済ませるなんて! もっと怒ればいいのに!」

「ですから、あれはただの事故だと」

「そんなわけないじゃないですかあっ!!」


 うん。私だって本当はそう思ってる。だけど、この世には言わない方がいいこともあるんだ。

 彼女たちのしていることは、事件と事故すれすれのグレーゾーン。一つ一つは取るに足りない嫌がらせである。実際、実害はほとんどないし。これではイジメというには証拠が足りないし、学院も事故で処理するだろう。私がイジメだと訴えても、被害妄想で終わらされてしまう。そんな外聞の悪いことは出来ない。


「でも……少しだけ、辛いですね」


 実害がないとはいえ、少しずつ私の精神がすり減っていくのを感じる。

 もし私に前世の記憶がなかったらただの不運の連続で済ませられたのかもしれないけど、前世で散々イジメ抜かれたことを覚えているから余計に、笑っている人が全員私の噂をしているだとか、近付く人皆が私に嫌がらせをしようとしてるだとか……そんな被害妄想が私の脳内を支配する。


 これは事故だと、事故であると思わなければならないと分かっていても、辛くないといえば嘘になってしまうのだった。


「……っ、セレナ様! 今日はもう帰りましょう!」


 弱音を吐いた私に、マリーがそんなことを提案した。


「え……? どうやってですか?」


 今は一時過ぎ。時間にならないと迎えの馬車は来ないはず。それなのにマリーは胸を張って、


「実はいつでも帰れるよう、学院周辺で待機してもらってました!」


 ……いやそれ、自信満々で言えることじゃないでしょ。


「えぇ……? 御者さんには他の仕事があるのですから、私たちが行動を制限してはいけませんよ」

「大丈夫ですよ! お願いしたら全然オッケーって言ってました!」

「そうですか……」


 おそらく、持ち前の明るさとあざとさで御者を籠絡させたのだろう。私だってマリーに可愛くお願いされたら大抵のことは聞いてしまう。何度もお願いされた結果、こうして学院に連れてきてしまったわけだし。


「分かりました。今日はこれ以上研究しても捗りそうにありませんから、帰りましょうか」

「やったー! セレナ様ならそう言ってくれると思ってました!」


 ニコニコ顔で帰り支度をするマリー。ああ、私もマリーには甘いなあ。


「……そして、もう学院には行かないよう旦那様に計らってもらうのです……!」


 心の声ダダ漏れですよ。いつもならやんわりと釘を刺すんだけど……今の私にはそこまでの元気がなかった。

 明るく話を振ってくれるマリーに曖昧な返事をしながら、校門へと向かう。相変わらず、ひそひそと小声で何か話している声が絶えなかった。


 ……もう、いいのかもしれない。


 私がこれ以上学院に居続けても、ただ学生の不満を蓄積させるだけで、事態が好転することはないだろう。ここは潔く学院に通うのをやめて、イリオスに嫁いでから徐々に関係を改善するべきなんじゃ?

 せっかく父が私の無理を聞いて学院に通わせてくれたのに、最後の最後で行かず、そのままフェガリを去るなんて悲しいけれど……。


「! セレナ様ぁっ!」


 マリーの叫び声がどこか遠くに聞こえる。

 何事かと顔を上げると、隣にあった壁が崩壊していた。


 爆発だ。


 壁が崩れて、レンガが私を襲う。

 直撃したらただでは済まないだろう。

 それは魔法で防ぐ余裕があったのだけど、もう、いいんじゃないかな。


 このまま事故に巻き込まれて死んだら、両親にも、シリウス様にも、仕方ないって、不幸な事故だからって、いなくなっても許されるかもしれない。


 だって私、本当は、結婚なんてしたくないし、学校にも行きたくないもの。


 マリーはもっと怒ればいいのにって言っていたけど、私が軽く注意するだけで済ませるのは、怒って逆上されるのが怖いだけだから。


 こんな臆病な私を隠して、大国の王妃になってまで生きたくないから、今のうちにいなくなった方が――


「――危ない!」


 時間が加速する。

 いきなり強く腕を掴まれた私は、数歩後ろへ下がった。

 その瞬間強風が吹き、その衝撃で土煙が巻き起こる。


 一体、何が……? また爆発?


 確かにレンガが私に降りかかろうとしていたはずなのに、今の私はどこも怪我をしていない。

 私の腕を掴んだ人を見ると、黒髪のイケメン――ルイスさんだった。

 左手で私、右手でマリーをしっかりと受け止めていたルイスさんは、私と目が合ってホッとしたように一筋の汗を流した。


 ルイスさんがどうしてここに……? いや、じゃあさっき私に声をかけたのは?


 しばらくして土煙が落ち着き、私はようやく状況を知ることができた。

 あれは爆発ではない。

 白く輝く髪を持つ王子が、倒れる壁を()()()()()のだ。


「セレナ様! お怪我はありませんか!?」

「……し、りうす、様……?」


 そう、一昨日初めてまともに話したばかりの私の婚約者、シリウス様だ。

 え? だっておかしい。シリウス様はイリオスの王子。こんなところにいるはずがない。


「良かった、怪我はなさそうですね」


 呆然とする私にかかった土埃を優しくはたき、にっこりと微笑むシリウス様。


「……あ、え?」


 なにこれ? こんな都合良く現れて颯爽と助けてくれるなんて、そんなことある? これが王子様補正??


「……セレナ様? 大丈夫ですか?」

「あ、ど、どうして、ここに……? イリオスは……学院に……」


 ダメだ。上手く言葉が出てこない。疑問がたくさんあるのに。


「ああ、本当は昼過ぎに国に帰る予定だったのですが、セレナ様が私のことを噂していると耳にしまして」

「私が……噂を?」


 むしろ私が噂されてたんですが。しかしシリウス様は心底嬉しそうに、


「はい。なんでもセレナ様が私のことを慕っているとおっしゃっていたと」

「……あ!」


 そ、そういえば追及を避けるためにそんなことを言ったような……。


「ほ、本当に言ったんですね……!」


 思い当たる節がある私を見て感動した様子の王子。いや、確かに言ったけど、本心じゃないです……なんて、


「その噂を聞いてからもう居ても立っても居られなくなってしまって、無理を言って滞在を引き延ばしてこちらへ来たんです!」


 こんなキラッキラの笑顔されたら、言えない……。


「し、シリウス王子!? どうしてセレナ様をかばうんですか!」


 壊れた壁の向こうから、女学生が一人身を乗り出してきた。


「セレナ様は私の婚約者ですから、当然でしょう?」


 あれ、それ言っちゃっていいんですか? せっかく誤魔化してたのに。


「婚約って、ダイアナ様は!」

「……ダイアナ王女とは、もう終わりました。それより、この爆発は一体?」


 冷静に受け答えをする王子に、私もだんだん落ち着きを取り戻す。

 校舎の一部であるレンガ造りの壁は無残にも崩れ落ち、道の反対側まで散らばっていた。

 普通ではあり得ない大爆発をどう説明するのかと思っていたら、女学生は急に勢いをなくし、バツが悪そうに、


「こ、これは……その……魔石の錬成に、失敗して……」


 と、苦しい言い訳をしていた。


「……それでこの大爆発とは……よくあることなんですか、セレナ様?」


 なんで私に訊くの!? 自分で判断できるでしょ!


「えっと……はい。魔石を生成する際に安定させられず爆発することは、結構頻繁に起こりますね」


 魔石は魔力の塊のため、人工的に作り出す時に結晶化出来ず爆発するのはまあまあ起こる。私も昔は失敗したことあるし。といっても初期に安定させられず崩壊する時に軽く衝撃を受ける程度で、爆発の大きくなる中後期には爆発の危険はグッと下がる。

 でもここまでの威力を出すには相当な魔力を注ぎ込まなければならないから、事故というにはあまりにも不自然だけど。そして何より、ここまでの大爆発を起こした当人が無傷というのは明らかにおかしい。まるで生成に失敗することが分かっていたから……のようだ。大抵の魔道士はこれを見てただの事故だとは言わないだろう。


「……なるほど……」


 しかし、シリウス様は私と女学生を交互に見つめると、納得したように頷いた。


「そうだったんですか。魔道士は大変ですね」


 う、受け入れたー!? 疑うことを知らないのこの王子は!


「な……」

 この反応には言い訳した女学生も驚いて口をパクパクとさせている。だが王子は意に介さずクルリと私の方を向いた。


「そんなことより、私は感激したんです! セレナ様が私のことを……」


 今そんなことって言った!? 一応死にかけたんですけど私!?


「そ、それでですね、こちらをセレナ様に渡そうと思いまして」

 王子が目配せをすると、王子の側近の一人が花束を差し出した。……花束?


「受け取ってくれますか?」


 花束を抱え微笑む王子。


 や、やめてー! 恥ずかしいから! みんな見てるから!

 ただでさえ爆発音のせいで続々と人が集まっているんだよ!? き、キザなことしないで〜!


「……はい」


 疑問形で聞かれても、受け取る以外選択肢はない。私は花束を受け取る。王子が持ってきただけあって超ゴージャス。色とりどりの花が束ねられているけれど、メインに据えられているこの花は、


「まあ、コロティウムですか。珍しいですね」

「そうです。やはりご存知でしたか」

「知名度は高い花ですから。実物は、初めてみますけれど」

「一目見ただけで分かる人は中々いませんよ」


 コロティウム。見た目はガーベラとかヒマワリみたいなキク科っぽい感じ。この世界の植生は基本前世と同じなんだけど、たまーにこの世界固有の植物があったりする。たぶん、今世にしかない魔力なるエネルギーが植物にも影響を及ぼすから……みたいな理由だと思う。コロティウムもその一つ。


「"通信花"といった方が有名ですかね。ある手順を踏むと、特定の花と花が音を伝え合うことができるようになるものです。希少なので、ほとんど流通していませんが」


 この世界には携帯もラジオもトランシーバーもない。つまり、連絡手段は手紙など人を介さなければならないのだ。が、コロティウムが持つ"通信魔法"を使えば、電話のように遠隔地でもやり取りができるようになる。ただ希少な上に枯れると通信機能を失ってしまうので、重要な戦地などでしか利用されていないという。


「そんな貴重なものを……私に?」

「はい。他のプレゼントも考えたのですが、セレナ様には花が一番かと思いまして」


 ニコニコと幸せそうな王子。

 ……残念ながら王子よ、私が好きなのは花を育てることであって花そのものではないのだ。特に切り花は綺麗でも、ただ枯れていくだけの存在だし。


 だけど。


「ありがとうございます、シリウス様。……嬉しい。大切にしますね」


 私のことを考えて選んでくれたプレゼントが、嬉しくないわけがない。


 よく考えたら、誕生日とかのお祝い事じゃない時にプレゼントを貰ったのって初めてかも。前世は言わずもがな、今世だって日常生活で何かを貰うことなんてなかった。気軽に物を贈り合える立場じゃないから。

 そんなわけで、サプライズプレゼントなんて初体験な上、ちょっと弱ってたところに不意打ちなんて……ずるい。


「……っ、わ、私だと思って大切にしてください……」


 盛り下がるようなこと言わないで、王子。飾りにくいでしょ。


「もちろんです」


 とはいえ冷める私の心とは異なり、側から見ればいい雰囲気の中、


「こ、こんなのおかしいです! シリウス王子がセレナ様と結婚だなんて、納得できません!」


 と、爆弾魔が文句を言ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ