第4話 周囲の反応
私の通っているフェガリ魔法学院は、魔法の適性がある者のみが入学を許され、魔道士としての資質を磨く場所である。魔法の適性とは、生まれながらに魔力を有しているか否か。といってもイリオスと違い、フェガリ魔法王国と国名にあるように、魔法が発達しているフェガリでは爵位を持つほぼ全ての貴族が魔力を持っている。なので学院は貴族の子女が集う場となっており、魔道士育成の名目上特に女子の比率が高い。
そして年頃の女性が集まれば、することはそう――噂話だ。
「セレナ様が、シリウス王子と婚約ですって……」
「えーっ、あのシリウス様と!? 羨ましい〜」
「でもダイアナ様との話がなくなってからまだ一年も経ってないじゃない……」
……聞こえてますよ、お嬢様方。
私は軽くため息をついてドアを開ける。すると、私を見て一斉に教室が静まりかえった。そして、ひそひそと小声で内緒話が始まる。
あーあ、嫌だな、この感じ……。嫌な過去を思い出しちゃう。
それでも気にしてませんという風を装って席に着くと、あまり話したことのない女学生三人が近寄ってきて、
「セレナ様、昨日迎賓館を訪れたって本当ですかー?」
「シリウス王子とはどういう関係なんですか?」
「中で何をしたんですか?」
と矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。
開口一番がそれってどうなの。ここは一度落ち着いて挨拶をしてみよう。
「おはようございます、皆さま」
「「「どうなんですか!?」」」
挨拶をする気もないのか、あんた達は。
「えっと……」
「しらばっくれないでください! もう学校中で噂になってますよ! セレナ様がシリウス王子と婚約したって!」
息つく間も与えない勢いだ。大体、まだ朝なのにどうして学校中に話が広まってるんだろう。
「……うーん」
なんと答えたものか。そうですと肯定してしまえば簡単だけど、まだ確定したわけじゃないし私が勝手に言うのは問題がある。だからといって言えませんじゃ引き下がってくれなさそうだ。
煮え切らない態度の私に、女学生らが再度詰め寄ろうとしたその瞬間、
「貴方達、やめなさい。セレナ様が困っているでしょう?」
また別の女性が彼女らを諌めた。た、助かる……!
「……っ、アリシア様……!」
「何かしら?」
敵意をあらわにする女学生に対して、涼しい顔で応じるアリシア。
「……いえ、なんでもありません……」
数秒睨み合った後、女学生はすごすごと引き下がった。
「あ、待ってください」
私は慌てて彼女らを引き止める。
「噂に関しては何も言えませんが――私は、シリウス様のことをお慕い申し上げております」
◯
「嘘つき」
昼過ぎ。私はなぜかアリシアから怒られていた。
「……嘘じゃありませんよ?」
「そんなわけでないでしょう。セレナ様はシリウス王子の話にいつも無関心だったじゃないですか」
「それは、そうですけれど」
「というか、あなたゴシップ全般にまったく興味示しませんし。それなのにあんなこと言って彼女らの噂話に火をつけて。知りませんよ、もう」
と言ってプンスカ怒る彼女はアリシア=ソヴァラ=シンケールス。代々宮廷で宰相などの重要官職を務めるシンケールス公爵家の長女で、その発言力は絶大だ。彼女自身は魔道士を志しており官吏にはならないが、学生は互いに家名を背負っているため、シンケールス家の機嫌を損ねるということは自分の家の出世を断つことになるからである。
「そうですよね! むしろ結婚なんてするわけないです! って強く否定しておけば本当に立ち消えになったかもしれないのに!」
そしてこちらはなぜか事情を知っているはずなのに怒っているマリー。彼女は我が家で働いているものの、愛娘を一人で学校に行かせられないからという父の親バカっぷりによって共に通っている。
「あら、へえー。本当に婚約してるんですか」
「あっ……」
怒りのあまりアリシアに事情をバラしてしまい、サアッと顔を青くするマリー。
「……マリー?」
「すっ、すみませんセレナ様!」
「次はありませんよ?」
あたふたするマリーにやさしく警告して、私はアリシアに向き直る。
「アリシア……」
「分かっています。誰にも言いませんよ」
「ありがとう! 助かります」
アリシアは家柄などで態度を変えたりしない、誠実で思いやりのある優しい人だ。そして、数少ない私が信用できる人。
「それにしても、シリウス王子がセレナ様を選ぶとは……意外と見る目あるのね」
「あはは……なんでも、優秀な魔道士をイリオスに迎えたいとおっしゃってました」
「そんなの方便に決まってるでしょ」
「……やっぱりそう思います?」
アリシアは当たり前よと頷いて、
「イリオスに迎えるだけなら、普通に宮廷魔道士として招けばいいじゃない。わざわざ卒業前のこの時期に婚約だなんて、よっぽどセレナ様にご執心なんでしょう」
……たしかに、そうだ。
私は卒業後は学者としてまったり研究しながら家庭教師をしようと思っていたけど、もしイリオスの王宮から直々に誘われたとしたら間違いなく行っていた。むしろ魔道士の質を上げたいのなら妻にするより効率的だといえる。それにもし私と親しくなりたいのだとしても、王宮内で徐々に関係を育んでいく方が周囲の反対も少ないだろう。向こうにとっては、別にわざわざ結婚するんじゃなくて愛妾とかでもアリなわけだし。
「それなのに今婚約を申し込んだのは……どうしてなんでしょうか?」
明らかに効率の悪い縁談に、私は首を傾げる。もしかして頭がよろしくないのかしら。
しかしアリシアの回答は予想の上を行くものだった。
「だから、セレナ様が卒業して他の男のところに行くのが嫌だったんですよ」
「……え!?」
まま、まっさかー。だってシリウス様はあの大国イリオスの王となる人だよ? 他にいい人が沢山いるだろうし、私の結婚の一つや二つ、簡単になかったことに出来るでしょ。それなのにあと数ヶ月を待ちきれずに婚約をしようだなんて、やっぱり頭が足りてないのよ。
「そんなわけ……」
「ま、よかったんじゃないですか? 一生独身じゃなくて」
「ひ、ひどいです……」
たしかに私は、あのままいけば婚期を逃しそうだったけど。
「本当です! セレナ様には私が一生添い遂げるので問題ありません!」
そして、それまで私に叱られて静かにしていたマリーも口を開く。もう、この子は……。
「でも、そうね……」
アリシアは口に手を当てて、
「独占欲の強そうな人だから、頑張りなさい」
と、ニッコリと微笑んだ。
……他人事だからって、適当なアドバイスしないでください!