閑話1
ほんとは第四~五話あたりをアップした後に出そうかとも思ったけど
リアルタイム執筆だし、仕方ないよね!
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我が最初に感じたのは闇であった。
怒り、哀しみ、苦しみ、嫉妬……
我をかたちづくるものはそう呼ばれるものだと知った。
麦粒のようだった我のからだは、長い刻をかけ次第に肥大していった。
あるとき、我は我以外の存在を知った。
光、水、草木、虫、けもの。
それらをまとめて世界ということを知った。
我はそれを、美しいと思った。
同時に、我は我自身を醜いと思った。
あるとき、世界には他にいきものがいることを知った。
そのいきものは自ら考え、言葉を用い、道具を使い、数を増やしていった。
そのいきものは、ニンゲンと呼ばれるようになった。
我はニンゲンを美しいとは思わなかったが、不思議ないきものだと思った。
あるニンゲンは、木を切り倒した。
あるニンゲンは、水を汚した。
あるニンゲンは、虫を潰した。
あるニンゲンは、けものを殺した。
やめよ。
木々を無為に摘んではならぬ。
水を多分に澱ませてはならぬ。
虫やけものを糧とすることなく絶やしてはならぬ。
ぬしらにも感じられるはずだ、世界の美しさを。
ぬしらにも理解できるはずだ、生けるものの尊さを。
ニンゲンが、ニンゲンを陥れるところを見た。
ニンゲンが、ニンゲンを嘲笑うところを見た。
ニンゲンが、ニンゲンを憎悪するところを見た。
ニンゲンが、ニンゲンを殺すところを見た。
気づいた。
あれは、我だ。
我は、あれらからかたちづくられた。
なんと、
ーーー醜いーーー
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世界は美しい。
しかしニンゲンは醜い。
ニンゲンから生まれる我も醜い。
あってはならぬ。
美しき世界に、醜きものがあってはならぬ。
たとえ我が我自身を滅しても、ニンゲンがいる限りまた我は生まれる。
なればまず、ニンゲンを滅さねば。
全てのニンゲンを滅したのち、我自身も消えてくれよう。
世界は、美しくなければならぬ。
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しかしニンゲンは多い。
我のみではニンゲンを滅するより増えるほうが早いであろう。
なればどうすべきか。
我は単なるものだ。
であれば、我が増えればよい。
我とまったく同じのからだは要らぬ。
ニンゲンを滅するにはそれと同じかやや大きければ十分だ。
単なる大きさよりも量を生み出せばそれでよい。
思考することも要らぬ。
必要なのはただ一つの意志のみ。
『醜い ニンゲンを 滅する』
さあ準備は整った。
行け、我より生まれし端末たちよ。
世界をこれ以上汚されぬために。
我が、世界を救うのだ。
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ニンゲンは数は多いが脆く、滅することは容易かった。
腕を振るえば容易く曲がり、昏き奔流を放てば穴が開く。
端末の歩みを止めることの出来るものなどいなかった。
我は順調に、確実に世界に蔓延るニンゲンを滅していった。
ニンゲンは端末を『魔王』と呼んでいた。
名などいらぬ。
醜きものがつけた名などいらぬ。
我は我である。
それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない。
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あるとき、端末の一体が光に包まれて消えた。
何だ、何が起こったのだ。
間を置かずして消えた端末の近くにいた端末も消えた。
感じられたのは眩い光の残滓のみだった。
分からぬ。
分からぬが、我に仇なすものであるのは分かった。
許さぬ。
世界を救いし我に盾突くなど許せぬ。
ニンゲンは光を『勇者』と呼び、崇め称えた。
我は更なる端末を生み出し、勇者へと向かわせた。
滅さねば。
勇者を滅し、ニンゲンを滅し、世界を救わなければ。
しかし、我はその勇者の光を、美しいと思った。
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勇者は端末を消し続けた。
端末を生み出す数より消される数が上回りだした。
やがて、世界にいた端末は全て勇者により消されててしまった。
なんということだ。
これではニンゲンを完全に滅することができぬ。
我は思考する。
意志のみの端末では敵わぬ。
そも、『醜い』ものを滅すために生み出した端末で、美しき光である勇者の相手をするのは間違いであった。
かくなる上は勇者を我自身で滅したのち、また端末を生み出さねば……
しかし、思考する我の前に眩い光が現れた。
おのれ。
世界を救うことを阻むに飽き足らず、我が思考することすら阻むとは。
勇者は我に向かってくる。
我を滅しようというのか。
理解した。
勇者は敵である。
我は我の全力をもって、これを打ち破り、滅さねばならぬ……!
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勇者と我は戦い続けた。
日が昇り、沈むのを七度ほど繰り返してもまだ戦い続けた。
勇者の光はかなり弱めることが出来たが、我も多大に消耗していた。
しかし、我は負けるわけにはいかぬ。
我は腕を鋭く長く伸ばし、地を這うよう振り抜ける。
飛び上がる光に向かって我は全ての力を振り絞り、光を消さんと極大の昏き奔流を放つ。
我が力に飲まれ、勇者の光は見えなくなった。
戦いに終止符が打たれた。
ようやく勇者を滅することが出来た。
しかし力を使い果たした我も動けぬ。
山のようであった我がからだも、端末と同じくらいまで目減りしてしまった。
また力を蓄え、からだを育み、端末を生み出し、ニンゲンを滅さねば……
思考をし始める我の前に、今にも消えそうな光を灯した勇者がいた。
どうやら滅しきれてはいなかったようだ。
勇者は我に向かい残った光を向ける。
次第に我のからだは石のように硬く、己が意思で動くことが叶わなくなった。
更に勇者はその内より光を生み出し、我の目の前に小さな穴を開けた。
穴に吸い込まれてゆく我。
我には分かる。
あの穴の向こうは世界の外側だ。
我は世界を救うことが出来ぬまま、敗れてしまうのか。
勇者を見る。
光をほぼ失った勇者の姿かたちを、我は見ることが出来た。
勇者は、ニンゲンだった。
あんなにも眩しい光を放つ勇者はニンゲンだったのだ。
ニンゲンを、美しいと思ってしまった。
そうして我は思考をすることが出来なくなり、穴へ吸い込まれてしまった。
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あれからどのくらいの刻が流れたのか分からない。
我は再び思考することが出来るようになっていた。
ここは世界の隙間のようだ。
どうやら世界は那由他の数ほど存在していたようだ。
それらが互いに衝突しあい、消滅しないための緩衝材のようなものが、この空間だ。
世界と隔てられ、醜きニンゲンのいないこの空間では、我は我の力を取り戻せぬ。
からだは石のように硬いままである。
あの世界へ戻るだけの力は、今の我には全く無かった。
我は、あの美しい世界が好きだった。
戻りたい。
戻って世界の美しさを感じたい。
そう願ったが、我の残った力で我がいた世界へと穴を開けることは不可能だった。
我は我がいた世界を外側から、眺めていることしか出来なかった。
あるとき、我がいた世界から細い光の筋が伸び、違う世界へと繋がった。
何が起こっているのだろうか。
やがて違う世界からひときわ強い光が筋を通り、我がいた世界へと移っていった。
光の筋が消える。
と、今度は違うほうの世界から我がいた世界へ向けて光の筋が伸びた。
あれが何なのかは分からぬ。
しかし、戻れるやも知れぬ。
我は動かぬからだを、搾りかすのような魔力を噴出させ光の筋へ移動させる。
そして光の筋に触れた瞬間、光が爆発し、何も見えなくなった。
しばらくして、次第に周囲を感じることが出来るようになってくる。
光、水、草木、虫、けもの。
そしてニンゲン。
我は世界の内側へ戻ることに成功したようだ。
しかし、我が知っているニンゲンと僅かに違う。
見知らぬ衣服を身に着け、見知らぬ馬のない馬車に乗り、見知らぬそびえる箱へと出入りしている。
恐るべきはそのニンゲンの数だ。
我が滅そうとしていた数の数倍、いやそれ以上いるだろう。
ここはもしや、我がいた世界ではなくもう一つの別の世界のほうではないのか。
少し落胆はしたが、それでもやりようはある。
ニンゲンさえいれば、我は我の力を取り戻せる。
ニンゲンの醜さを糧に、我は我を取り戻せる。
そうして力を蓄えてから世界に穴を穿ち、我がいた世界へ飛べばよいのだ。
しかし、待てど暮らせど我へ流れ込んでくる醜さは感じられなかった。
どういうことだろう。
まさかこの世界の人間には醜さは無いというのだろうか。
そうであるとすると、我は力を取り戻せぬ。
我が思考していると、一人のニンゲンが我にぶつかる。
手元の何かを見ていて我に気づかなかったようだ。
何やら喚き散らし、我を蹴るつもりのようだ。
醜くないということは無さそうだ。
このからださえ動けば奴が我に触れるより疾く奴の脚はおろか、存在を消すことすら容易だが今の我にそれは叶わない。
ニンゲンの足が我に触れた瞬間、我の力がわずかに増す。
我を蹴った人間の醜さが我に流れ込んだんだのだ。
どうやら今の我は、ニンゲンの醜さを直接触れることでしか蓄えられないようだ。
恐らく世界の違いによるものではないかと推測する。
非常に効率が悪いが、形振り構っておられぬ。
少しでも力を多く蓄えるべく、触れたニンゲンに感じられる醜さは全て奪い取らねば。
蓄えた力も僅かにも無駄にしてはならぬ。
出来うる限り外への放出を抑え、無駄な消費をせぬよう努めねば。
たとえどれくらいの刻がかかろうと構わぬ。
我は必ず力を取り戻し、あの美しい世界へ帰るのだ……!
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「で、この像、何なんです? マスコットキャラ?」
俺は商店街の真ん中あたり、一件分の建物が無く空地のようになっているスペースにぽつんと置かれた謎の石像を見ながら訪ねた。
「あーそやつの、いつじゃったか近所の道端に放置されてたのを引き取ってきたんじゃがの。初めはなにげなーく置いといただけじゃったんじゃが、なにやらこれを蹴っ飛ばした息子の反抗期が直っただの、触れた後に買った宝くじが当たっただの、背もたれに使ってたら腰痛が治っただのと、ご利益があると噂されるようになっての。せっかくじゃからここのシンボルにしようかと思うておるわい」
俺の問いに答えるジジイ。
謎の石像を見つけた時、近くをうろついていたので何か知らないか訪ねてみたらこのジジイが拾ってきたものだったらしい。
「はぁ。なんか巣鴨のとげぬき地蔵みたいですね。……まさかこいつも異世界から来たとかじゃないでしょうね?」
「分からんな。そうかも知れんしそうじゃないかも知れん。まー悪いことにはなりゃせんから心配しなさんな」
「本当ですかね」
「少なくとも数百年くらいはの」
「やっぱ何かあるんじゃねえか」
「ひょっひょっひょっひょ」
「胡麻化すなジジイ」
にしても、触れればご利益か。
俺も一応あやかってみますかね。
商店街のランドマーク魔王像
全ての醜さの元となる負の感情はおろか、
不運や肉体的な災厄の元も己が糧とする為にかき集める
相対的に吸われた人は素直になり、運が向上し、病気が治る。