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第十七区二番街 異世界商店街  作者: 藤沢大典
3/4

第三話

早産

3-1

 未だ名残惜しそうに抵抗する茉莉を引っ張って隣の店へ歩く。

 そんなに欲しかったのかよあの呪いの指輪。

 

「うー……もうちょっとじっくり見たかったなー」

「また今度な」


 隣の店は革製品を取り扱っているようだ。

 日焼けを防ぐためなのか、店内は若干暗めだ。

 入口の戸を開けると、ドアに据え付けられたベルがチリンチリンと鳴った。

 店の奥のカウンターらしいところから、こちらに注視する気配がした。


「……らっしゃい」


 カウンターの向こうは床が少し高くなっているのだろう。

 バリトンボイスの店主が座ったままの姿勢でじろっとこちらを確認したようだが、すぐにライトが灯っている横机に向かい直って作業を再開していた。

 

 床の段差を考慮しても店主の背は低そうに見える。

 茉莉より低いんじゃなかろうか。

 だが小柄というわけでもない。

 タンクトップ姿の上半身は非常に強靭な肉体であることが見て取れる。

 そしてひげもじゃだ。

 顎髭が胸辺りまで伸びている。

 低身長、筋肉、ひげもじゃ。

 もうこれは……あれだ、ファンタジーにおいてエルフと対をなす職人種族。


「あ……ども、こんにちは。あの、もしかしてドワーフ、です……?」


 俺の言葉に作業の手を止め、こちらに鋭い眼光を向ける店主。

 射殺さんばかりの眼力(めぢから)だ。

 怖ぇ……。


「……だったら何だ?」

「あいえ、何でもないです、すみません……」

「ふん……ゆっくり見ていきな」


 再び店主は作業に戻る。

 カレナさん、気難しいどころじゃないです。

 怖いですこの人。


 店内を見渡すと、さまざまな革製品が壁に掛けられている。

 素材本来の色を活かしたバッグやポーチ、手提げ袋など。

 着色加工されたものもあり、一見ではブランド品と大差が無さそうなものもある。

 財布や小物入れなどの小さめの商品は、カウンターのガラスケースに納められていた。

 そのカウンターの横には土産屋などによく置いていそうなキーホルダーラックがあり、ストラップや革に彫刻を施したキーホルダーなどが下げられている。


「ゆー兄、ここの売り物、ほんとすごいよ。こないだナポリタン達と行ったモールにも革屋さんあったんだけど、同じようなものが倍くらいの値段だったもん」

「……それはすごいな。そしてやっぱり友達のあだ名センスもすごいな。食い物じゃねぇか」

「そう? 『たん』付いててかわいく」

「ねぇっての」

 

 壁にかかっていた無着色のウエストポーチを何となく手に取ってみる。

 革独特のしっとりしていてそれでいて張りのある手触り。

 硬すぎず柔らかすぎない、新品なのにどこか使い込んだ安心感を思わせる拵え。

 縫い目は等間隔で綺麗に並んでおり、糸自体も革の持ち味を殺さない自然な色合い。

 縫い合わせの処理も綺麗で簡単にはほつれなさそうだ。

 打ち付けられている鋲や留め具などもしっかり留まっており、細かい彫刻が彫られているところもある。

 広げて中を見てみると、メインの口の手前に付いている、スマホがちょうど納められそうなサイズの小ぶりな収納ポケットが二つ。

 更に脇には1センチ幅ほどの革紐で編まれたペットボトルホルダーまで付いている。

 かなり現代風に作られていて、ものすごく使いやすそうだ。

 ……別にファンタジー要素を期待していたわけではないんだけれど、やたらとこちらの世界に迎合されてて何か釈然としない……

 いや、モノは本当にすごい良いんだけどさ。

 

 ポーチを元の位置に戻し、再び店主を見てみる。

 店主は作業机の上で何やら細かい作業をしている。

 何だろう……

 近くに寄ってじっくり見てみる。

 

「……」


 何かに使うパーツだろうか、革紐に彫刻している……

 あんな細いものにも模様が彫れるのか……

 彫刻刀のようなナイフが一刀、また一刀と細工を施していく。

 静寂の中、黙々と作業を進める店主。

 作業を遮らないよう、黙って見つめる俺。

 はぁ……洗練されたプロの技術ってそれだけで一種のパフォーマンスだよなぁ……

 

「……何だ、ボウズ」


 気付けば店主はこちらを睨み付けている。

 やば、見入ってて夢中になってしまった。


「あ、す、すみません。職人技だなぁと思って。お邪魔でしたよね、申しわ」

「別に邪魔だとは言ってねぇ。好きに見てて構わねぇ」

「……ありがとうございます」


 ……あれ、意外と優しい?

 そう思ったとき、店の入り口が勢いよく開いた。

 

「おじさーん! 来たよー!」


 女の子だ。

 小学一、二年生くらいだろうか。

 ポニーテールの髪型にキャミソール、短パンにサンダルという何とも活発的な出で立ちだ。

 この夏休み期間遊びに遊びまくったのであろう、首すじからは水着の日焼け跡がくっきりと覗いている。


「……おぅ」


 店主は急な来店に驚いた様子もなく、じっくりと女の子を見たあと、短く返事をした。

 親しげに呼ばれているあたり、何度かこの店に来ているのだろう。

 女の子は駆け寄ると、カウンターに両手をついてぴょんぴょん飛び跳ねる。


「出来た? ねぇ、出来た!?」

「焦んな。……ほらよ」


 そう言って店主は作業机の引き出しから、革製のキーホルダーを取り出してカウンターの上に置いた。

 女の子はそれを見た瞬間、目をキラキラさせて嬉しそうに更に飛び跳ねる。


「すっっっごーい! モカロンだー! ありがとうおじさん!」


 何だったか……確か日曜の朝にやってる「ふたりで! パリキュア」とかいうアニメに出てくるマスコットの名前だったような。

 キーホルダーにはそのマスコットが彩色込みで彫り上げられていた。

 傍から見ただけでも見事としか言えない繊細かつ精巧な仕事だった。

 

 ……茉莉さん、そんな目でこっちを見るんじゃありません。

 詳しいわけではないんです。

 たまたまテレビつけたらやってたの覚えてただけなんです。

 本当です。


「これ、いくら!?」

「余った材料で暇つぶしに作ったもんだ……100円でいい」

「ありがとうおじさん!」


 女の子はポッケに手を突っ込み、何やら握りしめた拳を高く振り上げると、カウンターにバァンと叩き付けた。

 割れちゃう割れちゃう、カウンター割れちゃうって。

 

 女の子が手を引くとそこに置かれていたのは百円玉。

 そして反対の手でキーホルダーをかっ攫う。

 店主はゆっくりと、百円玉を収めてカウンター裏に仕舞う。

 

「……おぅ。また来な。好きなもん作ってやる」

「うん! 今度は友達連れてきてもいい?」

「構わん」

「わーい! また来るね! じゃーねー! もっかろっんだー♪」


 女の子は、店に入ってきた時と同じ勢いのまま、そのまま扉にぶつかるんじゃないかと思われたところで急ブレーキし、勢いよく扉を開けて帰っていった。

 ……なんというか、小学生って元気だな……


「……」

 

 店主は女の子が出て行った扉を、優し気な目で眺めていた。

 なんだ、普通にいい人なんじゃないか。

 

「……ふぅ。いいな、幼女は」


 ……なんか聞き捨ててはならないセリフが聞こえてしまったあああぁぁぁ!!


「あ、あの……」

「……何だ」

「ロリコ、いえ……このお店は始めてから長いんですか?


 こわくてきけなかった。

 

「……そうでもねぇ。こっち来てからは三年くれぇか」

「こっち、って、こちらの世界、って意味で……?」

「あぁ。俺んちは代々やってるとこでな。こっち来る前ならガキの頃からやってるから……ざっと120年くれぇか」


 カレナさんといい、このひげもじゃドワーフといい異世界から来たってのをさらりと認めている。

 もう異世界、信じるしかないんじゃないかな。

 というか既に信じてるような気もする。

 それよりも気になる数字が聞こえたし。

 

「ひゃ……あの、失礼ですがご年齢は?」

「あん? ……157だ」


 うわーお

 

「俺らの種族は300年は生きる。特に珍しいことでもねぇ。隣のエルフなんぞもっと長ぇぞ。確か500くれぇと聞いたことがある」


 まじすか。

 エルフなんかは長命ってよく言うけどどう見ても二十台にしか見えなかったぞ。

 にしても店主、意外と話せば答えてくれるな。

 この流れなら遠回りにであれば聞けそうな気がする

 

「そういえば、さっきの子に作ってたキーホルダーもすごいですね。軽く見ちゃいましたけど本物そっくりというか、むしろ本物以上というか……」

「別に、大したこたぁねぇ。昔からゲン担ぎにドラゴンやらフェアリーやら彫るの頼まれたこともあったからな。見本がある分、楽だ。あんなんで喜んでもらえるんなら安いもんだ」

「お好きなんですか、子供?」


 どきどき。


「……あぁ、子は宝だ。俺ぁ子に恵まれなかったからな。種族が違えど子は可愛いもんさ」


 あっ、思ったよりヘビィ。

 ロリコンとか思ってすみませんでした。

 

「……ですか」

「あぁ……」

「……」


 やべぇ。会話途切れた。

 誰かヘルプ。

 茉莉さん、出番ですよ?

 いつものようにKY発言で空気のブレイクをプリーズ。

 くっそあいつ熱心にバッグ見てやがる肝心な時に役に立たねぇ。

 

「こんにちはー」


 ドアベルを鳴らしながら、先ほどとは違う小学生が来た。

 麦わら帽子に白のワンピースとさっきの子とは逆の大人しそうな印象だ。

 夏休みなのに何故か真っ赤なランドセルを背負っている。


「……おぅ、らっしゃい」

「ママが良いって言ってくれたの。ランドセルにこれ、書いてくれますか?」


 女の子がカウンターに近づき、イラストが描かれている紙を店主に渡す。

 三鷹にテーマパークがある某アニメスタジオの映画のキャラだった。

 真っ赤な飛行機とそれに乗ってる豚が描かれている。

 てかお嬢ちゃん女の子なのに趣味シッブいなぁ。

 

「……わかった。お前さんとこの学校が始まんのは来月だったな?」

「はい」

「明後日取りに来な。それまでにやっといてやる」

「ありがとう! おいくらですか?」

「……片手間の暇つぶしだ、100円でいい」

「はい、おねがいします!」

「……毎度」


 女の子は首から提げていた子豚柄のがま口から取り出した百円玉とランドセルをカウンターに置き、ぺこりと一礼して去っていった。

 その様子をじっと眺めてた店主は、女の子が去っていった後にため息交じりに言葉を漏らした。

 

「……ふぅ。最高だな、幼女は」


 うおおおおおおぉぉぉい店主うううぅぅぅ!?

 

ただの寡黙な職人気質なオヤジって設定だったはずなのに。

変態という名の紳士です。イエスロリータノータッチ。

どうしてこうなった。part2

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